お散歩日記 復興の日目指して

写真付きで見たことや日々感じたこと、震災に遭い今感じていることなど、記録にとどめたい。

海はいつでも青い!! 3.11から3.12へ KU-KAKIのように解き放たれたいですね

2018-03-13 22:07:49 | 日記
7年目の報道合戦。テレビを見るのもつらい日。3.11
海に近づくのも嫌ですが、7年もたつのであの日何があったのかを知りたくて、地震発生時間に海を撮影しに行きました。
悲しいくらい、美しい 青い澄み切った海原。なんで1万人以上の人の命を奪ったのか。

ちょうど写真を撮っていたら、すぐ裏の家からお爺さんが、家に上がって写さいんと言ってくれました。
それで、もしかしたら当日津波の様子を見ていたかと、聞きました。
案の定 そのお宅は崖の上にあり40メートルの高台です。一部始終見ていたそうです。

地震が治まると7キロに渡り、水が引き海底が見えた。その後 巨大な津波が一波.二波とやってきたと。

58年前のチリ津波地震の時は、ほんの少ししか水はひかず、海底も湾の岸から1キロくらいしか見えなかったと。

いかに東日本大震災の威力がすごかったか。
ふと、疑問におもったのは、今高い防潮堤を造っているが、海が見えない。それでは、津波がどのくらいの高さか、どこまで来ているのか見えないのでは。

もちろんそんなものを見ているより逃げるのが何よりすることですが。しかし、実態が見えないのは、避難を呼びかけるのに正確さに欠けるのではと思ったりします。何かいい方法を対策を考えているのだとは思いますが。

    
    真ん中に岩みたいのが見えますね。その少し向こうに白いような海水えますね。
                                                                                                          
そこまで海底が見えたそうです。

鬱鬱とした、落ち着かいない一日を過ごし、12日は 解放されたくて 映画館に。空海 楊貴妃の死の謎を溶く白楽天と空海を見に行きました。
さすがに、チン.カイコウ監督。 唐時代とはこんなに華やかだったろう思わせてくれるようなセット。映像の美しさに 時を忘れました。
若干 楊貴妃は さすがに現代的な美しさで 私の楊貴妃のイメージとは違いましたが。

空海さんも日本の朝廷からのしがらみから解き放たれるように、生き生きと  
描かれているのが良かった。

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2 コメント

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あの日は予期しない日でした (セロ弾きばあちゃん)
2018-03-14 12:07:19
私は内陸に住んでいるので現実的ではないのですが・・・あの日は娘の夫が手術の日でした。朝から地震がないようにと願っていました。何日か前に震度5の地震があったので、手術が無事に済むことを願っていました。あの経験をしたことのない大きな揺れ・・・
手術は無事に終わって病室へ戻るためエレベーターに乗る寸前だったそうです。孫たちだけが留守番していたので駆けつけ暗く寒い夜を過ごしました。翌日からは釜石と大槌の安否の確認で連絡が取れたのは1週間くらい後のことでした。命だけはみんな無事でした。毎日のように通った瓦礫の中の道路が今も生々しく思い出されます。現実に直面した被災地の皆さんにとっては私たちの思いとは格差があることでしょうね。心の復興は終わることのない重いものでしょう。風化しないでと、祈るばかりです。
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セロ弾きばあちゃんさんへ (ロミオ)
2018-03-19 21:34:02
本当に。東北にとってはとてもつらい日になりましたよね。忘れたい人もたくさんいます。忘れないと生きられない人も。私は忘れてもいいと思っています。ただ、地震あったらすごく高いところに逃げる、絶対戻らない、自分の命は自分で守るさえきちんと継承していけばいいと思います。
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