ヤフオクを見ていたら、ウチにある元禄期の色絵柿右衛門(立派な傷物)と同じ図柄の十二代柿右衛門作品が出品されていた
まずはヤフオクに出品されている十二代柿右衛門の作品です(画像は勝手に借りています)
続いてはウチの傷物の元禄柿右衛門です
明らかに同じデザインですが、現物を見て写したのか絵手本や図録のようなものから写したのかは判りません
調べたところによると、十二代酒井田柿右衛門という人は1953年に江戸期から途絶えていた
「濁白手 」素地技術を復活させた人のようで、そういった意味では現代における柿右衛門の祖と言うべきかも知れません。
画像だけでは判りにくいのは事実ですが、こうして見ていくと
延宝~元禄期の技術がいかに優れていたかを感じざるを得ませんが、それを復活させた十二代もまた偉大だったということでしょうか。
ちなみに、十二代作のお皿の裏側には染付で渦福の落款が入っています。
(
おおー同じ図柄ですね!
やはり比べてみるとその違いがよく分かりおもしろいですね!
やはりというかなんというか元禄期のもの方が色合いがスッキリしていて良いですよねー(^^)
以前教えていただいた青の色の違いですかね!?
赤色というか朱色も独特です。
この技術が江戸時代に確立したいのがすごいですよね(^^)
12代柿右衛門が手本にした皿なのですね。
やはり全体の調和は、酒田の人さんの品が勝りますね。後発組はどうしても、差別化意識が働きますから、華やかさを増やします(鼓や笛などの流派でさえ、そうです)。緑や薄黄色の色釉は装飾過剰でマイナス(^^;
かけ出しの頃、田舎の骨董屋の親爺が、「柿右衛門は渦福だ」と言っていたのを思い出しました。
こうして並べられないと、ちょっと、どちらが本歌なのか分らないくらいですね。
12代作の物には渦福銘が入っているということですから、ますます分らなくなりますね。
そのうち、12代作の物も、江戸期のものとされていってしまうのかもしれませんね。
現代の柿右衛門窯を知らないが故に判りません。
微妙な部分としては、本人作なのか工房作なのか判らないという点もあります。
とは言え、現物を二つ並べられたら、それなりに意味がありそうな気がします。
確かに葉の先端に黄色を入れているあたりは鍋島の影響を感じなくもありません。
(葉の先端は捻じってませんが)
十二代の作品がいつ頃の作品なのかは不明ですが、試行錯誤の末たどり着いたのは確かだと思われます。
柿右衛門窯に残っていた元禄物を手本としたとすれば、ウチの傷物も存在価値が上がるかも・・・。
渦福=柿右衛門の件、最近は判りませんが
昔の業者さんは染付の品で渦福だと「柿右衛門窯の品」とか言ってました。
と言っても過言ではないのかも知れません。
そういって点でも十二代の作品に対する評価はもっと上がってもいいのでは、そう思う次第です。
一般的に延宝~元禄期の濁白手柿右衛門は染付を併用しない(らしい)ので
染錦手のような染付での落款や圏線がないことで見分けが付くと言われています。
とは言え、歴史の中で江戸中期の柿右衛門に紛れてく可能性は高いのかも知れませんね~。