とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

居酒屋にて

2012-04-22 00:22:19 | 日記
居酒屋にて



アマン=ジャン 「ピンクのドレス」(1890年頃制作)

 私はこの画家についてはあまり知らなかった。しかし、この絵を見ていて、こういう淡く華やかな色彩で描く画家も珍しいのではないか、と思って注目した。フランス・アールヌーボーそのものを感じさせる色彩と造形である。私は絵画の装飾性ということをこの絵から強く感じる。装飾性と言ったのは何も低く見ている訳ではない。現代でここまで徹底して描ける作家は少ないと思っている。


 私はこの前電話した夜、長柄さんに大変心配をかけたようで、ある居酒屋に呼び出されました。


 ほんとにびっくりしました、何か悩みでも・・・、と長柄さん。

 ご免なさい。今までいろいろあって・・・、これでよかったのかどうかと思ったりしまして・・・。

 よかったか、悪かったか、私にもよく分かりません。でも、こういう形もあっていいんじゃないかと・・・。事実、二人は喜んでいます。私も嬉しいです。だから、もう後は努力次第だと思うんです。

 銀座でしょう、最初の晴れ舞台が・・・。

 そりゃ、大変な冒険です。でも、冴子さん、長洲さんがバックにいるんですから・・・。

 それですよ、それ。京子さんが何だか敵の本拠地に乗り込むような感じがありますね。

 畝本さん、貴方も見通しておられる通り、京子の本当の目標は大島俊太郎画伯です。今はまだまだですが、将来は分からないですよ。もとより負けん気の強い女ですから、今にのし上がっていきます。

 京子さんは素人目で見てもいいものを持っておられると思います。私も長年たくさんの絵を見続けてきましたので分かりますよ。しかし、何年かかるか分かりません。

 畝本さん、もうこうなってはあの新しい一家を見守っていくしかありません。

 そうですね。それに・・・。

 何ですか。

 冴子さんとお父さんが心配ですね。

 もう家には帰らないと言っているようです。経済的には困らないと思います。父親の世話も冴子さんがきちんとやってくれているようです。

 お父さんは家に帰りたいと・・・。

 そりゃ、気持ちはあると思います。でも、ちゃんと分かっていますよ。帰ったら面倒なことになることを。

 二人の結婚式には・・・。

 呼ぶか、呼ばないか・・・、そりゃ、二人で決めることですよ。

 ・・・。

 畝本さん、貴方は私が第一印象で感じた通りのお方ですね。

 と言いますと・・・。

 だから、真っ正直なお方だと・・・。

 ははっ、正直・・・ですか。

 そうです。その通りです。

 あの、ご免なさい。ちょっと意地悪になりますよ。

 ええ、どうぞどうぞ。

 あの、長柄さんは、私に、最初会ったとき、この家は、と言いますか、この家族が家を出てしまったことに関しては、何もあれこれ世間から言われることはなかったと・・・。

 はははっ、そうでしたですね。いろいろありすぎて驚いておられるんですか。

 ええ、驚きました。

 私の言ったことに嘘偽りはありません。・・・世間様にご迷惑をおかけするようなことは何もありませんでしたから。

 ま、それは、そうですが。

 ご不満ですか。

 いえ、いえ、そんな・・・。

 じゃ、お返しです。・・・畝本さん、貴方があの家、いや空き家に来られたとき、直感的にすごく孤独と言いますか、寂しいような印象を受けました。何かあると・・・。

 それは前言ったじゃないですか。

 繭籠り、ですか。

 そうです。そして羽化です。・・・でも、代わりに二人がやってくれそうです。

 いや、いや、まだ奥に・・・。

 いや、何にも・・・。

 例えば奥さんと、家族と・・・。

 ・・・仲が悪いとかですか。

 いや、ご免なさい。

 いえ、いいです。ご想像にお任せします。

 も一つ、貴方は京子に・・・。

 えっ、何ですか。

 いや、ご免なさい。言い過ぎました。

 ・・・。

 畝本さん、今までいろんなロマンスあったでしょう。

 大分酔ってらっしゃるみたいですね。

 ご免なさい。そうかもしれません。

 ・・・。

 じゃ、酒の勢いを借りてもう少し・・・。

 えっ。

 ありがとう。ありがとうごさいます。・・・実は、私が親戚としてもっと動くべきでした。感謝してます。


・・・私は長柄さんにこの夜言い忘れたことがありました。「・・・貴方は京子に・・・」と言われたときに、私は長柄さんの気持ちとは別のことを思い出していました。恐らく長柄さんは、私が京子さんに関心を持っているのではと思っていたのだと思います。私は、実は、写真のこと、京子さんに渡した写真のことを思い出していました。・・・京子さんへの関心、それもあったかも知れません、それより、京子さんは私の母に、写真の母に何となく似ているという事実でした。・・・これはもう誰にも言わない私だけの真実となりました。


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