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とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

集中豪雨

2010-08-15 06:33:04 | 日記
集中豪雨

 空梅雨が一転し豪雨に……。意外な展開に私は天地の怒りの声を聞く思いがしている。豪雨と言えば思い出すことがある。それは学生時代のことである。
 「準急八雲は予定の時刻に発車しますが、島根県では水害のために途中で下車していただく場合がありますので、あらかじめご承知おきください」。小倉駅でアナウンスを聞いていた私は、どうにかなると甘く考えてその列車に乗ることにした。切符代しか財布には残っていなかった。確か昭和三十九年の集中豪雨のときだったと思う。
 益田に着いたとき、「宿泊されるお方は下車してください」とのアナウンス。数十円しか持っていない私はそのまま乗っていた。かくして、とうとう五十猛で列車はストップしてしまった。線路が流失していてもう進めないとのこと。
 私はしかたなく下車した。そして駅前のタバコ屋で電話を借りて自宅までかけたが断線していて通じなかった。もう夕方が迫っていた。途方に暮れて店先に座っていると、「学生さん、うどんで悪いけど食べませんか?」と言って奥さんが美味しそうな一杯のうどんを持ってきてくださった。私は涙が出るほど嬉しかった。そのときのうどんの味は終生忘れない。その上その奥さんは宿の紹介をして下さった。後に付いていくと、民宿だった。そこでもまことに親切にしていただいた。ご厚意に甘えて、折り返し運転のバス便が開通するまで二泊させていただいた。こんな見ず知らずの若造にこんなに親切にしていただく私は幸せ者だと、心の中で手を合わせていた。
しかし、この出来事については今でも一点のわだかまりが私の胸の奥にこびり付いている。それは、あのときあの列車に乗るべきではなかったかもしれない、という後悔に似た想念である。出発を遅らせるという心の余裕があのとき私にはなかったのである。
                                 (2005年投稿)

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