続・切腹ごっこ

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衆道者(もの)奇談 稚児の腹切り 四

2005-12-04 | ◆小説・kiku様

 稚児の覚悟

「様子を見てくる。必ず戻る、待っていよ。」
夕刻になって源吾が出て行った。彼は薄暗い宿坊に一人残された。

幼い頃より稚児を仕込まれ、色を生業(なりわい)にして世を渡った。慰めた男は数も知れぬ。放つが欲の男ばかりを見てきたゆえか、人の情など信じなかった。そんな自分があの人を見て心魅かれた。ただ一度竿を咥えて命を預けるなどと、不思議な縁(えにし)と思うしかない成り行きといえた。

慰めに口を使うは普段の手管、しかしあの人のものを含んだ時は何かが違った。心の中の糸が切れた気がする。血が逆巻き、気をやる自分にうろたえた。普段なら口で受けても吐き捨てるが、あの人のものは貴いもののように思えて身内に入れた。男の命を注がれた気がした。あの時、共に死ぬる予感があったのかもしれぬ。
堅気には侮られるが常の身で、あの人の言葉には蔑む気持ちは感じられなかった。横たえられ開かれて含まれた。戯れにはあったことでも、あれほどに心こもって扱われたことはなかった。身をまかせ心が溶けた。なぜか涙が溢れて止まらなかった。
『二人だけで死ぬるか』などと思いもかけぬ言葉が、なぜかあの時心に響いた。

戦が続く狂気の世、死は常に身近かにある。いつどのように果てようとも覚悟はあった心算でいた。世を捨てて、それゆえに逃げ遅れたといってもよかった。そんな自分がなぶり殺しにされる姿を想像した。根切り虐殺となれば容赦もない。名のある者は死に場を与えられても、力ない者は慰め物、嬲(なぶ)り殺しは幾つも見ていた。裸に剥かれ犯されて殺される。見目良い者は死骸になっても辱められた。色稚児とわかればなおのこと、女以上に辱められいたぶられる。死ぬる覚悟はあったが、いたぶられて殺されるのは嫌だ。死を前にして、たとえ味方とてもすでに狂気、突然に踏み込まれて蹂躙されるかもしれなかった。灯りが外に漏れるのが怖くて、暗闇の中で部屋の隅にうずくまっていた。もう生きる事は考えていなかった、ただ死に方だけを考えていた。

前の戦(いくさ)で敗れた武将が両軍の見守る中で切腹し、その傍らで若者が腹を切った。白き肌を諸肌脱ぎ、得意気に見渡して腹に刃をあてる。美しいと思った。羨ましかった。死ぬるならあのように死にたいと思った。突き立て悶える様は悩ましく、真っ赤な血が若者の膝を染めた。見事に腹切る姿を人々は声もなく見守った。自分の腹を裁ち切られているような気がした。自分が切腹する姿を想像して身体が震えた。彼に倣って自分の腹に指を這わした。気が昂ぶり男根が突き上げていた。彼は見事に腹切り果て、皆が感嘆の声を上げた。その瞬間、精を放った。彼の悶える声が耳に残った。

自分もあのように死にたい、あのように・・・。闇の中で思い出し、男の印が痛いほどに帆を張った。自分のような色稚児が切腹などと、望んでも出来ぬことと思っていた。しかしあの人の側でなら・・・。抱かれながらそう思った。自分でもあの人の側でならきっと立派に腹を切り死ねる。着物の下で腹を撫でてみる。血が騒いだ。互いに男根を腹に這わした感触が蘇る。あの時切腹すると心に誓った。

色稚児は、客を喜ばせるためにいくことはあっても、芯から気をやってはならぬと教えられた。昨日から自分はどうかしていると思う。自分が抑えられなくなっていた。前を開いて握り締める。肉塊は指の中で熱く猛っていた。目をつぶると、晴れやかな切腹座に自分が居た。腹切る刀が冷たく光る。怖かった、怖かったが雄々しき男根は自分が男であることを思い起こさせた。自分もあの若者のように腹を切って死ぬ。果たせばもう侮られまい。体中を血が駆け巡る。片手で腹を揉みながらゆっくりとしごき始める。頼もしい顔が浮かんだ。
「源吾さま・・・、参ります。」
切腹刀を突き立てた瞬間、快感が走った。手が激しく擦りしごいて、一気に噴き出した男の命が宙に散った。暗闇の中でいつまでも全身の筋肉が硬直し震え痙攣していた。

暮れた静けさの中でもう虫が鳴き始めた。男はなかなか戻ってこなかった。これほどに遅いのは、置き去りにされたのかもしれない。あの人一人なら落ちられたのかもしれぬ。『共に死んで下さいますのか』と訊いたが答えてはくれなかった。暗闇の中ではわずかな時が永遠とも思えて、男がもう戻って来ないのではないかという不安と闘っていた。


衆道者(もの)奇談 稚児の腹切り 五

2005-12-03 | ◆小説・kiku様

 腹切りの宿縁

源吾が戻ってきた時はもうとっぷりと暮れていた。若者は部屋の隅にうずくまって待っていた。飛びつくように抱きついた。
「遅うなった、すまぬ。灯りもつけなんだのか。」
「もうお戻りにはならぬかと思うておりました。」
彼は嬉しそうに笑いながらも目に涙を浮かべていた。
「戻らなかったらどうする心算であった。」
源吾は宥めるように抱いてやる。
「よほどに心細かったであろう、もうどこにも行かぬ。酒を少し手に入れた。」

灯りの下で、酒は心を和ませた。
「共に死のうとするに、迂闊にもそなたの名前を聞いていなかったな。」
「胡蝶丸と申します。あなたの名前は存じておりました。」
顔を上げて、若者が苦笑しながら答える。
「胡蝶丸、胡蝶丸・・・。よい名だ。」
口の中で何度も名前を繰り返して源吾も笑った。
「置き捨てにされたかと思いました。」
胡蝶丸が下を見たままに言った。
「私一人が足手まとい、あなた様一人ならどのようにも落ちられようと思えて。お許し下さい。」
「わしは夕刻、そなたを落とせる道を探しに山を下った心算であった。そのわしが命惜しさに逃げようとして、そなたの名前を聞き忘れたのに気がついた。」
源吾も下を向いて顔を見なかった。
「それゆえお戻りなされたのか。」
「ひと時とはいえ、わしはそなたを捨てようとした。すまぬ・・・。」
源吾は苦いものを呑み込むように酒をあおった。
「途中、囚われた若者が嬲(なぶ)られ殺されるのを見た。聞けば明朝、総攻めと決まったとか。残る者は一人も生かすなとの厳しい下知が下されていた。そなたが惨くも殺されるのを思い描いて、共に死ぬると約したことを思い出した。そなたをあのように死なせとうはないと思うた。」
「私ごときと死ぬためにお戻り下されたのか。私などはいつどのように果てようとも・・。お逃げなさればよろしかったろうに。」
手に持つ酒を呑んで一息ついた。
「待つ間(ま)に思うておりました、昨夜の事昼の事。あなたとは前世からのご縁、私はきっと、あなたに会うために生まれてきたと思いました。置き捨てられたとも思いました。悲しゅうございました。」
源吾には辛い言葉だった。
「もはや生きる望みは捨てました。死ぬるならせめて惨めには死にたくはないと思いました。お戻りにならぬならそれも前の世からの決め事、かなわぬまでも一人で腹を切ろうと思いました。私には主(あるじ)もなく義理もなく、あなた様への想いの証しに腹を切ろうと。」
涙が溢れた。胡蝶丸は下を見て顔を上げなかった。
「過ぐる日に、わしは落城の憂き目を見、主(あるじ)殿や側小姓、女までもが見事な最期を見ながら、命惜しさに城を落ちた。気の迷いとはいえ、またもそなたを捨てようとした。今度こそ侘び共々、わしも必ずそなたと共に腹を切る。」
顔を上げて源吾が言った。胡蝶も顔を上げて見詰め合う。
「わしもそなたとは前世からの因縁、宿縁としか思えぬ。逃げようとしたわしを許してくれるか。」
胡蝶丸がにじり寄り、源吾の膝に身体を投げた。
「このようにお戻り下された。もう離しませぬ。」
彼は泣きながら逞しい腰にしがみついた。
「惨めには死ぬまい、共に最期を飾り、腹切り死のうな。」
源吾は、柔らかい背を優しく撫でた。


衆道者(もの)奇談 稚児の腹切り 六

2005-12-02 | ◆小説・kiku様

 腹切る契り

「よいか胡蝶、これからそなたと交わるのは情を交わすのではない。腹切る契りを結ぶのだ。」
源吾が諭すように言った。
「はい。」
見上げて胡蝶丸が頷いた。彼には難しい事はわからなかったが、それが覚悟を確かめる儀式と思えた。
「今生最後、あなた様を見届けて死にとうございます。」
源吾のすべてを記憶に残して死にたいと胡蝶丸が望んだ。源吾は頷くと、横たわり目を閉じた。
身体の隅々までも指を這わし唇を這わした。男の全てが逞しかった。肉のすべてが厚く頼もしく、心強かった。縮れた草も菊の蕾もふぐり袋も確かめた。叢(くさむら)にそそり立つ中心に指を伸ばした。口に含むと懐かしい匂いがした。すべてがここから始まったと思った。口いっぱいに放たれた精水はこの人の命そのものだった。飲み下して身内に入れたあの時、命の記憶までもが注がれた気がした。あの時にすべてが定まったのだと思った。
引き締まった腹に唇を押し当てた。まもなくここは切り裂かれ血にまみれる。源吾の傍らで自分が腹を切る姿を思い描いた。この人は私と死ぬために戻ってきてくれた、私と切腹するために。苦しくても男として、自分も腹を切らねばならぬ。最後に優しく口をつけて別れを告げた。

源吾は身体を開いて愛撫を受けた。胡蝶丸の身体が上を這い、薄い胸も尻も無惨に切り裂かれる腹も、華奢で細い身体の全てが目の前を通り過ぎる。間もなくこの身体が腹を切る。胡蝶が悶え苦しむ姿を思い描いた。いかに望むとはいえ無惨とも思う。自分が死ぬる苦痛など何ほどのこともないように思えた。
男の印を含まれ、昨夜からの記憶を辿る。腹に唇をつけられて腹切る激痛を思った。源吾の記憶が蘇る。死ぬる覚悟を誓いながら熱棒に契り貫かれた。
「そなたは衆道者として腹切り果てねばならぬ。」
俺はあの時、確かに腹切り死ぬると誓った。この時やっと全てが見えた気がした。死ぬる予感が、衆道の契りを思い出させたに違いない。俺はきっと導かれてここにいる。この若者に腹切らせて、俺も衆道者として腹を切らねばならぬ。

「胡蝶、もうまかせよ。」
源吾が抱きしめて言った。胡蝶は身をゆだね、上から組み伏せられ開かれた。
「胡蝶よ、色稚児であったことを忘れよ。契りを受けよ。」
源吾はまっすぐに見た。胡蝶は頷いて目を閉じた。
しばらく源吾は動かなかった。
胡蝶が目を開ける。源吾が見下ろしていた。
「胡蝶よ、共に腹切り死のうぞ。」
握った手に力を込めた。
「はい。お連れ下さい。」
見上げて大きな手を握り返した。
「さあ、貫いてくだされ。」
促すようにもう一度頷いて、胡蝶は目を瞑って大きく脚を開いた。

心も身体もすべてを開きゆだねていた。グググッと深くも一気に貫かれ、狂うたように叫び声を上げた。男同士が交わるとはこういうことだったのかと初めてわかった気がした。押し広げられる痛みが快感だった。胡蝶はもっと深く強くと叫んでいた。柔らかい身体がいっぱいに折り曲げられ開かれていた。
「お願いです、そのまましばらく・・・。」
源吾が動きを止めて見下ろした。菊門を押し開いて、腹の中まで届いた男の先が内襞(ひだ)を探っているのがわかる。覆いかぶさる圧倒的な肉体に包み込まれ、呑み込まれてしまう様に思った。二つの身体が今一つに結ばれていると実感できた。自分の男根が二人の間にそそり立っている。胡蝶はそれに手を添えた。
「切腹を・・・、必ず・・・。」
胡蝶が見上げて言うと源吾が頷いた。指の中ではち切れそうに膨れる肉の刃を握り締める。

ゆっくりと抽出が始まった。名を呼ばれ、名を呼んだ。何度も呼ばれそれに応えた。ただ一途に貫かれている感動に魂が震え、果てる予感に身体が震えた。逆巻く海が目の前にあった。飲み込まれて頭の中が真っ白になる。胡蝶丸は甘美な苦痛と死を体感していた。すべての雑物が消え、腹切る誓いを確かめた。男として散るために、今魂が凝縮しようとしていた。生命のすべてが激しく燃焼し、死に向かって駆けた。

抱きしめられ、股間が密着し震えていた。今注がれると思った。固くも結ばれ、刺し貫く剣(つるぎ)が一気に膨張し、熱水が身体の中心に迸(ほとばし)った。狂うたように手がしごいた。胡蝶が咆哮を上げる。握る刃が命を噴き上げた。

すべてを解き放ちすべてをゆだねていた。恍惚と満ち足りた気分だった。大きな手が優しく肌を慰め抱いた。細い指は名残り惜しげに肉を這った。
「胡蝶よ、此の世などはひと時の夢。よいか、そなたはもう色稚児ではない、わしと契った武家念者ぞ。武家の衆道は死ぬる契り、ともに腹切りて死に、次の世までも永劫離れまい。」
固くも深く結ばれた余韻を確かめ、胡蝶丸は涙を止められなかった。もう自分は一人ではないと思った。源吾の腹を撫でさすり、腹切る決意を込めて自分の腹を撫でた。すでにもう未練とてなく、死ぬることなど怖くなかった。今このように死ねることが幸せとさえ思えた。今は疑いも迷いもなく、これが自分の運命と確信した。
窓から差す月の光の中で、静かに至福の時が流れていた。


衆道者(もの)奇談 稚児の腹切り 七

2005-12-01 | ◆小説・kiku様

 衆道者の切腹

月も傾きもうすぐ空が白み始める。
「後れてもならぬ。名残りは尽きぬ、逝くか。」
死ぬる支度とて何ほどのこともなく、新しい下帯だけを互いに締めた。
「そなたはこれを。」
源吾が自分の脇差を差し出した。
「わしはそなたの短刀を使わせてもらおう。」
鞘のままに各々膝前に置いて、二人は向かい合って胡座を組んだ。
源吾にはすべてが夢のように思えた。俺は今衆道に殉じ、この若者に腹切らせるために死ぬる。生きたいと思って生きてきたのではなかった。心の底で腹切り死にたいと望みながらも果たせず、その機を求めて彷徨っていた。そしてやっと辿り着いた。何もかもが今終わる。これでいい、これであの方との約束も果たせる。

死を前にして胡蝶丸はすでに色稚児とは見えぬ。
「胡蝶よ、そなたはもうわしと同心。これは情死ではない、男として衆道契りに殉じて死ぬる。最期は刺し違えて共に逝こうぞ。」
「私は契りに殉じて切腹致します。」
しっかりした声で前を見て礼をした。か細く見えた身体も、頼もしくも凛々しく見えた。

胸元から腹を撫ぜ下ろすと、胡蝶丸は不思議にも懐かしい思いに捉われた。切腹する、今自分は腹を切る、そう言い聞かせて下腹を揉んだ。自分は今男子として死ぬる。色稚児と蔑すんだ者たちの顔が浮かんだ。かって見た腹切る若者を思った。あのように今死ねる。男の証しがすでに誇らしげに立ち上がっていた。鞘を払い刀身を懐紙で巻いた。息苦しい緊張にすべての筋肉が硬直し震えていた。息が出来なかった。大きく息を吸う。肌が紅潮していくのがわかる。張りつめた静寂の時が流れていた。

ぎこちない手の動きが、激痛への怖れと闘っているのをうかがわせた。細腰伸ばして腹を撫ぜ揉む姿はさすがに哀れとも見える。源吾は黙ってそれを見ていた。遠い記憶が浮かぶ。そうだ、やはりこれはあの時の俺だ。源吾は心の中で叫んでいた。あの時俺は恐ろしさにかられて逃げた。恐怖が蘇る。彼は自分を励ますようにふぐり袋を握り締めた。

胡蝶丸が意を決して突き立てる。虚しく肌を傷つけて刃先は跳ね返された。前に屈んで幾度か突き立てようと試みるが非力は覆えず、腕が震えてためらいの傷をつけるばかり。
「恥ずかしゅうございます、私にはやはり・・・。」
悔しさに涙がこぼれた。
「切れませぬ・・・。このような軟弱者、いっそ楽に殺して下され。」
膝を崩して嗚咽をもらした。

源吾が前の短刀を取る。布で巻き込み握り締めた。両膝立ちに伸び上がる。もう迷いはなかった。すべての筋肉に力を込めた。下腹を撫で揉む。一瞬懐かしい顔を見た。自分の前で見事に腹を切っていった人々が誘っていた。
「源吾、男子(おのこ)として果てよ。」
声が聞こえた気がした。
「見よ胡蝶。」
源吾が叫んだ。呼ばれて顔を上げる胡蝶丸。その刹那、源吾は両手で振りかぶった短刀を腹にたたきつけた。白い股間が一気に赤く染まっていった。
「後れるでない、造作もないこと。そなたの想いも見せてもらおう。」
苦痛に顔を歪めながら、前を睨んで声を震わせる。
「うむぅぅ・・・、さあ・・胡蝶・・・男子であろうが・・・。」
「源吾様・・・。」
伸び上がり、腹に突き立つ短刀を握ったまま源吾は目を離さなかった。しばらく二人は見詰め合った。
「契ったであろう、死に遅れては・・ならぬ・・・。」
逞しくも厚い胸板が震えて汗を噴く。
「契った・・・。死に遅れる・・・。」
胡蝶丸の心の中で何かが弾けた。不思議な光景が浮かぶ。周囲の人々が次々と腹を切っていた。男も女も腹切り悶えていた。源吾の中の記憶だと胡蝶丸は直感した。源吾が目で頷いた。
「そうだ、そなたはわしだ。あの時のわしだ。切れ、切るのだ。死に遅れてはならぬ。」
すべては錯乱の中の夢であったのかも知れない。

胡蝶丸は見詰め合ったまま膝立ちになる。操られているように両手で握り締めた刃を腹にたたきつけた。刃先は肌を突き破り臓腑までも貫いた。激痛が走った。
「あううううう・・・。」
唇を噛み締めて叫びをこらえる。腹に突き立つ刃を握って、膝立ちに若者の肉のすべてが震え痙攣していた。血がゆっくりと滴り始める。
「それで・・・よい・・。ようした・・・。」
二人はすべてを共有しているのを感じていた。心が通い合い一つになった。源吾が満足そうに顔をほころばせる。
「共に逝こうぞ。」
源吾の膝間はすでに血の池、腰を頼んで右に割いた。傷口が開いて、臓物さえもが溢れ垂れた。
「うむうううう、むうううう。さあ、わしに倣うて・・・。」
励まされて、胡蝶丸も腰悶えさせながら引き回す。
「あううう、うううう。」
身を捩じらせ、喘ぎ呻いた。
「胡蝶・・・。見事ぞ、見事な切腹ぞ。」
源吾がにじり寄り、胡蝶の腹に刺さった脇差を引き抜いた。胡蝶丸も源吾の腹から短刀を抜き出す。互いの胸に刃先を当てた。これが最期としばらく見詰め合う。
「逝こうぞ。来(こ)よ。」
胡蝶丸が見上げながら身を投げる。源吾が胸板突き上げると、骨を断ち肉を裂く手応えを感じて刃先は背までも貫いた。胡蝶丸の目が満足そうに腕の中で見上げていた。
「これで・・・、これでもう・・・。」
男として散る甘美な死が胡蝶丸に訪れようとしていた。突き上げる快感が全身を貫いた。何度も精を放つ。抱きしめられて、彼はゆっくりと闇に包まれていった。

刺し違えるはずの短刀が、胸肌を裂いただけで胡蝶の手からこぼれて転がった。胸に脇差を突き立てられたままの胡蝶を横たえる。血達磨になりながら源吾は死に切れぬまま残された。
「やはりわしは、楽には死ねぬか。胡蝶の顔を見ながら逝くのが幸せかもしれぬ。」
転がった短刀には手が届かず、脇差は胡蝶を貫いて抜きもならず。流れ出す血が力を奪っていく。やっとすべてが終わったと思った。激痛に襲われながら安堵で満ち足りた気分だった。意識が朦朧としていく。寄り添うて死が訪れるのを待つ。眠るごとくの顔を見ながら美しいと思った。見ているだけで心が安らぐ。
「待っていよ、わしもすぐ行く。もう離さぬ。そなたはわしをここまで導いてくれた。」
源吾は愛おしそうに髪を撫でた。二人の魂が溶け合う気がした。苦しみはもうなかった。安らかな静寂の中で気が失せていく。いつか外が白み始めた。