眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

パン

2017-11-28 | 
少女が音楽を流す時、僕はいっさい口をはさまない。
彼女には彼女の好みがあり、そのときの気分があり部屋を暗くして蝋燭の明かりや月の月光に左右されるほど繊細な神経で音楽をさがす。
僕はワインやスコッチをグラスに注いで、それを舐めながら音楽に実を浸す。
彼女が選ぶレコードは、その時々で彼女の気持ちを映し出す。

  ゲリー・カー、コシ・ミハル・、鈴木さえこ
    ピアソラ、ショパン、レオ・ブローウェル、ヴィラ・ロボス

     あるいは
   フロイド「あなたがここにいて欲しい」
  レノン、カーボーイ・ジャンキーズ、キャメル、ジャコ・パストリアス
 ジョー・パス、デイビット・ラッセル、バリオス、ポール・コゾフ
   
  僕は3杯目のウィスキーで音に身をゆだねる。彼女はプレイヤーの前であぐらをかいたままの姿勢で指一つ動かさない。レコードが終わると、窓辺ではっか煙草を三本丁寧に根元まで吸い、また音楽を聴く。

 「あなたはどうして音楽を聴くの?」

出合った頃、少女がめんどくさそうにパンを珈琲で口に押し込みながらつぶやいた。理由は分らないけれど、僕は音楽を聴くのが好きなんだ。

 「音がないとさ、眠れないんだよね。」
そう云うと、少女は初めて僕の目を見つめ、満足そうに肯いた。
  そして僕らは友達になった。

彼女は神様に無頓着だった。どうでもいい、とよく口にした。
  「だって、」
パンを細かくちぎりながら、世の中って不公平でしょう?私は神様より音楽を信じる事にしたの。そう云った。その意見には全く同感だ。
世界は矛盾と不条理で構成されている、それがその頃僕達が到達した結論だった。

世界は不思議なもので出来ていて、僕にも彼女にも、過去があり理由があり居場所がなかった。
はじめて彼女を目にした寒い冬の夜。
いまにも消えかけた街頭の明かりの下で、少女は雨の降る道端で、片目が潰れ三本足の野良犬の頭を撫でながらパンの破片をあげていた。

  少女が音楽を流す。


   ボブ・ディランだ。

   「友よ、答えは吹き抜ける風の中にある。」

    
       少女がパンをかじる音がして

          僕はほっとする




コメント (4)
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