眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

ハイビスカス

2024-09-30 | 
ハイビスカスをお風呂に浮かべて
 賛美の歌を口ずさむ
  君の呼吸音は一定で
   静かにただ呼吸していた
    真昼の三時頃
     湯船にお湯をはって
      ぼんやりと景色を想った
       子供たちの捧げる歌

       空は気だるげに飛翔した
        カモメ達の世界
         僕らは空を愛す
          壊れかけの複葉機で
           世界の果てまで飛行する
            地上がゆっくりと回り
             世界は球体だった
              たどり着いた亜熱帯の地は
               不快指数が高く
                水浴びにちょうど良かった
                 
                 君の昔を
                  想っていた
       
                 ハイビスカスの咲く頃
                僕らは宙空を舞う魂だった
               ね
              忘れないでいてね
   
             そう云った君の視界から僕が消え失せ
            惰眠が僕から
           君の存在を曖昧にする
          ページをめくった
         あたらしい知覚の扉が開くのだ
        気だるい深夜
       バーボンを舐め自堕落に世界を紡ぐ
      子供達がはしゃいでいる

     月光
    青い月明かりの世界で
   帰りを待っている
  カモメの世界
 日常を凌駕した恣意のもと
僕らは明確な存在足りえるのだ
 必要な栄養素を蓄え
  呼吸を備蓄する
   酸素マスクの向こう側
    皆がオレンジ色の蛍光灯の舌で
     お茶会を開くのだ
      いっそ
       小さなお茶会
        誰かが去り
         残された我々がマスターに任命された
          暖かな紅茶を淹れなければ
           ね
            忘れないでいてね

            忘却の仮面を被った嘘
             君は忘れたはずの記憶を所持していた
              君の昔を

              ハイビスカスの花を知っているの?

             少女が緻密なデッサンを描きながら尋ねる

            うん
           僕の島の花だからね

          どんな色をしているの?

         忘れたよ
        遠い記憶と共に

       匂いは?

      それもとっくに忘れたよ

     あなたの島は何処にあるの?

    地球儀を回し

   僕は答えるのだ

  忘れたよ

 忘れてしまったんだ

やがて海だった領域は

 埋め立てられ

  コンクリートの壁になる

   それは誰にも止められないのだ

    カモメたちは飛ぶ空を忘れ

     僕らは僕らの島を忘れてゆくのだ

      静かに

       静かに

        記憶のハイビスカスを想い

         君の憂いに僕は泣く

          琥珀のウィスキーを舐めながら

           僕は

            記憶の中のハイビスカスを想う

             消えてしまったよ

              くすくす

               子供達の無邪気は砕け散る

                くすくす

                 誰かが笑っている

                  ごらん

                   嘲笑された世界

                    僕らの忘れ去られた花の物語

                     僕らは


                      僕らは










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扇風機

2024-09-27 | 
容易ではない早起きに
 ふらつく足元の下で希望が割れた
  緑色のカーテン越しに朝日があたった
   今日が始まる
    まるで夏の日差しが舞い降りる
     扇風機を回しながら
      虚脱した昼下がりには
       無気力な退廃が身を囲って
        風邪気味だろうか?
         悪寒を感じる
   
        扇風機

       ぶーん、とモーター音をうならせ
      いつかの夏の記憶
     海水浴と氷の入ったレモネードの甘さ
    泳げない僕は大き目の浮き袋に揺られ
   青すぎる青の空を眺め
  白い雲が流れゆく
 世界は球体で何処かにこの空は繋がっているのだ
そう確信した瞬間
 もはや足が着かない遠い沖まで流されてしまったのだ
  見渡す限り地平が見当たらなかった
   この感覚には憶えがある
    一人暮らしのアパートの僕の部屋の一室
     毛布もベットもいらないと笑った生活感の無さ
      少しの小説とレコードだけを宝物にしたんだ
       誰かが呆れて笑い
        怒り
         そうして心配さえしてくれたというのに
          僕は漂流を楽しみにしていたのだ
           ゆらゆらと揺られ
            時間と空間がねじれた

           扇風機

          あるホテルのロビーの天上で優雅に回る
         異国の人が通りがかりに微笑んだ
        マイタイを飲みながら
       一人で誰かを待った
      そういえば
     そういえば会う約束はしてあったのだろうか?
    扇風機が回る
   約束なんていらなかったはずじゃないのかい?
  不審気に白い猫が大きな瞳を細めた
 いつから約束が理由になったのだろう?

    扇風機

     まだ10代の永遠の面影
      消える事の無い夏休み
       あの数年間は魔法が使える時間だった
        やがて僕らは暮らしを
         見よう見まねで模倣した
          いびつな形をした暮らしは
           キュビィズムの字体だと強がってみせたんだ
            ちりん、と風鈴が鳴った
           街角の二階にある喫茶店だった
          珈琲の黒の中を眺めていた
         ピアノの音が流れている
        何処かで聴いた旋律
       何処かで見た筈の風景
      風がなびいた
     辿り着けない地平を想った
    逆算すると明治の初期だね
   計算の上手な骨董屋の主人が僕の人生を鑑定する
  ネジが緩んでいる為だよ
 正確な時刻を刻めないのは
振り向くと誰かの影が消えていった
 
  笑うんだ 
   笑うんだ日に三回
    そうすれば上手くいく
     僕はその言葉を呪文の様に繰り返した
      道化ならば
       笑うんだ
        それ以外のどんな素振りも見抜かれてはならない
         回り続ける扇風機の羽の様に
          電力が落ちるまで
           回り続けるんだ

           だけど

          だけどこの虚無だけは消えて無くならない

         約束ばかりがただ残るのだ

        果たされない約束

       ぶーん、と扇風機が回る

      湿度の高い南の島に於いて












      
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青の色

2024-09-23 | 
友人が絵描きをめざして貧乏していた頃。
はじめて見せてくれた絵は、馬のデッサンだった。
風呂もない、トイレは共同、台所らしき場所には開いた缶詰めが散乱していた。
僕らは、ひたすら安い酒をあおり、慰めあうように馬鹿な話ばかりしていた。
八方手詰まりだった。
彼には夢があり、叶えられない。
僕は自分の人生に飽き飽きしていた。

 皮肉の時代だった。

皮肉の代償はとてつもなく大きな物だった。
互いが世間を笑っていた頃、まさか社会に自分たちが笑われることになるなんて想像もしなかった。

皮肉を云うのは僕らで、笑い飛ばすのも僕らのはずだった。
僕らの世界はそんな馬鹿げた、ありもしない虚構に塗り固められていた。

 酒に酔った友人は、立てかけたキャンバスにふらつく足取りで向かい、いきなり あるだけの青い色の絵の具を塗りたくった。
 彼がナイフで白いキャンバスを青に染めているあいだ、僕は黙って林檎をかじっ ていた。

友人はきゅうに絵の前で座り込み、どうだ?と尋ねた
タイトルは?
と聞くと、「青の色」だ、とやけっぱちにつぶやいた。

    青の色

  それが僕らの最後の皮肉だった。

  僕らはそれから、笑われることに馴れていった。

きゅうり食うか?
 食う。

 味噌にきゆうりをつっこんで、ぼりぼり食べた。

     青の色





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旅の行方

2024-09-18 | 
青い空から魚の影が消える頃
 柔らかな風が
  やがて消え去るであろう淡い心を
   くるりくるりと上昇気流に乗せた
    気球は気まぐれに揺れ始め
     あの丘まで約一時間の計算だった
      古臭い懐中時計を伯爵は悪戯していた

       どうして僕はこの気球に乗っているんですか?
        伯爵は葉巻を加えて上品に僕の質問を聴いていた
         どうして乗っているのか?それはあまり問題ではない。
          問題は、
           君が何処へ向かうかだ。
            あの丘を抜ければこの世界を抜ける
             そこからは君の自由意志にまかせられている
              選択権は君の手のひらの中だ
              あるいは
             風に流され永遠に漂流を続ける
            すべては風まかせといったところだ
           あの大航海時代の海賊達の様に
          それはそれで趣きがあって良いものだよ
         下を見下ろすと緑の草原が広がっている
        僕はぼんやりと移ろいゆく世界を眺めていた
       僕は何処に行くべきなのだろう?
      伯爵はワインの瓶とグラスを取り出した
     まあ、そう急がなくても良かろう。
    一杯やりながらのんびり考えればいい
   僕らは地表からだいぶ離れた場所で乾杯をした
  君はどうしてそんなに急いでいるのだね?
 葉巻をすすめながら伯爵が尋ねた
ワインを舐めながら僕はひとしきり考え始めた
 僕には行き先など関係なかった
  目的地の無い旅
   無目的な怠惰に身を揺らし
    僕は焦り始めた自分を考察してみたのだ
     待つ人もいない 第一
      第一僕は僕自身が何者かなのかすら知り得ないのだ
       ただ哀しい郷愁と焦燥感だけが心を掻き乱した

       僕が気球に乗り込むのを皆が反対した
        伯爵はその数多くの奇行で有名人だったし
         僕は彼の気球を膨らませる仕事に参加していただけの話だった
          気球が空に上がる準備が整うと
           伯爵は葉巻とワインのついでに僕を気球に乗せた
            だって
             酒のつまみには話し相手が必要だろう?
              伯爵は真面目な顔つきで説明した
               それも忙しそうな子供の話はとかく面白い。
                僕は子供ではないですよ?
               伯爵は微笑んだ
              君は積極的な思考停止をした
             だから君の心は15才のままで時間を止めた
            子供のままなんだ。
           
           僕は伯爵に丘に辿り着くまで話続けた
          嬉しかったこと 哀しかったこと
         失ったものに関して
        どうして僕があわただしく毎日を暮らしているのか
       僕は僕自身が誰なのかはっきりと確証出来ないこと
      僕は僕自身をどんな方程式を使っても証明出来なかった
     伯爵は優しく話しを聞いてくれた
    
    そうして一時間がやって来た

   あの丘に辿り着いたのだ

  さて。
 君は答えを出したのかい?
この世界を抜け出すのかどうか。
 僕は答えられずにいた
  伯爵がくすくす微笑んだ
   ワインがまだ残っている
    もう少し話し相手になってもらってもかまわないだろう?
     伯爵は新しい葉巻に灯をつけた
      もう一周、この旅に付き合いなさい。
       焦る必要は無い
        焦って出した答えなど面白くも何とも無い
         君はこの世界をもう一度旅するべきだ
          なぜなら、

          君はこの世界が出した宿題を提出してないのだからね

          それに

          ワインがまだこんなに残っている

          伯爵がくすくすと笑った

          ワインが残っているよ

          
          旅を続けよう




          伯爵の声が優しく耳に木霊した



          旅を続けよう










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草原の出来事

2024-09-12 | 
永遠は何処にあるの?
 少女が呟く
  凛とした彼女の横顔を眺め煙草を吹かした
   緑の草原には風が吹いていた
    柔らかな日差しが僕等を憩う
     緑色の瓶ビールを飲みながらあの青の時代を想った
    
      僕等は寄る辺ない流浪の旅人で
       此の世界が旅の途中なのだと知っていた
        それでもビールを浴び
         楽器をかき鳴らした
          永遠に続く緩衝の此の地に於いて
    
           ね
            ビールを頼んで
             君がカウンターで告げた
              12本目の瓶が厳かに運ばれた
               マスターは苦笑し僕にもビールは必要かと尋ねた
                意識を失いかけた僕は急いでハイネケンの残りを飲み干した
                 珈琲が飲みたかった
                  彼女は平然とした面持ちで12本目のハイネケンに口をつけた
                   ビールを飲み干す彼女の口元を眺めた
                    まったく酔い潰れない彼女に僕は呆れて質問した

                     そんなに美味しそうに飲まれたらビールも本望だろうね

                      そうね。
                       美味しいわ。
                        
                        どうして君は酔い潰れないんだい?

                         僕の言葉に彼女は意外そうな表情をした

                          酔わないのよ。
                           いくら飲んでも。

                            そうしてフリップモーリスを咥えた
                             僕は煙草の先に灯を点けた
                              彼女は満足げに白い煙を吐いた
                               午前三時
                                店には僕と彼女とマスターだけが残された
                                 赤い花
                                  君はその頃皆にそう呼ばれていた
                                   そうして
                                    ギターを弾きながら寂しそうに歌う
                                     君の切ない声が僕はとてもとても好きだった

                                      君は現実界隈の行方に酔い潰れ
                                       誰もいない路地で三本足の野良猫の頭を
                                        撫でていた
                                         雨が降りしきる深夜に
                                          傘も差さずに
                                           僕は尋ねた

                                            ねえ
                                             音楽は好きかい?

                                         赤い花は不思議そうに僕の瞳を見つめた

                                        音楽が無ければおかしくなるわ。

                                       僕は彼女を行きつけの店に誘った
                                      難しそうな顔でビールを飲みながら
                                     彼女は僕の煙草を取り上げ
                                    美味しそうに煙を吹かせた
                                   酔いどれた僕がギターを取った時だけ
                                  気怠そうに云った

                                 ね
                                音楽好き?

                               僕は黙ってギターを弾いた
                              しばらく聴いていた彼女は
                             そっと歌ってくれた
                            ピンクフロイドの「あなたがここにいてほしい」
                           そして僕と赤い花は友達になった

                          皆がいつも不思議そうに尋ねた
                         どうして赤い花がお前とだけ歌うんだい?
                        と
                       赤い花はいつも一人きりでギターを抱えて歌っていた
                      舞台に人の気配がするとそっといなくなった
                     だから
                    彼女が僕の伴奏で歌う光景はたぶんめずらしかったのだ
                   ビールを飲み煙草を吹かし
                  君は僕が酔いどれて滅茶苦茶なコード進行で即興演奏すると
                 悪戯な詩を紡いで歌った
                飽きることなく何時間も僕等は演奏を続けた
               終わらない歌
              永遠を想った

             最後に君に会った時
            赤い花はこう呟いた

           あなたはもう行かなくちゃ。

         何処へ?

        此処以外の何処かよ

       どうしてさ?

      どうしてもよ。

     なら君も行こう。一緒に。

   赤い花は優しく哀し気に告げた

  此処に私は残るの。
 あなたはもう行かなくちゃ。

  僕は途方に暮れた
   
   どうして?
    僕は君といるんだ、ずっと。

     永遠は来ないのよ。あなたはあなたの世界に行き
      私は私の時間に生きるの。
       それはもう決まったことなの。

        時季外れの店の風鈴が鳴った

         あなたが寂しい時には想い出して

          私が歌っていることを
    
           僕は永遠に憧れるけれど永遠を信じない

            長い時間が流れ

             いつか僕は涙さえ忘れた

              君の声を忘れた

               ただ

                季節外れの風鈴の音だけが記憶に残った


                 永遠は何処にあるの?
                  ハムとレタスのサンドウィッチをほおばりながら少女が尋ねた

                   たぶん

                    たぶんあの深い井戸の底だよ
  
                     其処に鳥の化石が眠っているんだ

                      飛べなかった鳥の

                       記憶の化石

                        風がたなびく

                         緑の草原で

                          いつまでたっても止め切れない

                           煙草に僕は灯を点けた

                            友よ

                             いつだって

                              いつまでも




















       
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転校生

2024-09-08 | 
小学校五年生の三学期に僕は転校生になった。
見知らぬ校長室で、担任になる先生に両親に連れられて挨拶にいった。
両親が家に帰ると、僕は担任の女性の先生に連れられて教室に向かった。ちょうど給食の時間で教室はとても賑やかだった。先生はここがあなたのクラス、皆と仲良しになりなさいね、と云ってすぐに何処かへ消えてしまった。残された僕は教室の端で居心地悪くもじもじとしていた。教室の後ろには何冊かの本が置かれていた。手持ち無沙汰の僕は、その中の一冊を引っ張り出しペラペラとめくっていた。
急にヒステリックな声がした。本から顔を上げると、一人の女の子が腕組みをして僕を睨みつけていた。
 
  教室の本はこのクラスの人しか読んじゃいけないの
   あんた誰?
    この教室に用が無いんだったら出て行ってよね。

女の子の後ろでやんちゃな少年達が大笑いしていた。彼女の周りには同じように腕組みした女子が同じように僕を睨み付けていた。僕は部外者だったのだ。
ごめん、と呟いて僕は教室を後にした。運動場の隅っこのジャングルジムにもたれかかりポケットからマイルドセブンの箱を取りだし煙草に灯をつけた。ため息と共に煙草の白い煙を吐き出した。やれやれ、なんてめんどくさいのだろう。
僕は煙草を吸い終えるとさっさと家に帰った。両親は心配そうにどうしたのか?と尋ねた。何でもない、先生が今日は帰っていいって、と云って僕は部屋に閉じこもり「シャーロックホームズの冒険」を読みふけった。

僕は数日でクラスの皆から孤立した。少年だった僕は神経質で上手くあたらしい環境に馴染めなかった。教室にいると僕に向けた皮肉な冗談や冷笑が浴びせかけられるようになったので、めんどくさくなってほとんど教室に居ることはなかった。授業中にはぼんやりグランドを眺めて過ごした。昼休みに教室の皆がサッカーやら野球を楽しむグランド。なかなかクラスに馴染めない僕に担任の先生はイライラしているようだった。僕は提出物やらテストをさっさと書き終えて誰も居ない家庭科室やら理科室を転々とした。煙草に火を点けるライターをよく忘れたのだ。家庭科室のガスコンロで煙草に火をつけた。かがみこみながら点けた火は僕の前髪も燃やした。
嫌な匂いがした。僕はため息をつきながら、午後の時間を何処で過ごそうかぼんやり考え込んでいた。校舎の裏や屋上といった界隈は、やんちゃな少年達の溜まり場だったし、そこで因縁をつけられるのも厄介だったからだ。
一週間が過ぎた。

ふと覗いた小さな図書室は案外と居心地が良かった。そう多くはないけれど暇つぶしの本はそれなりにあったし、図書室の先生はなにかと融通のきく気が利いた先生だった。さっさと提出物を出して教室からいなくなる僕に、担任の教師はやたらとうるさかった。いじめにあっている子供は沢山いたし、当時家庭環境に若干の諸問題がある子も少なくは無かった。問題児は僕だけではなかった。ヒステリックに僕を探して回る担任に、そんな暇があるならほかの問題の優先事項を先に片付けた方がいいのではないか、と何度か云おうとしてやめた。病的なヒステリーで個別面談になるのは目に見えていたからだ。何もかもがめんどくさかった。
図書室の先生はそんなヒステリックな担任に、わたしが何とかしますからと図書室の窓際にいる僕を指差した。
そんなこんなで、僕は小学校生活の大半をジュナイブル版のSF小説や江戸川乱歩を片っ端から読む時間に費やした。夕暮れ時まで本の匂いにかこまれて過ごし、窓の外から眺める夕映えのグランドをぼんやりと眺めた。

六年生に進級すると、この若い大学出たてらしい図書室の女の先生は、僕に図書委員にならないか?と持ちかけてきた。とくに異存もなかったので僕は図書委員になった。本が読めれば別に何だって構いはしなかったのだ。
図書委員は各クラスから集まって確か四、五人程度だったはずだ。読書週間用のポスターを作ったり本の貸し出しカードのチェックをする以外にはほとんんどやることが無かったので、僕は相変わらず窓際でぼんやり本を眺めて過ごしていた。

ある日、図書委員の女の子のひとりが僕に声をかけてきた。
 面白いの、その本?
  うん。宇宙戦争の話。
   ふ~ん。

女の子は僕のクラスの学級委員の副委員長もしていた。可愛らしい顔立ちをしていたし誰にでも優しかったのでクラス中の男子から人気があった。ややこしい男子生徒のいざこざにも巻き込まれたくなかったので、彼女の存在は僕には高嶺の花だった。
  ねえ、詩は読まないの?
   詩?読んだことないよ。
    じゃあこれ読んでみて。とても面白かったの。
彼女は図書室の本棚から一冊の詩集を選んで僕に手渡した。
   ありがとう。読んでみる。
    うん。読み終わったら感想きかせてね。

僕は密かにこの女の子に好意を寄せていた。
そうして、彼女が手渡してくれた詩集が僕が初めて読んだ詩集だった。

それから気が遠くなる時間がながれた。
僕はお酒を舐めながら詩のようなものを酔いの淵に紡ぎだしている。
ふいに、転校生だった少年時代の僕と、僕に詩集を手渡した彼女の記憶を想い出した。


遠い記憶。








 
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優しい平行線

2024-09-06 | 
優しい平行線で
 青い海と空が広がっている
  僕は海岸でじっと立ち尽くしている
   波の音が大きく小さくを繰り返す
    ポケットの中から煙草を引っ張り出して
     深呼吸をする様に深く煙を吸い込んだ
      天気の良い日には
       波打ち際まで訪れて水筒のウイスキーを舐めた
        見上げた空が
         とてつもなく遠い世界を垣間見せ
          僕はそうっと誰かの名前を呼んでいる
           たどり着けない永遠の理想郷に
            君は存在の寝床を見つけたのだろうか?
             君がいない日に
              僕が生き延びて煙草を吹かす毎日が続くなんて
               あの時想像すらしなかった
                
                優しい平行線

               理科室の準備室で
              僕等は珈琲を飲んでいた
             君が準備する豆は決まってマンデリンで
            僕はクッキーの缶と煙草を準備した
           黒板に白墨で数式を描いて
          君は何度もうなずいたりむつかしい顔をした
         煙草の灰が行き場を失くした様に床に落ちた
        たぶん僕がかたずける筈の煙草の灰
       クッキーを齧りながら珈琲を飲んでいると
      君が突然振り向いた

     世界の構成物質を君はいくつ知ってる?

    僕は途方に暮れて煙草を灰皿で揉み消した

   わからないよ。
  だって僕は自分自身のことだって曖昧なのに
 世界のことなんて皆目見当がつかないよ。

君はとても面白そうに僕の表情を伺った
 
 君は空想科学の本には夢中なのに
  どうしてこの世界にまるで興味がわかないんだろう、ね。

   くすくす微笑みながら君は珈琲の残りを飲んだ
    それから黒板に落書きをして
     またくすくす微笑んだ

      僕は黒いギターケースから楽器を取り出し
       調弦して音を出した
        少し迷ってからヘンツェの「緑の木陰にて」を弾いた
         黙って聴いていた君は
          僕から楽器を取り上げ
           同じように曲を弾いた

           不思議だね。

           僕は呟いた

          何が?

        だって僕と君の弾き方がまるで違うんだもの

       君はくすくす微笑んだ

      世界が違うのさ。

    世界?

  そう

 君と僕の世界が違うのさ。
ところで君は大人になったら何になるつもりだい?

 僕はクッキーを齧ってひとしきり考え込んだ

  わからないね。僕は僕のままじゃないかな。
   それで君は何になるんだい?

    君は哀しそうに僕を見つめた

     僕は大人にはならないんだ
      ずうっとここで数式を解いているんだよ。

      そんなの答えになっていないよ
       それなら僕だってここで音楽を弾き続けるよ。

       残念だけど
        君はここには残れない
         君は大人になってここを出てゆくんだ。
          そういう決まりなんだ。

          僕にそれ以上なにも云えなくする様に
           君はギターを弾いた

           「カヴァティーナ」

            僕は黙って聴いていた
  
             とても繊細で哀しみに満ちた演奏だった

             

             僕は大人にはならないんだ



            君の面影が脳裏をよぎる

  
           波打ち際で立ち尽くし


          大人になり損ねた僕は


         青い海と空の


        優しい平行線を眺めているんだ


       いつまでも











      
     
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マイヤーズ・ラム

2024-09-04 | 日記
弟というのは不思議な生物だ。
横浜の弟に電話で
  「煙草買ってきて。」
と云うと、間髪いれず
  「小銭切れてる、100円もってきて。」
と返された。
う~ん。

奴と一年位だけ一緒に暮らしたことがある。
もちろん酒浸りの日々だった。
我々は平日の昼間から、300円払って美術館の常設を眺め(夏の美術館はクーラーが効いている)
公園でホットドックをかじりながらビールを飲んだ。

  空は晴れている。

「兄ちゃん、みんなしあわせそうだね~。」
「おお、あっちでボール遊びしてるぞ!」
「なんかウッドストックってこんな感じだったのかな~?」
「あの犬の散歩している奥様がいいね~。」
「兄ちゃん、酒飲んでるの俺たちだけじゃん。」

家族連れやらカップルやら学生なのか何なのかわからない人々が、思い思いに人生を謳歌している。暑い夏の日、幻想のように世界が回った。たぶん、酔いのせいだろう。
生ぬるいビールはそれでも美味かった。
弟の得意料理は、パンにソーセージをはさみレンジで一分間温めた、名付けて「スペシャル・ドック」だ。ある珈琲ショップのサンドウィチを真似したらしい。
スパゲッティーをフライパンで味ぽんのみで味付けする、僕にはなんともいえないがこれがわりと美味かった。

弟はお洒落に気を使うほうだったし、スポーツもしていたので女の子受けは良かった。
まあ、違いはそんなもんで、やっぱり我が弟よ、お前も変な奴だった。

島から出る時、彼の友人一同は奴の首に派手なレイを巻きつけ、麦藁帽子をかぶせ、泡盛の一升瓶を抱かせとどめに椰子の実を持たせた。
空港で待っていた僕は、ゲートからでてきた奴の格好を見て呆然とした。
     「椰子の実って、お前それどうすんの?」
     「俺が知るか、くれた奴は部屋で育てろって云ってた。」
     「・・・。」

それでしばらく、僕らの部屋には椰子のみが泡盛の一升瓶と共に並べられていた。

酒はなんでも好きだったが、弟はマイヤーズ・ラムをこよなく愛した。
 理由は安くて、しかも効き目がはやい。
  どっかの風邪薬のCMみたいだ。

  「100円、探したぞ。」
  「じゃあ、持ってきて。煙草勝手くるから。」
電話のやりとりはいつもこうだ。
馬鹿が二人。
兄ちゃんは、お前が弟でほんとによかったぞ。

  
  あれからどれくらいの年月が流れたのだろう。








コメント (4)
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