眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

残暑

2024-08-31 | 
聴こえるはずのパセージを無視した
 永遠に続くリピート記号の表記
  大人達が日常と名付けた瞬間
   あの哀しい感情が
    今日も僕の安眠を妨害したのだ
     寮監先生が先輩達を追い掛け回した深夜
      安眠妨害と奇妙な言葉がまとわりついた
       僕らは
        寮の赤い屋根に避難して
         真っ赤なラークを喫煙した
          港に船が戻ってくる
           
         眠れないなら
        起きれないわ
       魔女がささやき
      英文タイプライターで診療費を請求した
     甘い夢と苦い現実
    どちらを処方しようかな?
   彼女はやけに嬉しそうだ
  両方混ぜちゃうこと出来ないの、それ?
 僕の希望を魔女は手のひらを振って拒絶した
処方はどちらか一方なのよ
 飲み合わせが悪いとたいへんなことになるからね
  それで
   貴方はどちらを持って帰るの?
    丸眼鏡のふちに手をやりながら彼女が答えを求める
     ピアノの音が聴こえた
      誰かがピアノを弾いている。
       僕の言葉を無視して魔女は赤い液体の入った小瓶を手渡した
        食後に飲みなさい
         とくに眠れない夜には効くはずだわ
          まるで
           まるで昼食後の気だるい授業の様にね。
            彼女は薬の請求書と小瓶を差し出した
    
            僕らは音楽室でギターを悪戯している
           ねえ、暑くないか?もう十月だぜ
          今日は32度だってさ
         君が涼しげな顔で答える
        蝉が鳴いてるんだぜ、可笑しいだろ?
       君はくすくすと笑った
      あんただってじゅうぶん可笑しいさ
     どうして?
    リピートばかりして次の場所に行かないからさ
   
   日常と名付けた大人達
  魔女が保健室で眠り薬を調合している
 安眠妨害
懐かしい声が聴こえる
 あまり暑いので冷蔵庫で冷やしたレモネードを飲んだ
  
  氷がグラスにぶつかって音を立てた

   からん

    眠れないなら
     起きれないわ

      保健室で魔女がささやく

       からん

        透き通った氷

         何処かでピアノが流れている

          残暑のノクターン

           
           からん






    

            
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100万回

2024-08-28 | 
空が高かった頃のお話
 白色の浮雲が青い空間を遊泳し
  浮き輪に掴まりながら空気の波に流される午後
   僕らの肥大した想像力は
    残暑の熱気で気球を草原から飛び立たせる
     やがて気球は地上から離陸し
      混沌とした思考から乖離する
       猫があくびをし
        人々がグラスを掲げて乾杯した

        蝉の声が鳴り止まない
         神社の階段に座り込み
          はっか煙草に灯を点けて
           ビールを飲む
            麦藁帽子を被り
             さんだるをぱたぱたとさせた
              気球が遊覧する
               Tシャツのジム・モリスンが微笑む
                ストレンジ・デイズ
                 知覚の扉

         図書室で貸し出された本達
        「100万回生きた猫」を眺めていた
       100万回生きれたら
      僕等は100万回泣くのだろうか?
     生まれ変わりが本当なら
    また地上に於いて
   混乱し路に迷うのだろうか?
  100万本の煙草を消費するのだろうか?
 
 残暑の午後
白い壁と白いシーツの病室で
 点滴がぽたりぽたりと時を刻む
  まだ三才の男の子はじっと歯を食いしばっている
   僕はベットの端に座り
    絵本を読んだ
     物語が終わると
      少年は不安そうにこっちを向いた

       ねえ、もう一回読んで。

       僕は絵本を最初から音読する
        繰り返し繰り返し音読する
         100万回読み聞かせる
          面会時間が終わるまで

          お外は暑いの?

          空が青いよ。
           僕が君くらいの頃には空はもっと高かったけどね。

          アイスクリーム食べたい。

          だめだよ。かわりにキャンディーをあげるからさ。

         僕等はレモンキャンデーを舐めながらくすくす笑った

        どうして洋服の叔父さん怒っているの?

       ジム・モリスンの顔に興味深々だ

      たぶん世界の不条理に怒っているんだよ。

     ふ~ん。笑えばいいのにね。

    僕は苦笑いした

   そうだね。

  ねえ、もう一回読んで。

 いいよ。

僕は物語のねじを巻き最初から世界を再構築する


  呆気ない出来事
   空の話
    病室の窓の風景
     調整された室内温度
      蝉の鳴き声

       少年は眠ってしまった

        僕は物語を読み続ける

         君が起きたら

         君が起きたら 

       いっしょにアイスクリームを食べようね


      

              

    

  
                   
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後輩

2024-08-22 | 
君の哀しみと虚無と絶望に
 僕は答える術を持たなかった
  夕暮れ時の赤い太陽が沈む頃
   黒猫のハルシオンと戯れながらビールを飲んだ
    何気ない日常
     何気ない生活

     切り取られた記憶の一部で君が微笑んでいる
      昨日の作為的に虚飾された現存で
       君が泣いていた様な気がしていた

        先輩、シャワー貸して。

         ショートカットの君が
          いつもの様に深夜に僕のアパートに辿り着いた
           ウイスキーを舐めながらギターを悪戯していた僕は
            半場呆れ返りながら少女の訪問を受諾する

             ご勝手に。

              後輩は勝手知ったシャワールームの温度調節に余念がない
               歯ブラシを咥えながら
                ビートルズのMr、ムーンライトを口笛で吹きながら
                 僕の存在を無視し
                  まるで自分の部屋の様にバスタブにお湯を張った
                   僕にはまるで分らない
                    ネパールの塩という怪しげな物体を湯船に撒き散らかした

                    ねえ、 
                     どうして君はいつもこの部屋にいるのさ?

                      不思議に尋ねる僕に
                       ドライヤーで髪を乾かしながら君は答えた

                       だって
                        寮の門限が早すぎるのよ。
                         おちおちビールも飲めやしないんだから。

                          そう云って勝手に冷蔵庫から冷えたビールを取り出した

                           それに
                            先輩、あたしが来なければまた独りぼっちでお酒飲んでたんでしょう?
                             寂しいよ、それ。
                              大丈夫。
                               あたしが一緒に飲んであげるから。

                                実に勝手な言い分で君は三本目のビールの蓋を開けた

                                 大抵後輩は酔っぱらっていた
                                  もちろん僕も負けずに酔っぱらっていた
                                   ビールを飲みながら
                                    窓から零れる青い月明かりに照らされた

                                    後輩は付き合っている彼氏の文句をぶつぶつ云いながら
                                     僕からギターを奪い取って勝手気ままに弾き始める
                                      中学からクラッシックを習っていた後輩の指先を
                                       感嘆の面持ちで眺めながら
                                        僕はお酒を飲み続けた

                                         後輩はビートルズの曲を
                                          片っ端から弾き飛ばした
                                           当時の僕には理解できない
                                            難解なジャズコードで
                                             信じられないくらい
                                              難解な運指を披露した

                                             どうしてさ、
                                            そんな難しい曲が弾けるのさ?

                                           呆れ返る僕の言葉に
                                          後輩は鼻で笑って、簡単よこんなの。
                                         とすっとぼけてた

                                        ある日の深夜二時の出来事だった
                                       秘蔵のウイスキーのボトルを出して
                                      僕は後輩にレッスンをお願いした
                                     後輩は悪戯っぽく微笑みながら
                                    はっか煙草を口に咥える 
                                   その煙草に愛用のジッポで灯をつけた
                                  美味そうに煙を吸い込み
                                 君は僕にテンションコードの理屈を説明してくれた

                                先輩はどうしてギター弾いてるの?

                               う~ん。
                              他にやることもないし。
                             学校の講義にも興味は惹かれないし。
 
                            それだけ?

                           音楽は好きだよ、わりと。

                          女の子には?

                         どうかな?
                        相手にも相手の都合があるだろうし。

                       先輩、好きな人いないの?

                      後輩は不思議そうに云った

                     いるよ、もちろん。
                    でもしっかり彼氏がいるしね。

                   それでもその人の事、好きなの?

                  割とね。

                 ふ~ん。

                つまらなさそうに後輩は煙に目を細めた
 
               君はどうしていつも一人でギター弾いてるのさ?
              そのくらい腕があるならおいらだったらプロを目指すけどね

             後輩は退屈そうにあくびをした

            プロって職業的音楽家のこと?

           まあ、そうだね。

          興味ない。

         後輩はグラスのウイスキーを一息で飲み干した
        
        あたしの音楽はこんな感じ

      そう云って少女は歌い始めた

     スザンヌ・ヴェガの曲だった

    青い月夜が濡れる

   少女の切ない歌声に包まれた夜

  君は眠れない夜を音楽とお酒で紛らわせていた

 僕が酔い潰れて眠りにつく朝に
君は優しく歌い続けてくれた
 難破船がやっと港にたどり着いく様に
  苦しみを抱いて
   君はこの部屋に辿り着いていたんだ
    
    だから
     眠らない君の記憶の為に
      僕は今でも歌い続けるんだ

       ごめんね

        君の哀しみと虚無と絶望に

         無頓着だった僕を

          どうか許してね

           ごめんね

            ごめんなさい

             青い月夜

              届かない

               記憶の羅列


                何気ない日常

         
                 何気ない夜に






















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風鈴の声

2024-08-17 | 
君がいなくちゃ僕は僕でいられないよ
 青い林檎を齧りながら君がくすくす笑った
  僕はジャックダニエルの甘い香りを匂い
   喉元に流し込んだ
    深夜2時で夜明けの前触れ
     戯言を交わす呼吸で
      君はフィリップモーリスに灯を点ける
       
       ねえ
        その楽器は誰の記憶なの?

        君が囁き安眠を促す
         林檎の酸味の舌触りで
          僕は地上を俯瞰した
           電気信号だよ
            唯の

            ぴぴぴ

            お日様を願う月の引力
             僕等はあの日誰かに処遇された
              鎖で繋がれた両手を
               必死に足掻いた
                やがて血が流れ
                 僕等はくすくす笑うのだ

                 君が作ったしおりを
                  ルー・リードの詩にはさんだ
                   世界は自転し公転し
                    僕等はあの緑の草原へ急いだ

                    どうして君は
                   マルクス・アウレリウスの「自省録」を
                  片時も手放さなかったのだろう
                 僕は苦しい記憶を辿り
                世界の中心点で
               古臭いギターを奏でるのだ
              静かに 
             片時も側を離れないでよ

            ぴぴぴ

           残留思念が交差する赤信号
          往来を行き来する群集の群れが
         激しく意義を唱える
        僕等は
       街の喧騒から遠く離れた草原で
      強い風に吹かれた

     ね
    もしも

   君が哀しげに僕の言葉を塞いだ

  哀しいけれど
 この世界にもしもという不確定要素は存在しないんだ
君がいて
 僕がいない様にね
  
  風鈴の歌
  
   風がそよぐ

    ちりんちりん

     君が狐の面を被り
      赤い舌を出す

       ごめん
        電波が乱れているんだ
         君の声が聴こえない

          君はくすくす笑った

           それでいい

            それでいいんだよ

             僕等の声は届かない

              柔らかな嘘と欺瞞の世界

               甘ったるいバーボンの香りに似て

                地上に降り注ぐ乱立したテーゼ

                 厚い夏の日の午後

                  レモネードの酸味と

                   風鈴の声

                    永遠に続く

                     君の声


                     くすくす


                      くすくす


                       やがて何時か

                         
                        本当の朝に目覚めるまで






















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中国茶

2024-08-13 | 
大好きなチョコチップクッキーなの。
 少女が嬉しそうに中国茶を淹れた
  ジャスミンの華やかな香りが部屋中に溢れた
   カップに注いで
    少女は椅子のうえに膝を抱えてすわり
     僕は窓辺に近ずいて煙草に灯をつけた
      少しだけ暖かくなってきた陽気は
       帽子の記憶を想い出させた

       その帽子似合うよ。
      学食で僕はランチを食べながらそう口にした
     他に云うべき言葉が見つからなかったのだ
    ショートカットの後輩は
   まんざらでもない表情で僕が食事をする風景を
  飽きもせず眺めていた
 サラダ、嫌いなんですか?
突然僕の席の前に座り込んだ後輩の女の子がおもむろに尋ねた
 どうして?
  先輩、いつも野菜に手をつけないから。
   野菜じゃなくてさ、ドレッシングが駄目なんだ。
    ドレッシング?
     そう。乳製品アレルギーなんでね。
      ふ~ん。
       ねえ、本当にこの帽子似合っていると想います?
        うん。悪くない。
         それにあたらしい髪型も似合っている。
          後輩は複雑そうな微笑を浮かべて
           僕の皿からサラダを奪い取って食べた

          後輩は長い髪がとても綺麗な子だった
         みんなが彼女に憧れ
        見知らぬ学生達からよく声をかけられていた
       それで彼女が髪を切ったという噂は
      瞬く間に皆に知れ渡った
     失恋しただの、モデルの仕事のためだのただの気分転換だの。
    いろんな情報が飛び交ったのだが
   そのどれが真実なのかはわからなかった
    
  彼女が僕と話しをする機会なんてめったに無かった
 僕は伸ばし放題の髪をうっとうしく結んで
レノンの真似をした丸眼鏡をかけいつも酔っぱらっていた
 後輩が興味を持つような洒落たファッションセンスから程遠い距離にあった
  それで僕は彼女がわざわざ学食まで僕を捜索したのが
   不思議でならなかった

    ギター教えて欲しいんです。
     ギター?
      はい。どうしても弾きたい曲があって。
       ふ~ん。いいけどさ、おいら下手だよ?
        先輩、この曲弾けます?
  
         ギルバート・オサリバンの「アローンアゲイン」だった
          どうしても弾きたいの。
           綺麗な顔立ちから冗談が消えていた

           それで僕らは週に2回
            夜の公園のベンチで曲の練習をすることになった
             その頃僕は毎日酔っぱらっていて
              暇な時間には事欠かなかったのだが
               後輩はいそがしい人物だったので
                夜しか時間が取れなかったのだ
               僕はポケットに忍び込ませたウィスキーを
              大事そうに舐めながらぼんやり彼女を待った
             ギターケースを担いだ彼女が
            息を切らせて小走りにやって来るのを待った
           夏の日の月明かりの出来事だ
          月明かりの下で並んでギターを弾いた

         先輩は誰か好きなひといるんですか?
        僕が煙草を吸い終わる間に
       ぽつりと彼女が呟いた。
      う~ん。好きな人はいるけどね、ちゃんと彼氏がいる。
     諦めるんですか?
    君ならどうするのさ?
   あたしは、さっさとその人のこと忘れて次の恋を探しますね。
  だって、
 時間の無駄だもの。
夜中に酔っ払いとギター弾いている時間が果たしてどう無駄じゃないのか
 とても不思議だった
  そうしていそがしい彼女と違って
   僕の時間の流れは或る瞬間をさしたまま動かなかったのだ。
    積極的な思考停止。
     僕は考える事に少々疲れていたのだ。
      個人的な問題をいくつも抱え込み
       僕の時間は前には進まなかった。

        後輩は二ヵ月半くらいで曲の運指を憶えた
         もともとピアノも弾けたし楽譜を読むのも
          僕なんかより十分速かった、

         あとさ、自分でできるよ。
        そう云った次の週に彼女は
       綺麗な缶に入った中国茶をくれた。
      お礼です。
     そう云って深々と頭を下げた
    彼女が姿を見せなくなっても僕は何故か
   時間になると公園で煙草を吹かしギターを悪戯した
  それからぱったりと彼女の姿がキャンパスから消えた
 そうしてまたいろんな情報が飛び交った

僕の部屋に彼女にもらった中国茶の缶が残った
 夕暮れ時にそのお茶を淹れ
  一人暮らしのアパートの窓辺で
   洗濯物を干し終わった後に飲んだ
    すごく懐かしい香りのするお茶だった
     
     少女がチョコチップクッキーを指差した
      食べる?
       いらない、君の分け前が減る。
        それもそうね。
         少女はクッキーをかじりながらお茶を飲んだ。

          懐かしい匂いがするね、このお茶。

           そう?

          いい香りがする

         少女は熱心にクッキーをかじっている

        僕は僕の目の前から姿を消した後輩のことを思い出した

       いま、どうしているのだろう?

      どうして「アローンアゲイン」だったのだろう?

     




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修理

2024-08-10 | 
車庫から車を出した瞬間
 お隣さんの家の壁に突っ込んだ
  激しい衝撃にふらふらになりながら
   ドアを開けて外に出た
    愛車は見るも無残に変わり果てた姿になっていた
     ボンネットから
      白い蒸気がゆらゆら立ち込める
       近所の子供達がたくさん集まってきて
        ものめずらしそうに僕の車を鑑定し始めた
         
         ねえ、この車壊れたの?

        少年少女たちが容赦なく質問を浴びせかける
       見ればわかるじゃないか、
      と大人気なく呟いた僕は
     いたたまれなくなって煙草をポケットから引っ張り出した
    子供達は実に楽しそうにバンパーやら
   破損したライトやらを解体し始めた
  危ないから止めなさいと大人たちの怒声が舞う
 僕は地面にしゃがみこみ
青い過ぎる空を眺めて煙草を吸った
 愛車に悪いことしたな、と想った
  溜息しかでてきやしない

   修理工場の昔馴染みは呆れた顔をした

    先輩、派手にやっちゃいましたね。

     癒るの?

     エンジンはかかりますよ。

      ぶるるる、と車が声を上げた

       ちょっと時間かかりますけど家で預かります。
        この状態だと今日持って帰るの無理なんで
         明日の朝レッカーします。
          それにしても、
           それにしても先輩相変わらずですね。

            迷惑かけるね。

            慣れてますよ。

           僕等は車庫の前で一服した
          青い空の真下で


        後輩が置いていった代車を使わせてもらう事にした
       エンジンをかけると
      カーステレオから音楽が鳴り響いた
     ミシェルガンやらハイロウズや矢沢栄吉やらイースタン・ユースが
    爆音で流れた
   後輩の音楽センスが変わらない事になんだか嬉しかった
  ロックンロール
 そうして僕の夏が始まりを告げた
  咥え煙草で運転した
   いつもと同じ路がなんだか違う風景に見えた
    ぶるるる、とエンジンが音を立てる
     僕はゆっくりアクセルを踏んだ

      長い坂道を登る頃
       カーステレオから歌声が流れた
        僕はその声に聴き入った
         あいつの声だった
          忘れもしないしゃがれた濁声だった
           ノイジーなギターのリフに刻まれ
            激しく声が叫んでいる

            或いはただ声質が似ていただけなのかも知れない
           それでも僕は
          もう長い間会った事も無い仲間の声を想った
         魂の限界まで叫び倒す歌声
        あんた、まだ歌ってたんだ
       僕はそっと呟いた
      煙草の灰がジーンズに落ちた
     まるで燃え尽きた記憶の残骸の様に

    そのバンドには洒落たテンションコードも無ければ
   饒舌で技巧的なギターソロも存在しなかった
  ただただロッックンロールだった
 やけにロックンロールだった
まるでやけくその様なノイズだった
 どうしてこのご時世にデビュー出来たのか
  皆目見当のつかない音楽だった
   僕は何度も何度もその歌を聴いた
    仕事に向かう時
     疲れきった夕方
      少し風の出てきた夜
       僕は車を走らせた
        公園のベンチや海沿いのテトラポットに座り込み
         煙草を吸いながら
          何時かの風景を想った
           それは断絶された筈の世界だった
            奇跡のように
             しゃがれた歌声が僕に勇気の成分をくれた
              まだやれる
               握り拳を握った


              二週間後に愛車が戻ってきた
             後輩は代車は禁煙なの常識でしょう、と
            ぶつぶつ云っていた

           ねえ。

          なんです?

         いや。なんでもない。ありがとね。

       僕は結局あの曲が誰の曲なのか確かめなかった
      あの歌声が古い友人だったのか訊かなかった
     それでも僕の中で
    彼は歌っていた
   あの忘れもしない独特のしゃがれた声で

  戻ってきた愛車はまるで余所行きの洋服を着させられている様だった
 清潔な新品の部品の匂いとオイルの匂いがした
僕はすぐに煙草を吹かせて匂いをつけた
 懐かしい匂い
  愛車の中では
   修理に出す前に聴いていた
    スティングの曲が流れていた

     ジョン・ダウランドの曲

      古い歌だ


      「流れよ、我が涙」





      僕の夏が始まった







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赤い花

2024-08-08 | 
凝縮させた記憶の場所に
 赤い花が咲いた
  如雨露で水をかけ
   しばらくぼんやりと煙草をふかした
    庭園は世界の果て
     懺悔した我々の密やかなる夢 
      君が残し
       僕が受け継いだ意思の下
        誰にも聴こえない歌を歌った今日と昨日と明日
         古臭いギターケースから楽器を出して
          哀しいけれど少し歌った
           ラムネの甘ったるい記憶
            風鈴がちりんと鳴った

            赤い花
         
           君はあの時代そう呼ばれ
          ふてくされた表情ではっか煙草を咥え
         つまらなさそうにギターを弾いた
        僕はグラスのウイスキーを舐めながら
       こんな時間が永遠に続くといいと想った
      このままが
     このままが
    真夏の昼下がり
   風鈴の歌

  ねえ
 僕らは十年後にどうしているだろうね?

ぼんやりと酔いのまわった頭で僕は彼女に尋ねてみた
  
 赤い花は珍しく優しい声で答えた
 
  あたしは赤い花のままだわ。

   いつまでもね。

    僕は?

     あなたはたぶん名前を忘れるわ。

      そしてあたしの顔も髪型も影の形も忘れるの。

       どうして?
        君のこと忘れるはずが無いよ。
         それに僕は君のそばにずっといるんだよ。

         赤い花は可哀想に僕を見つめた

          あたしはこの場所に残るわ。
           あなたは此処から旅立っていくの。

            僕だって何処にも行きはしない。
             この場所に残るよ。

             決まりなの。
              あなたの十年後はこの場所ではないのよ。

               風鈴が哀しくささやいた

                ちりん

               哀しい時には歌って。

              それで哀しみを分かち合えるわ。

             僕は残ったウイスキーを飲み続けた

            永遠はいつまでたっても訪れなかった

           時代が変わり世界が通りすぎ僕は縁側でビールを飲んでいる

          スピーカーから戸川純の歌が流れた
   
         「蘇洲夜曲」

         泣きたくなる青い空の下

        赤い花が綺麗に咲いた













 
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空の話

2024-08-05 | 
  
    「空の話」

    空の話をしよう  
    とても綺麗で
    こわれやすくて

    空の話をしよう
    なくした記憶の  
    いちばんすみっこにある
    小さなお話

    君が街を歩いているから
    僕は嬉しくて
    何かに感謝する

    君がいてくれて
    嬉しい だから
    空の話をしよう
    小さなお話

    永遠があるなら
    君といっしょに
    いたかった

    少年は路上に落ちてる
    石を眺めて
    同じと思った

    君が
    しあわせになれるなら
    僕は僕の石を 
    君にあげる

    君がしあわせになれるなら
    僕は僕の意思を
    君にあげる


    そうして
    そして
    あの空の話をしよう

    夢見たものは
    うそか本当かわからないけど
    あの気持ちは
    たしかに 残った

    君がそばに
    いてくれるといいな

    空の話をしよう
    小さなお話





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