眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

記憶の博物館

2024-11-25 | 
壊れた僕らの
 想いは砕け散った
  割れた鏡に映る虚像
   あの街の風景
    寒い冬に
     ダッフルコートを着て
      街角に立ち尽くす
       幾人かの幸せそうな笑みを眺め
        暖かい暖炉の窓辺を想った
         静寂に身を潜め
          雪だ
           白い呼吸で君の名前を探した
            けれども僕には  
             君の名前も僕の名前も想い出せなかった
              記憶が真っ白な雪で覆われる頃
               煙草を吸い
                白く灰になる現象を考察した

                記憶

               膨大に蓄積された筈の思い出たちは
              いつのまにか全て消えて無くなってしまった
             壊れたブリキの玩具の様に
            それらには何の意味も見当たらなかった
           想いや記憶や色彩や音色は
          いつしか壊れ物のラベルを貼られ
         何処かの工場のベルトコンベアーに流された
        壊れた僕らの想い

       手紙を書くよ

      そう云って
     君はこの世界から永遠に消え去った
    そうして
   君からの手紙は決して届かない
  幾億光年待とうとも

 君の正義で僕の罪を罰して

 お願いだ

 全ての事象はその色合いを失った
  僕にはもう現実感が分からなくなったのだ
   手に取る想いは全てよそよそしい態度で
    僕の魂から零れ落ちる
     境界線の傍らで
      密やかに咲く一輪の花の様に
       消え去る感情
        感情そのものが
         其処から零れ落ちるのだ
          ただ静寂を祈った
           静かな眠りを
            
           手紙を書くよ

           君の輪郭がもう想いだせない
            君の名前が見当らない
             正当な理由で
              虚構の世界は打ち砕かれる
               明日も雪なのだろうか
                あの記憶の街は

                 現実とは何者だろう

                僕はその者を掴みきれない
               虚空の果てに
              虚脱し
             乖離し
            分解される
           壊れた玩具の博物館
          入り口で黒猫が微笑む
         本に描かれた手法で魔法を唱えた
        もはや現実は現実ではなく
       散りばめられた詩の数だけ
      世界が表出した

     緑の植物のため息

    お願いだ

   乱反射する呼吸

  この世界の真実

 界隈の森で

鳥が飛び立つ

 静けさの虚構

  壊れた想い

   壊れた玩具の博物館

    陳列された

     僕らの記憶


      何処かの街の


       記憶の博物館にて


















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大切なもの

2024-11-22 | 
雨降りの夜
 少女がお酒を舐めながらぼんやりと呟いた
  
  ね
   あなたには大切なものがあるの?

    どうしてさ?

     手元のグラスを悪戯しながら少女は云った

      だってあなたからそういうこと、聴いたことがないから。

       僕は煙草に灯を点け
        しばらく考え込んだ
         窓の外は風が強く雨が横殴りに荒れている
          そんな夜だった

          窓の外の景色を眺めながら
           僕等はぼんやりしていた
            寮監先生に見つからない様に隠したお酒で
             君も僕もふわふわとした感覚に酔いしれていた
              君は飽きることなく楽器を悪戯し
               まだ少年だった僕は
                君の技巧的な指使いに驚嘆した
                 目まぐるしく変わる和音の構成音は
                  まるで理解の範疇を超えていたけれど
                   複雑な伴奏と
                    切ない主旋律が君のギターから生み出される瞬間を
                     ただ愛おおしく想った

                     すごい
                      よくそんな難解な運指が出来るよね。

                       君はクッキーを齧りながら微笑んだ

                        難解な運指はただの技巧さ
                         大切なものはもっと別の処に存在するんだよ

                         例えば?

                        僕の皮肉な質問に君は丁寧に答えた

                       君が大切にしている物語を
                      君は何度も広げて読むかい?
                      
                     僕は時間をかけて答えた

                    読まないね。
                   でもどうしてだろう?
                  考えたこともなかった

                 本当に大切なものは
                心の中のいちばん柔らかい処を刺激するんだ
               だから心は其れには耐えられない
              心にも準備が必要なんだ

             ふ~ん。

            ね、
           今日はとっときの曲を弾いてあげるよ。
         
          君は面白そうに僕の瞳を覗き込んだ

         いいの?

        うん。
       やがて全ては終わりを告げるよ
      だから君に僕の大切な音楽をプレゼントすることにするよ。
     
     そう云って君はギターを構え直した

    それからギターを弾いた
   流れてくる音楽はとても切ない旋律だった
  どうしてだろう?
 自然に涙が溢れてきた
泣きじゃくりながら音楽に耳を澄ませた

  ありがとう。
   でもね、君はいつかこの旋律をわすれるよ
    全ては記憶の底に沈殿するんだ
     それはどうしようもないことなんんだ。
      君はいつか僕の存在を忘れる。
       忘却され記憶。
        いずれ摩耗される黒白フィルムのようにね。
       
        泣きじゃくるぼくの頭を君は抱きしめた

         君は悪くない
          其れは世界の在り様なんだ。
           だから哀しまなくてもいいんだよ。

            ぼくはずっと泣いていた
             激しく雨が降り注ぐそんな夜だった
              それから月日が流れた

              僕は少女に声をかけた
       
               あるよ。

               なにが?

              大切なもの。

             少女は不思議そうにフランスパンに齧り続けている
            パンを飲み込むと
           少女は興味津々で僕に問いかけた


          それであなたの大切なものは?

         僕は苦笑した

        酔い覚ましに君に飲んでもらう豆のスープかな?

       一瞬少女は残念そうにしていたけれども
      すぐに機嫌をよくした」
     
     あなたの豆のスープは大好きよ

    僕は台所でスープの準備にとりかかった 
   
   そんな夜

  そんな雨降りの夜だった











        
       
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風邪

2024-11-19 | 
朝晩の気温の変化の激しさと、日頃の行いの悪さで風邪をひいた。
寒気はするし頭は割れるほど痛い。
あるだけの薬をワインで飲み干して寝た。
ベットの上で目覚めると、少女の心配そうな顔がぼんやり見えた。

  「あなたね。
   どうして風邪ひいてるのにお酒なんか飲むのよ?」

  「玉子酒が利くっていうからさ。」

  「お酒が良いわけないわ。だいいちワインに卵なんかはいっていないじゃない。」    

彼女が呆れた顔をする。
   でも・・・。
言い訳しようとする僕に、少女は、さっさっと寝なさい、と言った。

朝方にもの凄い寒気で目が覚めた。
少女は林檎を小さく切って、僕の口にほうり込んだ。
冷たくて美味しい。
また眠気が襲ってきた。

   どれくらい寝たのだろう?

    起きると、少女はじっとこちらを見ていた。
    
     寝てないの?
    あなたがわたしの分まで寝たわ。

   コップに水を汲んでくれた。

    いまは何時?
   朝よ。まる一日眠っていたわ。

 気分は?
  
   悪くない。熱も下がっているようだ。
    彼女は僕の額に手をのせた。
  もう大丈夫よ。
   彼女がそういうと、人生の何もかもが上手くいきそうな気がした。

 だいいち、
  「あなたね、お薬ばかり飲んじゃだめよ。」

  パンとサラダを僕の口につっこみながらつぶやいた。
   今のひとはみいんな、そうよ。
  そして、おおきなグラスを持ってきた。
 よくわからない緑色の液体がなみなみと入っている。

   なに、これ?

  「ヨモギよ。これで風邪なんかすぐ治るんだから。」
   まじめな顔で少女はじっと僕の目をみた。
    一口飲んでみると、すごく苦い。
  「これ、ぜんぶ飲まないといけないのかな?やっぱり。」
   あたりまえでしょ。
  昔は、これでからだの悪いものよくしたのよ。おばあちゃん達がいつも云ってるわ。  
   苦いんだけど。
  そう云うと
   あんまりわがままいうんだったらバケツいっぱい飲ませるわよ。
    というので、しょうがなくグラスの緑色の液体を飲み干した。

  これで。
   良くなるわ、眠りなさい。

     僕は深くねむった。

  つぎに目が覚めると、風邪は良くなっていた。
少女は、椅子で毛布に包まって本を読んでいた。

   何を読んでるの?
    童話よ。それより風邪、治った?
   うん。だいぶいい。
    よかったわね。

   窓の外は柔らかな日差しをはこんでくれた。

   僕らはならんで、はっか煙草を吸った。
    一本だけよ。
     彼女は今日一日、僕を監視するつもりらしい。

    お薬なんかより。
   おばあちゃん達のほうが治し方知ってるのよ。
    
   そういって、またヨモギ入りのグラスを僕の目の前に置いた。

    飲みなさい。治っちゃうから、わるいところぜんぶ。

     今度は僕も黙って飲み干した。

     わるいところぜんぶ治るから。

      少女はとても優しい笑顔を浮かべている。










   
  
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ばらっど

2024-11-15 | 
ジャック・ダニエルの蓋を開けた
 たまにはゆっくりと飲もうよ
  僕は使い慣れたタンブラーグラスに独白する
   光景は薄汚れた存在を霞める
    残り物のキャンドルライト
     灯が暗闇に揺れ
      アンモナイトの呼吸のリズムで煙草を吸った
   
       3日飲まなかったアルコールは意識を弛緩させ
         軽く酩酊した態で戯言を云う
         グラスは冷静であたまが良いので
          僕の言葉に振り返らない
           唯 時間が移ろうだけ
            湿度の高いこの島で
             扇風機が優しく微笑む

             古いテレヴィジョンで昔の唄が流れた
            作り物だけれど決して安易ではない唄たち
           はじめて「ばらっど」なんて作った僕は
          気恥ずかしさの影に
         変わらぬ世界の在り様を模索した
        もう誰の唄も批判せぬよう誓った
       それが何がしかの魂を有する故に
      誰かを記憶した所作を侮蔑する真似だけはするまいと
     自己弁護だろうか?
    そんな気になったりもする
   忘れてしまったけれど
  君を想い創った旋律は決して嘘ではなかったんだよ
 だから
誰かが誰かのことを想い創った「ばらっど」を嘲笑することは出来ないのさ
 
 例えばさ
  あの君に於いて大切だった宝物を
   彼等は笑った
    必死で暮らす君の日常を白夜が皮肉に嘲笑する
     君は違うんだ、と唄い続けるだろう
      ラジオから流れた君の心は
       今夜も垂れ流された情報として錯綜するだろう
        一片の跡形も残さず
         君の心は酔いどれの嘔吐と成り果てる
          
         クラスの隅っこで歌った唄は
        時代錯誤だと相手にもされない
       それでも僕らは歌い続けるべきだった

      勝つ必要もない
     けれど
    負ける必要もない

           
                 3時間かけてボトルの半分を飲み干した


           心を込めて演奏すれば
          きっと想いは伝わる
         心を込めて言葉にすれば
        きっと優しさに触れる

       ばらっどの呼吸

      深夜三時に送ろう

     歌い続けていて

    語り続けていてね

   僕は笑わないから

  キットダヨ









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最果ての国

2024-11-12 | 
そう遠くない時間に
 僕は夢を見ている
  草原の大地で旅の支度を始める事を
   全てを捨て
    全てを得る為に
 
    永遠に続く筈の無い時間を
     成長と呼ぶのだろうか?
      あの記憶も
       したり顔で舐めるウイスキーの余韻になるのだろうか?
        それでも
         僕の時間は未だ発酵する気配を見せず
          生々しい傷跡は
           いつだって心を遥か郷愁に満たす
            僕らは音楽と
             煙草とアルコールを愛した
              君と僕と彼等全ての存在を愛した
               あのバーで
                毎夜繰り広げられた狂乱を愛した

                全ての名残が飽和した頃
               僕らは何時しか記憶を賛美し始めた
              友人と語る時間は
             何時しか肥大した想像上の産物となった
            記憶が薄れてゆく
           だけれどもあの痛みだけが残った
          もう会えない人々
         君達の存在を決して忘れない筈だったのに
        遠い異国の地で
       貴方は生ぬるいギネスビールを飲み干しているのだろうか?
      重く垂れ込めた空の下で
     貴方はあの時代をどう咀嚼したのかな?
    僕の神経は多少疲れ気味なのかもしれないね

   苦しいくらいの想いを
  記憶を
 街の街路樹を
刹那の孤独を
 夢見た地平は
  それほどまでに暖かくは無くって
   孤独に逃げ込む闘争は
    いつだって寒すぎる夜を暗示する
     バーボンを飲み干し
      全ての情報を遮断する
       五感を閉ざし
        意識を無分別な残飯処理施設に託す
         
        君は笑い
         泣くのだろうか?
          繰り返す日常が怖いのだ
           泣き出した子供の
            子供の手のひらから赤い風船が宙を舞う
             街の通りで
              僕等は赤い風船の上昇を眺め
               途方に暮れるのだ

               離しちゃいけなかったんだよ
 
              握り締めた手のひらを

             悔しさに紛れて握り締めた抵抗を
     
            離すべきではなかったんだよ

           僕は郷愁を

          貴方は外国行きの航空券を手にして

         互いに世界の果てを目指したのだ

        最果ての国

       最果ての記憶









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プレゼント

2024-11-08 | 
あの日あの時間違えた別れ道で
 僕はいつだって憂い
  煙草を吹かせて哀し気に微笑んだ
   何時かの微笑
    困惑した世界の中心点で黒猫があくびする
 
     ねえハルシオン
      どうして僕は現世にいるのだろう?
       もう誰も居なくなってしまった世界で
        どうして僕は楽器を弾いているんだろう?

        黒猫は何も答えずに優美に紙煙草を嗜んだ
         それから一枚のタロットをめくった
          「道化」
           くすくす微笑んで
            黒猫は楽しそうにワインをグラスに注いだ
             僕は途方に暮れて空を見上げた
              あの日に少しだけ似た
               重く垂れ込めた灰色の世界
                地団太の孤独
                 少年時代から出遅れた足音
                  オルゴールが鳴り始め
                   世界が終焉を迎える頃
                    あの日あの時の一瞬
      
                    僕はギターを弾いていた
                     カルリの練習曲を弾き
                      回らない指でジュリアーニの楽譜をさらっていた
                       中庭の卓球台で試合を楽しんでいた男性が
                        お調子者らしく
                         エリック・クラプトンは弾かないのかい?
                          と口笛を吹いた
                           「ティアーズ・イン・ヘブン」
                            その頃
                             みんなこの曲に浮かれていた
                              僕は黙って
                               ランディーローズの「Dee」を弾いた
                                退屈そうにみんな中庭を去った
                                 僕は黙々と楽器を弾いていた
                                  とてもとても寒い冬の日だった

                                  寒くないの?
                                 声に驚いて顔を上げると
                                先生が優しそうに珈琲カップを僕に手渡した
                               口にした珈琲がとても暖かかった
                              寒くないの?
                             彼女はもう一度確かめるように尋ねた
        
                            寒いですよ、もちろん。

                           手袋をすればいいのに。

                          手袋をしたらギターが弾けないんです。
                         僕の答えに彼女は
                        それもそうね。
                       と呟いて巻いていた緑色のマフラーを取って
                      僕の首に巻いてくれた

                     暖かいよ、それ。

                    でも先生が寒いでしょう?

                   大丈夫。医局は暖房が暑いくらいなの。
                  それに素敵な音楽で気持ちが暖かくなったから大丈夫。
                 あとね、
                煙草は控えめにね。

               そう云って彼女は建物の中に姿を消した
              残された緑色のマフラーはいい匂いがした

             先生は忙しそうにカルテを抱えて歩き回っていたけれど
            僕がギターを弾き始めると何処からか現れて
           曲が終わるまで興味深そうに聴いていた
          それから
         また聴かせてね、と云ってすぐに何処かに消えた
        不思議な先生だった
       でも僕はその先生となんとなく気が合った

      こんにちは。

    そう云って先生が中庭のベンチの僕の隣に座った

   今日は忙しくないんですか?

  私、今日お休みなの。

 休日出勤ですか?

そんなところ。
 ね、良かったら何か聴かせて。

  僕は魔女の宅急便の「海の見える街」を弾いた
   曲が終わると先生は満足そうに微笑んだ
    それからキャンデーを僕にくれた
     煙草のかわり。
      そう云って自分の口にもキャンデーを放り込んだ

       不思議よね。
        どうしてそんなに指が動くのかしら?
         私の指も練習したらそんなに動くのかな?

          出来ると想いますよ。

           彼女は笑って無理よと呟いた。

           私、不器用なの。手術もそんなに上手じゃないし。
            
           僕はなんて云ったらいいのか分からず黙り込んだ

          先生は悪戯っぽく、嘘よと微笑んだ。
         僕等は二人でくすくす笑った

        先生は他の先生たちと飲みに行ったりしないんですか?

       どうして?

      いつも此処にいるから。

     そうね。人が多い処が苦手なの。それに。
    それに他の先生たちとは大学が違うから

   そういうの関係あるんですか?

  それはやっぱり人間関係だから。

 なんだかままならないですね。

そうね。ままならないわ。
 そこにいつも貴方のギターが流れてくるのよ。
  花を見つけた蜜蜂みたく吸い寄せられるの。
   お陰で仕事が溜まって休日出勤なの。

    ごめんなさい。
     僕が謝ると、
      嘘よ。信じないで。
       と可笑しそうにくすくす微笑んだ

        此処を出たら大学に戻るの?

         キャンデーを舐めながら先生が尋ねた
          僕は途方に暮れて空を眺めた
           
           あなたはたぶんもう大丈夫。
            何処に行ってもね。

             僕は先生にマフラーを返そうとした

              いいの。あげる。

               いいんですか?

                うん。
                 あなた今日何の日か知ってる?

                  知りません。此処にいると時間や日にちが曖昧になって。

                   クリスマスよ。
        
                    プレゼント。それ。
                     いつもギターを聴かせてくれたお礼に。
                      

                      ね、いつか私にも教えてくれる?


                       何をです?

 
                       ギター。


                      教えてね。


                     そう云って先生は建物の中に入っていった

      
                    三日後


                   僕は其処を去った


                  先生に挨拶をする事は叶わなかった


                 ねえハルシオン。


                先生ギター弾いているかな?


               懐かしそうな目で黒猫は空を眺めた


              冬の日


             掠れかけた記憶の残像


            クリスマスプレゼントの想い出
























         
                        
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冬の日

2024-11-06 | 
あなたどこ帰りますか?

タンブラーグラスのバーボンを飲み干して彼女はそう云った。
カウンターには僕と彼女しか座っていなかった。
朝の四時半だ。仲間達はみんな酔いつぶれ、まるで自分の部屋にいる様に安心しきった寝顔で入り浸った馴染みのバーの床に這いつくばって眠っていた。
僕はウィンストンを吸って黙って店のポスターを眺めていた。
彼女は不思議な生き物を見る様に飽きもせず僕からの答えを探し出そうとしている。僕は考える振りをしてただ煙を吸い込んでいた。
僕は考える事を放棄していたのだ。
何もかもの存在自体が危うく見える時代。僕等はただ酒と音楽に酔いつぶれた。
帰れる所なんて何処にも存在しなかった。だから彼女の質問にも答えられる訳が無かった。

キャンパスの広場のベンチで女の子がギターを弾いていた。
ある寒い日の出来事だった。ショートカットの茶色い頭がリズムに乗って揺れていた。
何人かの学生が耳を傾けつまらなさそうに彼女の歌を聞き流しては去ってゆく。
気が付くと、コートのポケットに手を突っ込んだ僕だけが残された。
曲が終わると彼女は少しだけこちらを見て微笑んだ。
僕は何だか気恥ずかしくなって青い空を見上げた。
歌声が流れた。
スザンヌ・ヴェガの「ルカ」だ。僕はガットギターの音に耳を澄ました。哀しい歌声が終わると彼女は僕の顔を眺めこう云った。

  音楽好きですか?

  僕はうなずいた

そうして彼女はとても嬉しそうに微笑んでギターを僕にそっと手渡した。僕は戸惑いながら適当に頭に浮かんだフレーズを弾いた。とても丁寧に弾き込まれたギターだった。3コードのブルースを引き始めると彼女は英語と日本語が入り混じった歌を即興で歌った。僕等は飽きもせず適当な音楽を歌った。日が暮れる夕方まで僕等はそうしていた。

僕はロンドンからの留学生の彼女を行きつけのバーに連れて行った。
どうしてそうしたのか自分でもよく分からなかった。
彼女はギターケースを抱えて店の中を見回した。
店にはマスターと常連が顔をそろえていた。誰かが口笛を吹き僕等を招き入れた。仲間は何も聞かないで僕等に酒を注いでくれた。外国人だろうが何だろうが仲間達にとっては大した問題ではなかった。テーブルの上にクラッカーやオイルサーディンの缶詰めやら豆のスープが並んだ。彼女は不思議そうに彼等や店の楽器に目をやり満足げにバーボンを舐めた。何だか捨てられた猫の様だった。仲間達は入れ替わり立ち代りドラムを叩いたりベースを悪戯している。フリーの「ウィシングウェル」が流れた。酔っ払ったギターが狂ったように速弾きを始めた。みんな可笑しな即興を始めた。
いつもの風景。
だけど僕には何か気になる事があった。彼女は何も食べ物を口にしないのだ。ただお酒だけを舐めている。緑のセーターからのぞく彼女の腕はとてもとても細かった。
試しにフライドポテトを薦めたが、彼女はめんどくさそうに首を振って拒否した。
ただお酒と音楽に身を浸していた。
彼女はそれからたまに店に顔を出すようになった。
二ヶ月がたった。

ピーナッツを何粒か口にして咀嚼した。
かりっと音がした。

 ねえ、食べる?

 いらない。でもありがと。

僕はとても哀しく想った。
彼女は講義にも出ていなかった。広場のベンチか店で嬉しそうにただ歌を歌っていた。
何度か大学病院のバス停で彼女を見かけたと誰かが教えてくれた。
僕は「チムチムチェリー」を弾き「ロンドンデリー」を弾き「マルセリーノの唄」を弾いた。彼女はお酒を舐めながら楽しそうに身体を揺らしていた。
僕は何も訊かなかった。

あなたどこ帰りますか?

突然彼女が尋ねた。
僕は一瞬なにを訊かれたのか理解できなかった。

何処に?

わたし今度の土曜日に家に帰ります。先生もパパとママも帰りなさいいいます。
だからわたし帰ることにしました。

あなたどこ帰りますか?

失われた場所が一瞬僕の頭を駆け巡った
それから僕はウィンストンを吸って黙って店のポスターを眺めた。
彼女は飽きもせず僕の答えを待った。
僕は黙り込んで煙草を吸った。

  音楽好きですか?

彼女が尋ねた。うん、と僕は答えた。

  いつまでも?

  うん。
 
  よかったです。

彼女はそう云ってカウンターから立ち上がりギターを弾いて歌った。
僕はとてもとても哀しかった。

彼女はいつまでも歌い続けた。

終わらない物語のように。

誰にもわからない歌を歌った。


土曜日が来て日曜日が去った

 広場のベンチにはいくら探しても彼女の姿はなかった

  煙草を取り出して火を点けた

   白い煙がゆらゆらと立ち昇る

    やるせない虚無に向かって

     行き場の無い哀しさ

    
     僕は考える振りをしている





      行き場の無い




      僕自身の存在



      いつかの



       冬の日




メリークリスマス























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11月のある日の出来事

2024-11-01 | 
中庭のベンチで
 食べかけのホットドックを齧ってコーラを飲んだ
  ホットドックを食べ終わると
   その後に何をすべきか数秒悩んで
    やはりポケットからクシャクシャの煙草を引っ張り出し
     何も考えずに火をつけた
      白い煙がゆらゆらと微かな風になびいた
       それが最後の光景だった

        食事というのは頑張って食べる物なの?

        緑色のセーターを着た少女が独り言の様に呟いた

         どうしてさ?

         だって、
          だって此処では皆が頑張って食べなさい、と云うもの。

          彼等の口癖なんじゃないかな?たぶん。

         僕はそう答えた

        あなたも頑張って食べろと云うのかしら?

     緑色のセーターから伸びた白く細い手首を眺めながら僕は苦笑した

      たぶん云わないんじぁないかな、
       だってそんな風に云われると余計に食べたくなくなるよ、僕だって。

       少女は嬉しそうに微笑んだ

     それじゃあ、あなたはわたしの共犯者になれるわ。

    友達じゃなくて?

   僕がそう云うとくすくす微笑んで彼女は煙草をくわえた
  丁寧にマッチをすって僕はその煙草に灯をつけた
 ありがとう、と少女は云って不思議そうに僕の顔を見つめた

どうして困った顔をしているの?

 少女の問いにゆっくり考え込んでから僕は答えた

  たぶん此処でそんな言葉聴いたのが初めてだったからじゃないかな。

   ありがとうの事?

    そう、それ。

     ありがとうって人に云われたのたぶん久しぶりすぎてね。

      ふ~ん。
       そうね、此処ではそんな言葉あまり聴かないものね。

        少女は奇妙に納得して
         ありがとう、どういたしまして、と魔法の言葉の様に繰り返した

          僕等はくすくすと笑った
           食堂のおれんじ色の蛍光灯の下で暖かな紅茶を飲んだ
            少しだけしあわせな気分に浸れた
             優しい夜の空気
              親密な世界が構築された
               それが虚構の産物だったとしても
                それでじゅうぶんだった
                 だって世界は虚構そのものだったから
                  僕等は好きな世界を選んだのだ
                   たとえ誰かが頑張れと云ったとしても
                    それがどれ程までに無慈悲な想いなのか
                     嫌というほど味わって
                      僕等は此処に辿り着いたのだから

         少し肌寒くなってきた中庭で
        ベンチに腰かけ僕はギターを弾いていた
       退屈すると煙草を吸い
      それからまたギターを悪戯した
     ぱちぱちと小さな拍手に驚いて顔を上げると
    正面に座り込んだ緑色のセーターを着た少女がこう告げた

   あなた音楽好き?

  たぶんね。

 なにか弾いて。

少女はそう云って目をつむった
 僕はバッハのプレリュードを弾いた
  少し調弦が狂っていたけれど
   少女は気持ちよさそうに身体を揺らした
    それからヴェルヴェト・アンダーグランドの
     スィート・ジェーンを弾いた
      少女は楽しそうにギターに合わせて口笛を吹いた
       それがいつかの11月のある晴れた日の出来事だった
        少しだけ優しい記憶の11月のある日の出来事だった

         それからたまに中庭でギターを弾いていると
          静かに少女が現れるようになった
           いつもの様に彼女は音楽に身体を揺らしていた
            僕は少女に何も聞かなかった
             彼女も僕に何も聞くことはなかった
              それは此処の暗黙のルールだった
               僕等は深く傷ついていたし
                ひどく混乱していた
                 ただ音楽と煙草と暖かな紅茶があれば満足だった
  
                 それがある日の出来事だったのだ

                 僕はまだひどく混乱している
                  もうあの日の光景がしっかりと想いだせない

                  ある日少女が云った

                  あなたが此処を去る日が決まったわ。

                 どうして君には分るのかい?

                どうしてもよ。
               あなたはあの人たちの面談を受けて
              全てに答える事が出来れば此処を去るのよ。

             僕には全ては答えられないよ。

            大丈夫、今のあなたならね。

           君はどうするの?

          わたしにはまだ此処が必要なの。
         もう少し時間がかかりそうだわ。

        ねえ、いつかまた会おうよ。

       そうすることは出来ないの。決まりなの。
      あなたも分っているように。

     僕は泣きたい気持ちになった

    わたしはあなたのギター好きだったわ。
   たぶんこれからもずっとね。

  ねえ、音楽好き?

 うん。

よかった。

  ね、
   ありがとう。

    少女は静かに立ち上がってそう云った

     彼女の姿を眺めその影が消えるまで見つめた
      それからやはりポケットからクシャクシャの煙草を引っ張り出し
       何も考えずに火をつけた
        白い煙がゆらゆらと微かな風になびいた
         それが最後の光景だった

          それがある日の出来事だった

           
          それがいつかの11月のある晴れた日の出来事だった
        少しだけ優しい記憶の11月のある日の出来事だった



















                         
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悲哀

2024-10-28 | 
混濁した意識領域に於いて
 不穏な現象はいつも夢見がちで
  困惑した意識の羅列のその背景には
   きっといつだって狂気を孕んだ卵の化石を内包している
    夜
     青い月明かりの下
      青い道化師の僕等は赤い口紅をひいた口元で
       偽証の微笑みを繕うのだ  
        それほど他愛も無く
         呆れるほど青い空
          空虚さの陰影を背景に

          真夏の音楽室で
           君は急に演奏を止めた
            音楽教師が苛々と言葉をぶつける

             どうして合図も無しに演奏を止める?
              早く楽器を持ちなさい

              指揮棒をヒステリックに振り回す教師に
               君は構わず冷徹に言い放つ

                狂ってますよね、調弦。

                何処かで蝉が鳴いている
                 それももしかしたら幻聴にしかすぎないのだろうか?
       
                  白い壁
                   黒い制服の彼等が故郷に帰るのだ

                    行こう。

                     誰かがそう云った

                      何処へ?

                      僕は不思議そうに尋ねた

                       家に帰るんだよ

                        家?

                        暑い日差しが窓から容赦なく射し込む
                         帰る場所を失った僕の
                          記憶はきっと
                           あの古井戸の中
                            青いビー玉と共に静かに眠っているのだ

                            世界の調弦は狂っているのだ
                             たぶん
                              皆その事にきずいているけれど
                               あの日の君の様に
                                声に出して言及する者はいなかった

                                お休みの日に
                               友人に勧められた
                              ミルラベルガモットを焚いた
                             部屋の明かりを消して
                            バッハのリュート組曲を流した
                           緊張した意識が弛緩する
                          ゆっくりとストレッチをした

                         呼吸
                        息を吸う音
                       吐く音

                      考えない様に
                     何もかもを
                    モノクロームに薄れてゆく記憶
                   やがて全てが失われる
                  アルコール消毒された病室の様に清潔に
               
                 それは怖いことなの?

                少女が尋ねる

               怖くはないさ。
              ただ、
    
             ただ?

            哀しいんだ。

           哀しいんだ。


          真夏の青

         どうしようもなく

        切なく哀しい記憶


       僕等は





































            

          
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遠い記憶

2024-10-24 | 
それは遠い記憶
 薄っすらとした白い息が
  少し開いた君の呼吸を確認させてくれる
   ねえ
    生きているの?
     少女の問いに答えず僕はレモン水をコップに入れて差し出した
      少女は赤い舌でレモン水を少しだけ舐めた
       甘い。
        ハチミツが入っているんだ。
         僕は煙草に灯をつけ
          緑色のソファーで横たわる彼女を見つめた
           ソファーは使い古しの古道具屋から譲り受けた物で
            色褪せ
             或るいはスプリングが絶望的なままに
              飛び出していた
               それでもその緑色のソファーは
                数少ない仲間内では特別な存在で
                 そこで深い眠りにつく誰しもが
                  柔らかで優しい夢を見た
        
                ねえ
               生きているの?
              少女が身を起こしコップをかざしながら尋ねた
             僕は空になったコップにそおっとレモン水を注いだ
            ねえ
           生きているの?
          僕のことかい、それとも君のこと?
         僕は煙草の灰を灰皿にしていた白い小皿に
        飛び散らないようにゆっくり落とした
       まるで大切な記憶が欠落してゆく様に
      君のことならたぶん生きているよ。
     頭が痛い。
    少女は短く切りそろえた髪の毛に手を突っ込んでそう呟いた
   飲みすぎたんだよ、少しばかりね。
  みんなは?何処にいったの?
 広い部屋を見渡して彼女が呟いた
みんな、それぞれ自分の世界に帰ったよ。
 僕は答えて天窓の方を見上げた
  青い月夜だった
   冬の名残の夜の冷たい空気がとても清潔だった
    まるでアルコール消毒された注射器の針のようだった
     どうしてあなたは此処にいるの?
      少女が不思議そうな口調で尋ねた
       
       どうして僕は此処にいるのだろう?

       たぶん帰れる処がなかったからだ
      それに少女ひとりを残してこの世界を黙って去る訳には
     いかないような気がした
    ただそういう気持ちがしただけだったのだ
   それが理由だよ。
  僕がそう云うと少女は白い息でため息をついた
 まるで存在そのもに重さがない様な羽毛のようなため息だった
ありがとう。
 コップを僕に手渡しして彼女は僕に煙草が吸いたいと告げた
  僕はフィリップモーリスに灯を点けてから
   彼女に煙草を渡した
    彼女は深く深呼吸をするように煙を吸い込んだ
     吐き出した薄っすらとした白い息が宙空にぼんやりと浮かんだ
      誰もいないのね?
       少女がもういちど確認するように僕の顔をみつめた
        うん みんな帰ったよ。
         僕は煙草を白い小皿でゆっくりと揉み消した
          君と僕が残ったんだ。
           あるいはわたしとあなたが残されたのね?
            レモン水美味しかった。
             それはよかった。
              ハチミツを入れると酔い覚ましになるんだ。
               そう。
              
              少女は緑色のソファーから立ち上がって
             古臭くてだだっ広いだけの部室を一瞥し
          軽音楽部の部室の真ん中のアップライトピアノに向かった
           そうして大切な何かを優しく撫でるように蓋を開けた
          ピアノの前の椅子にゆっくり腰掛け
         それから天窓からのぞく青い月を見上げた

        青い月夜ね

       少女はそう呟いて鍵盤を何度も愛おおしそうに撫でた
      彼女の大切なものが何なのか僕にはさっぱり想像できなかった
     
     青い月夜ね

    もう一度呟いて煙草を床に投げ捨て
   ブーツの踵で吸殻を踏み潰した
  僕には何をどうしていいのか分からなかった
 どうして少女がそんなになるまでお酒を飲むのか
どうして大切なものに触れるかのようにピアノの鍵盤をなぞるのか
どうして吸えもしない煙草をブーツの踵で踏み潰したのか
 

  考え込む僕の耳元にピアノの音が柔らかく響いた
   戦場のメリークリスマス
    青い月の光が少女とピアノに降り注いだ
     まるで一枚の絵画のようだった
      まるで奇蹟のように
     僕は部屋に残されたウイスキーの瓶に口をつけた

     ただ真夜中に哀しい音楽が響き渡った

     どうしてあなたは此処にいるの?

     少女の問いかけが耳に木霊した

     旅に出る仕度をしなければ

     たぶんもう此処にもいられなくなる

    あれから気の遠くなるような時間が流れた
   もう彼女が何処で何をして暮らしているのかも
     もちろんわからない
   みんなと同じように自分の世界を見つけられただろうか?
     
      揺れていた時代の 
     
     薄っすらとした遠い記憶







    
       
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