Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

LS50とパラゴン

2013-01-18 07:59:36 | JAZZ

荻窪に住むドクター桜井さんとはジャズ的嗜好の趣味が一致することが多い。日替わりでお互いが得た情報交換を繰り返している。昨年の暮れに桜井さんが購入したイギリスはKEFの小さなスピーカーがようやく、人前に出せる音になったので遊びに来ないかとの誘いを受けていた。横浜に住む佐々木さんも誘って午後の2時に荻窪駅で待ち合わせする。雪がもたらした寒気が居残っていて、都内は自分の住む相模地方よりも厳冬が続いている。美しい東京山の手風冬姿の女性がたくさん往来する荻窪駅のビル内にまで時折冷たい隙間風が通り抜けていく。

改札に現れた佐々木さんの姿態を一瞥する。定年になってからの充実生活を反映しているのだろう。上着には皮の米製オールドジャンパーをはおっている。鞄もかってのビニール手提げポーチ風から手縫い風のどこか南米っぽいエスニック調羊革バッグに、かっての常用サンダル履きはカジュアルな黒のウオーキングシューズに昇格している。「休日お父さん」風な遺風が残っているとすればチャコールグレーのウール混紡ズボンくらいのものである。久し振りに見た佐々木さんの服飾文化の進展を愛でながら、善福寺緑地公園に近い谷戸の面影が残っている桜井邸を訪れる。

噂のとおりKEFのLS-50は黒いピアノ塗装も艶やかな美しい小型スピーカーだ。金色塗装して軽合金を多用した小口径スピーカーは同軸型の16センチ2ウエイである。ハイパーミニの斬新を漂わすこのスピーカーを桜井邸では、JBLのパラゴンの上にセットしている。CDプレーヤーはやはりイギリスのグリーク製の物を使っている。知らない訪問者にこのミニスピーカーを朗々と再生してみれば、その音はパラゴンから生じていると言っても信じて疑わないスケール感といい、レンジ感についても文句のつけようがない現代英国の才智に溢れるものだ。オーディオ大国だった日本は他分野もそうだが、ますます海外製に水を開けられてきているようだ。

桜井さん共々、近頃好んでいるアメリカのカレン・ソーザやダイアナ・パントンのような進境が著しい歌物新録CDや名の知らないドイツ人ボーカリストのものなどを比較ソースに、しばらく楽しむ。カレン・ソーザが「ホテル・ソーザ」で軽い倦怠を漂わせて歌う「マイ・フーリッシュ・ハート」などは格好のテキストである。くぐもった彼女の声がもつイントネーションの翳りの長短、子音の輝度が持つ濃淡といった要素が、スピーカーを含めたシステムの判断材料になる。

しばらくこの新型スピーカーを称賛しているうちに、同行する佐々木さんが、パラゴンも試して欲しいと希望した。大型命の佐々木さんらしい希望である。パラゴンという手ごわいスピーカーはたいていオーディオに倦んでいる人の家庭の巨大家具と化しているケースも多い。桜井さんは趣味が現役中だから、最近パラゴンへ繋がっているスピーカーケーブルを交換したばかりという。ソースも歌物に加えてスコット・ハミルトンがイギリスのバリトンサックス奏者とデュエットするバラードをかけた。びっくりする。倍音のたなびきがまるで違う。東京TUCでPAを通過する前のスコット・ハミルトンの生音を聴いたときと寸分も違わないリアル音だ。あたかもフルレンジスピーカーみたいな抜けのよい雄渾な美音である。

鋳物でできたホーンの特有な鳴きや動きが鈍重なウーファーの伝動性が遅かったり、アールの掛った木製曲面の二次的な雑味音等、様々な癖が反映していてこのパラゴンというスピーカーは難物である。こうした難所を丁寧にクリアーしていて現代収録のCDを堂々と鳴らすと、最新鋭のシャープなLS-50も顔色をなくしてしまう。やっぱり小型だなと思ってしまう。同行した佐々木さんも自分もお世辞抜きで脱帽する。ジャズが全盛だった時代に知恵と感性と物量を注いで仕上がったものだ。雑誌などの受け売り知識でもう古いなどとのたまっている軽薄ジャズ・オーディオ愛好家はごまんといるが、LS-50を聴いてパラゴンの深い底力も知ることができる貴重な一時を過ごすことができた。