町田駅前の散歩コースの定番だったツインタワー内の西側にある「レコファン」の大店舗が撤退するらしい。閉店セールの最中である。前は駅前の歩道橋が架かった西友ストアーが入っている少し陰気なビル内にあってCDを漁りに訪れていた馴染みの店である。
「レコファン」といえば下北沢が発祥の店だ。当時は5番街の路地の小さな雑居ビルの3階にあった。近所には今沢裕さんが開いていた「いーはとーぼ」というジャズ喫茶があって「レコファン」帰りに寄ってよくお茶をしていたものだ。今沢さんはジャズがロックや第三世界の民俗音楽等に活路を見出すことにトレンド的にすごく共鳴していた。保守的バップジャズファンを馬鹿にする時の今沢さんの煙の巻き方と比喩の飛躍は面白かった記憶がある。「いつまでもイソノッテルんじゃないよ!」は当時まだ活躍していたジャズ評論家で自由が丘「5スポット」のオーナーでもあった故イソノ・テルオさんに象徴される普通のスタンダードジャズの愛好者を、今沢氏流に馬鹿にするときの台詞である。
こちらも読売ランドの野外ステージで行ったマイルス・デイビスがテリー・リー・キャンリントン、マーカス・ミラーなど気鋭の新人を従えて電化路線を打ち上げているライブなどにも行っていた頃である。当時は土俗の秘儀めいたマイルスグループのミステリアスな演奏を聴いて理解の努力をしようと思っていた。しかしすぐに努力しなくなってしまった。いくらマイルスがジャズ史に傑出する天才だからといって、腸内が異常に醗酵してしまった通じの悪い屁(おなら)みたいなトランペットの断続音をいつまで聴いていてもしょうがない!というのが私的帰結で今沢氏風ジャズ嗜好とはその後も大きく離反する結果になっている。
「レコファン」の閉店セールの棚を眺めていたら、LPで既に持っている懐かしい名盤のCDも割引対象になっている。45年くらい前の横浜・野毛「ちぐさ」でよくリクエストしたレッド・ガーランドトリオの「ホエン・ゼア・グレイ・スカイ」なども廉価対象になっている。プレステッジ盤で喩えると「陽」のガーランドが「グルービー」だ。こちらは「陰」のガーランドで題材となる曲も南部の古い小唄ばかりである。窓から射しこむ光りの中をガーランドがご自慢のシングルトーンをきらめかせながら爪弾いていく「ソニーボーイ」「聖ジェームス病院」がもの憂げに「ちぐさ」店内を流れている光景をふと思い出した。
棚から引き出してこの盤を眺めていたら、追加のボーナストラックが入っている。LPではなじみがない曲である。戦後のラジオ放送などでよく流れていた「マイ・ブルー・ヘブン」である。口笛でも吹ける曲だから聴いてみたい。やはりビル・エバンストリオの初期の傑作「探求」のCDでは「ザ・ボーイズ・ネクスト・ドアー」というイントロ部分だけは口笛で吹ける好きな曲がボーナストラックとして追加されている。帰ってきて深夜にこの「マイ・ブルー・ヘブン」を聴いてみた。当時なぜオクラ入りしてしまったのか、やはり合点がいった。明るく躍動しすぎている。他にも3曲ほどミデアムテンポに躍動する曲はあるが、これはアルバムタイトルの鈍色の空模様というコンセプトには合わないわけだ。しかし演奏は「グルービー」の中に収まっていても絵になるような素晴らしいものだ。ガーランドの陰に隠れているようなドラマーのチャーリー・パーシップのスネアーブラシのざわめき方もこの憂鬱なアルバム中では異色である。
思わぬ拾い物をした気分になっていたら、読書途中で現代が溢れている秀逸な歌に出会ったから記しておこうと思っている。
冬空はそこぬけの青 エベレスト超えゆく鶴のごとき離反を
どどどっとくずれて来たる黒雲はグランドピアノのなかに溜まるを
寒波きてあわれ展きし言語野に忘れしわれがころがり出で来
早崎ふき子歌集「カフカの椅子」より
「レコファン」といえば下北沢が発祥の店だ。当時は5番街の路地の小さな雑居ビルの3階にあった。近所には今沢裕さんが開いていた「いーはとーぼ」というジャズ喫茶があって「レコファン」帰りに寄ってよくお茶をしていたものだ。今沢さんはジャズがロックや第三世界の民俗音楽等に活路を見出すことにトレンド的にすごく共鳴していた。保守的バップジャズファンを馬鹿にする時の今沢さんの煙の巻き方と比喩の飛躍は面白かった記憶がある。「いつまでもイソノッテルんじゃないよ!」は当時まだ活躍していたジャズ評論家で自由が丘「5スポット」のオーナーでもあった故イソノ・テルオさんに象徴される普通のスタンダードジャズの愛好者を、今沢氏流に馬鹿にするときの台詞である。
こちらも読売ランドの野外ステージで行ったマイルス・デイビスがテリー・リー・キャンリントン、マーカス・ミラーなど気鋭の新人を従えて電化路線を打ち上げているライブなどにも行っていた頃である。当時は土俗の秘儀めいたマイルスグループのミステリアスな演奏を聴いて理解の努力をしようと思っていた。しかしすぐに努力しなくなってしまった。いくらマイルスがジャズ史に傑出する天才だからといって、腸内が異常に醗酵してしまった通じの悪い屁(おなら)みたいなトランペットの断続音をいつまで聴いていてもしょうがない!というのが私的帰結で今沢氏風ジャズ嗜好とはその後も大きく離反する結果になっている。
「レコファン」の閉店セールの棚を眺めていたら、LPで既に持っている懐かしい名盤のCDも割引対象になっている。45年くらい前の横浜・野毛「ちぐさ」でよくリクエストしたレッド・ガーランドトリオの「ホエン・ゼア・グレイ・スカイ」なども廉価対象になっている。プレステッジ盤で喩えると「陽」のガーランドが「グルービー」だ。こちらは「陰」のガーランドで題材となる曲も南部の古い小唄ばかりである。窓から射しこむ光りの中をガーランドがご自慢のシングルトーンをきらめかせながら爪弾いていく「ソニーボーイ」「聖ジェームス病院」がもの憂げに「ちぐさ」店内を流れている光景をふと思い出した。
棚から引き出してこの盤を眺めていたら、追加のボーナストラックが入っている。LPではなじみがない曲である。戦後のラジオ放送などでよく流れていた「マイ・ブルー・ヘブン」である。口笛でも吹ける曲だから聴いてみたい。やはりビル・エバンストリオの初期の傑作「探求」のCDでは「ザ・ボーイズ・ネクスト・ドアー」というイントロ部分だけは口笛で吹ける好きな曲がボーナストラックとして追加されている。帰ってきて深夜にこの「マイ・ブルー・ヘブン」を聴いてみた。当時なぜオクラ入りしてしまったのか、やはり合点がいった。明るく躍動しすぎている。他にも3曲ほどミデアムテンポに躍動する曲はあるが、これはアルバムタイトルの鈍色の空模様というコンセプトには合わないわけだ。しかし演奏は「グルービー」の中に収まっていても絵になるような素晴らしいものだ。ガーランドの陰に隠れているようなドラマーのチャーリー・パーシップのスネアーブラシのざわめき方もこの憂鬱なアルバム中では異色である。
思わぬ拾い物をした気分になっていたら、読書途中で現代が溢れている秀逸な歌に出会ったから記しておこうと思っている。
冬空はそこぬけの青 エベレスト超えゆく鶴のごとき離反を
どどどっとくずれて来たる黒雲はグランドピアノのなかに溜まるを
寒波きてあわれ展きし言語野に忘れしわれがころがり出で来
早崎ふき子歌集「カフカの椅子」より