久しぶりに横浜市街地へ出かける。ドクター桜井氏と佐々木さんという三馬鹿ジャズトリオによる突発的な約束で、夕方市内のどこかで合流して中華でも食べようということになった。それと三者が集まれば云わずと知れたレコード漁りも必須になる。先に着いたものだから、しばらくご無沙汰している関内・常盤町の路地にあるヨットカフェ「チャートハウス」に単独で顔を出してみる。店主の中村さんもちょうど御客の潮がひいたあとのようで手持ち無沙汰の様子で歓迎される。コーヒーとトーストパンを注文したらトーストはサービスにするよと、いつもながらの淡白な在来横浜っ子らしい商売気の希薄な応対である。
ハワイ系の珈琲豆がここのウリで大きなカップに並々注いでくるコーヒーは、アメリカンタイプの薄口である。カウンターで豆を粉にしてから点てたものを出してくれたが、客が立て込んでいる場合のポットへの作り置き品とは格段の味の差があってハワイ系の豆も美味いものだと再認識する。いつも雑談の途中に薦められる関内で売りに出ているハワイアンライブをやっている店を引き継いで、ジャズの店にしたらどうか、という現実味の遠い私へのいつもの提案話が出てこないもので安心する。
ヨットカフェに寄ったせいだろうか。次に寄った関内・ディスクユニオンの駄盤漁りで思わぬ収穫に出会う。米コンコードの1986年頃発売されたLPだ。タイトルは「A SAILBOAT IN THE MOONLIGHT」。ジャケットのプルシアンブルーやコバルトブルー等の淡いグラデーションが美しい。スイングジャズ寄りの場所でよい演奏を生んできたベテラントランペット吹きのルビー・ブラフがテナーのスコット・ハミルトンと共演したものである。曲目には「恋人よ我に帰れ」「ジーパース・クリーパース」等、いかにもシャンシャンと背後から定形のリズムが聞こえてくるような曲が収まっている。稀少盤でもなんでもないありふれたものだが、今まで縁がなくて目につかなかったレコードである。
満月に照らされている闇の洋上をセイリングするヨットのイラストはCG制作なのだろうが、デ・キリコ風のシュール感が斬新だ。コンコードのLPはたいてい実務的に肖像写真を使う程度の凡庸性が特徴だから、これはジャケットの美しさによる買いを決断した。しばらくしてユニオンへ合流した諸氏も、ブロッサム・デアリーや、探していたスタン・ゲッツのファンタジイ盤などをそれぞれ見つけてご満悦の様子である。
ユニオンをあとにして伊勢佐木町と野毛の境目に昔からある「一品香」へ行くことになった。そこでは珍しく「ホイコウロウ(キャベツと肉の味噌炒め)」と餃子を注文する。大昔のこのお店には足繁く通った時代があった。その頃の注文はいつも湯麺(タンメン)ばかりだった。「ホイコウロウ」の味は普通よりちょっぴりよい程度の味という評価が自分流の採点になりそうだ。
「一品香」にて食事後は、この前に友人とお茶したときの店員の応対が誠実だった伊勢佐木町にできた「りせっとカフェ」にまた寄ってみた。新形態のエコロジーカフェらしい。子連れママさんが、幼児にお絵かきなどもさせられるような許容範囲の広がった店だ。セミナー、詩の朗読イベントまで開くらしい。ここのカフェ・ラテはコクもあって美味い。戦利品への品評をくわえながらしばらく雑談を楽しんでいたら9時になっていて散会することに。
帰路についてから買ったLPを聴く。お目当ての曲はRCAでもっと活きがよかった時代のルビー・ブラフが演奏していた「WHERE YOU」という大好きな曲だ。タイトル曲よりもモダンの香りが濃厚で、スコット・ハミルトンの太いテナーの歌いっぷりが実に素晴らしい。ソロは二人がたっぷりと交代して聞かせるのだが、相手のソロ場面に軽く流すバッキングは大人らしい慈愛が漂っている。ヨットの絵に魅せられた買い物はどうやら成功したようで、深夜一人ほくそえむ。