土曜日の工場内は早朝がとても静かだ。社員の出入りも大型車両の搬入もめったにないせいだ。工場の敷地から南側にはすぐに小田急線の線路が通っていて、その向こうには広々した営農者用の田圃・畑が平塚市の内陸部へ向かって広がっている。そのせいか、人間が少ない時を野鳥達はちゃんと心得ているようだ。田園と工場を往復する野鳥の飛来はそんな閑静時にこそ激しくなる。葉桜の季節になって街路のミズキ、けやき等の梢が若草色に彩られる頃、野鳥類の営巣や繁殖は活発になる。朝の最低気温がちょうど14℃くらいになれば、鳥にも人間にもやっぱり心地がよいにちがいない。ムクドリ、カワラヒワ、セキレイ、スズメ、今朝はあの真似ることができない鳴き声を奏でるホオジロまで工場の屋根にやってきて陽春を告げている。
生態系が変わったのか、田園が根城だった鳥達は田園を一時的な餌補給所にしているようだ。そして人工的な金属や建材でできた高所にある工場建築物の隙間を堅牢な巣箱として活用している。棲家の逆転である。性悪なカラスなどはその隙間のポイントを知っていて悪知恵を発揮する。野鳥達の産み落とす卵や雛を狙う光景を目撃するのも、これから6月にかけての工場内定番風景の一つになっている。今朝は大きな金木犀、銀木犀の立ち木がペアで並ぶ繁みの中から、野鳥の羽ばたきする音が聞こえてきた。ここでは昨夏もカラスが巣立ち直後の雉鳩(キジバト)の雛を襲ったのを見かけたことがある場所だ。雉鳩でもいるのかと思って繁みを覗いてみた。繁み内を移動する一瞬に羽を占める茶褐色の模様が雉鳩を思わせたが、腹側の灰色地には黒い横斑が走っている。少しだけ見えた目は強く鋭い。背をむけて強い羽音をさせて繁みから飛び立ってしまった。
こういうときの為に昔、大枚をはたいて買っておいたニコン製の高精度双眼鏡があるのに、双眼鏡は皮肉にも離れた場所に停車したクルマの中である。特徴を脳裏に焼き付ける。そのあとで「日本の野鳥」の写真図鑑を調べることにした。自分の予想では小型のタカ類かなというところまでは確信がもてた。出まかせの名称も浮かんできた。「ツミ」「チョウゲンボウ」といった小型のタカである。残像を頼ってウキペディアなどを検索しながら図鑑も調べる。どうやら形、生態の特徴を絞っていくと「チョウゲンボウ」で間違いがないようである。ネットの検索では、平塚付近では営巣も見られる事例が紹介されている。小鳥を襲う為に降りていたのか?営巣場所探しなのか?それは「チョウゲンボウ」に聞いてみないと分からない。珍しいタカの飛来のせいでこれからの季節は人間様の方のカンも知覚もどんどん磨きをかけなければと思っているところだ。