Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

湯河原の初夏満喫其の三 海辺の家にて

2013-04-26 15:31:59 | JAZZ
久しぶりに渓流の良質な水と対面してよい空気も吸い込んだ。こんどは帰り道に良い音を浴びることで一日を締めることにした。夕刻を迎えて真鶴半島に住むMさんの家に寄る順番がやってきた。前日に電話をしてみたらMさんは幸運にも在宅していて上手く約束の訪問を取り付けることができた。

敷地の崖下には海沿いの旧道を隔ててすぐ相模湾が迫っているが、海抜は60メートルという高所に位置した一軒家である。あいにく正面の視界に納まる熱海沖の初島は霞んでみえるが、敷地に乱れ咲いている大手鞠の花の隙間から真下でゆらゆらする海原の表情が見えるという稀少なる贅沢空間をMさんは一人占めしている。住み着いてもう15年になるそうだ。庭は草木も伸び放題の廃園という雰囲気だが、居ついてしまった野良猫たちには格好の棲家になっている。玄関先にある猫用の餌皿にもなかなか味のよい絵付けを施した五寸位の錦手の古い印判皿が放置されていたりする。そんなラフでぞんざいな放恣性が、画一な清潔病理下で暮らしている都市部に住む一般サラリーマン家庭とは対極の独特な和み感をMさんのお宅にもたらしているようだ。自分のことを棚に上げるわけではないが、キッチンも便所も正直汚い。しかしこれで嫌悪感が沸かないから不思議な家である。

煎茶をいただきながら夕暮れの一時をLP鑑賞ですごす。エレクトロボイスのパトリシアン700とビクターのSX-3の複数台のシリーズ接続というメインスピーカーの構成は以前と変わっていない。Mさんは彫刻仕事と週数日間のバイト暮らしで生計を立てている。夜間に彫塑しながらLPによるオーディオ再生に単身営為していた様子があきらかに再生音に反映している。コンボっぽい小編成ものをエレボイが担当、ビッグバンドとクラシック音楽がビクターの役どころになっているようだ。スピーカーの個性に見合ったLPを5枚程所望して聞かせてもらった。サボイレコードの「トップブラスファイブ」、D・エリントンのタップダンスやコーラスを従えたチャーチコンサートライブもの、RCAの「ザ・ビッグ18」というスイングジャズの大物再会ビッグバンドもの、パブロレコードのアート・テイタムとベン・ウエブスターカルテット、これだけが唯一コンボものでバラード選曲が含まれたLPである。


どれも大音量で都会で鳴らしたら苦情が必至の濃い口ジャズソースばかりだ。以前に聞いたLPも一部混じっている。今回の印象は特にビクターのSX-3複数台スピーカーの大変身に驚く。我流な際物感が消えている。「ザ・ビッグ18」は日本国内盤のペラジャケという平凡なLPだ。しかしその再生音の煩くない大音量の凄みに敬服すら覚えた。このレコードにはトランペットのバック・クレイトンやトロンボーンのビック・ディッケンソンが見事に吹きまくる「ブルース・オン・パレード」というウディー・ハーマン楽団の大好きなアメリカを代表するような曲がA面の最後に入っている。メロディーのソロパート担当楽器に覆い重なってビックバンド特有のリズムとハーモニーが分厚く渾然一体となる箇所があるのだが、Mさんのスピーカーは堂々として腰砕けにならない。以前に聞いたときの煩い音調は消えて静寂の大音量が実現している。この再生音には、自分よりも大音量命のドクター桜井氏も感服されたようだ。どんな工夫を重ねたのか、その真意は不明だが、同年輩のMさんが音力の追求からリタイアをしていないことだけは了解できた。


Mさんの居間を飾るモダンアートなテラコッタ製の裸婦像、コルネイユの表現主義風なリトグラフを時々、ためつすがめつしながら、聴覚と視覚の往復運動をするという有意義な時間が過ごせたのもMさんのお蔭で感謝している。

湯河原の初夏満喫其の二「和っしょい」パン店のことなど。

2013-04-26 08:09:44 | 
新崎川の周辺も鍛冶屋という吉浜の地内に属するエリアまで住宅が建て込んでいる。ここ十年の住宅密集による変貌には驚くばかりだ。さすがに釣り場付近まで上がって来ると、人家はまばらになって30年前とそれほど変わらない果樹園が点在する湯河原の山里風景が復原する。ドクター桜井氏のヤマメ釣を尻目に、こちらは早めに釣を店じまいして、幕山公園までの上り坂を散策する。

ツメクサ、ノウルシ、花ダイコン、オドリコソウ、カタバミ、野茨、無名に近い群生する野辺の植物も雨上がりの養分をたっぷりと吸い込んでいる。春がもたらしてくれる万物に感謝したい気持ちになる時間である。

視界が一時的に大きく開ける幕山浄水場の向かいには、趣のあるパン屋さんがオープンしている。看板の脇に咲き乱れる「雲南オウバイ」の自然生垣が明るい。その名も「和っしょい」とユニーク。神奈川の西部には味は本格派で店名は斬新という個人技が漲っているパン屋さんがある。思いつくだけでも箱根・湯本の「足柄麦師」小田原・蛍田蓮正寺の「春小麦」、名前を失念した小田原・南町の国道1号に近いパン屋さんと、それぞれの味が楽しめる。あとから釣を終えた桜井氏と合流してこのパン屋さんを訪れることにした。


桜井氏は家族から美味土産を頼まれていて、夕刻に寄る真鶴の魚店「二藤」の塩辛、カマスの干物はその筆頭候補だ。桜井氏の土産にはこの店の「フルーツスティック」も加わった。お裾分けしてもらった「蓬あんぱん」の美味いこと。店のパンフにある「あんぱん」のキャプションがとてもよい。「もう一度見直したいパンですね」と語りかけている。ずっしりと噛み応えのあるマッスに満ちたパン生地、さらしの肌理が自然な小豆、よもぎの仄かな天然香り、これが160円の充実ということを実感する力量を感じるパンである。5月の初旬はゴールデンウイークで釣り場も付近も混雑する。今度、再訪する入梅の前には、この「和っしょい」の「タンドリーチキンサンド」でも弁当にして夏枯れする前の渓流を楽しむことにした。