新日本婦人の会 えひめblog

えひめの地でがんばっております。女性目線の要求運動、要求小組(サークル)など日々の出来事を綴ります。

わたしたちはあゆみつづける

2010-02-07 12:30:20 | 参加報告

 こんにちは、松山支部のほりかわです

 2月6日、日本母親大会 中国・四国ブロック学習交流集会に参加してきました

 来年2011年に広島で開催予定の、第57回日本母親大会に向けて中国・四国9県で盛り上げていこうというもので、 

日本母親大会連絡会事務局長の小松久子さんは、母親運動55年のあゆみといま日本母親大会をひらく意義についてお話され、

長年愛媛で母親運動の中心を担っておられ、新婦人の創立当初からの会員でもある栗原さんは、自分史と合わせてどうして今までこうした運動を続けてこれたのかというお話をされました。その後お話を聞いた感想や意見を中心に交流がされました。

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 日本母親大会は、1955年以来毎年開催されており、今年は8月28、29日に福島で第56回大会が開かれる予定です。

 この母親運動がはじまったきっかけは、1954年3月1日の第五福竜丸事件。

*第五福竜丸事件

アメリカがマーシャル諸島・ビキニ環礁で水爆実験を実施。多数の島民や日本漁船が被災しました。第五福竜丸の久保山愛吉さんは「原水爆の被害者は私を最後に」と遺言をのこし、半年後に亡くなりました。

 戦争の恐怖を思い出したり、また戦争が始まるのではないかと不安に駆られた女性たちが、

「すべての子どもたちの幸福を守りたい、そのためには世界が平和でなければならない。

平和な世界のためにはわたしたちの声が活かされる社会でなければならない、そのためには婦人の権利をかちとっていこう!」と集まったことからはじまったそうです。

*母親大会のよびかけ(一部)

「戦争の恐怖を忘れることのできないお母さん、家や財産も失ったお母さん。息子を戦争の犠牲にしたお母さん。子どもを学校に出せないお母さん、病院も食事も満足に与えられない子どもたちのお母さん、失業している若者のお母さん、働く職場をもてないお母さん、そして自分は幸福だが他の多くの母たちの幸福をねがっている母親、そういうすべての母親が集まるのです。

 原子兵器の製造とか水爆の実験とか、また戦争になるのではないかとの不安が私たちをおそいます。すべての子どもの幸福を守るために世界のお母さんを話し合いましょう。婦人の権利をかちとるために、みんなで話しあいましょう。母と子どもが安心して住める世の中をつくるために、お母さんの力を結集しましょう。日本母親大会に集まりましょう。」

  母親大会には「生命を生みだす母親は 生命を育て 生命を守ることをのぞみます」というスローガンがあるのですが、

“生命を守る”という一致点で、多くの協賛、後援(団体だけでなく市町村やメディアも参加)を得て、分裂することもなく55年間毎年休まずに大会を続けてこられたのは本当にスゴイことだと思いました。

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 参加者のほとんどが各県の母親連絡会の役員でこうした活動を担ってきたベテランさんばかり。 母親運動についてほとんど知らない参加者は、たぶん私だけだったのではないかと思います。

 若い世代の私から見れば、母親運動を知らない20、30代の若いお母さんにこそ、こうした長年運動にかかわってきた方の話や、どういった歴史を歩んで今にいたるのかという話を聞かせてほしい、そういう機会を少しずつでもつくってほしいと思うのです。

 こんなにも生き生きと熱っぽいお話を聞いたら、控えめな若いお母さんたちも「こういうことをもっと知りたい」「この運動に参加したい」といったり、「引き継ぐために自分にできることはなんだろう?」と考えたりする変化が、きっとおこるような気がするのです。


国際署名、目標200万!

2010-02-05 19:31:38 | 新婦人しんぶん

今年5月のNPT(核不拡散条約)再検討会議に向けて、

新日本婦人の会では全国で200万筆の署名をとって核兵器廃絶のアピールを唯一の被爆国である日本から発信したいと考えています。

愛媛でも、新婦人からNPT再検討会議がひらかれるニューヨークへ送り出す代表が決まり、

2万筆という目標をなんとしても達成させようと日夜努力しています。

でも、街や知り合いに署名を呼びかけると、「え?なんで今核兵器廃絶なの?」とか「そもそもNPTって何?」って声を聞くことが多いんですよね・・・

新婦人しんぶん今週号(2月4日号)4面の<学習>ページの、原水爆禁止日本協議会事務局長の高草木博さんのお話は「なぜ今核兵器廃絶に力を入れるのか?」をとてもわかりやすく説明しているので少し抜粋させてもらいます。

「2010年を転換の年に」

 21世紀の最初の10年、人類は大きな挑戦をしてきました。その一つの結実が、09年4月に、オバマ米大統領の「核兵器のない世界を追求する」という演説になったのだと思います。7月には先進国首脳会議(G8)が「核兵器のない世界の条件を追求」することを合意、9月には、国連史上初めて安保理事会が核問題で首脳会議を開き、「核兵器のない世界の条件を創る決意」を盛り込んだ決議を採択しました。

 核不拡散条約(NPT)は、1970年に発効しました。アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の核保有国5カ国以外は核兵器を持たないという、核独占条約です。あまりに不平等なので、交渉過程で各国から意見が出て、第6条、核保有国に核軍縮・廃絶の交渉を義務づける条項ができました。1995年に無期限延長され、その後5年ごとに条約の運用について再検討会議が開かれています。

 95年には私もニューヨークに行きましたが、そこにいたる前に、ソ連が解体し「冷戦」構造に大きな変化が生まれました。対立相手がいなくなったのに、なぜアメリカが核兵器を持ち続けなければならないのかという議論が高まりました。00年の再検討会議の前にはインドとパキスタンが核実験をおこないました。自国の安全を守るために核兵器が必要という核保有国の姿勢、理論では、もはや核拡散をおさえるすべがなくなってしまったわけですね。核拡散の危険から世界を救うためにも核兵器を全面禁止する以外にないとの議論が高まり、2000年の再検討会議では、核保有5カ国が「自国の核兵器の完全廃止」を「明確な約束」として受け入れざるをえなくなりました。

 では、核兵器をなくす道すじは、オバマ大統領に任せれば大丈夫でしょうか?アメリカ・オバマ政権の核政策には、当然ですが、変化と制約の両方の面があります。つまり、大丈夫ではありません。シュルツ、キッシンジャーなど、「核なき世界」を提唱した4氏は、1月19日、ウォールストリートジャーナルに3回目の論文を寄稿しました。核兵器がテロリストたちの手に渡る危険が現実にある。核なき世界をめざして軍備管理・不拡散にとりくむが、一方で、安全を守るために核抑止を維持し近代化すべきだと主張しています。

 オバマ大統領も、「テロリストの危険」を強調する点は同じです。

 しかし、悲観することはありません。複雑な情勢の転換の中でも、核兵器廃絶への流れは前進しつづけています。

 国連総会の審議では、マレーシアなどが引き続き、核兵器禁止条約の交渉開始を求める決議を提出し、第一委員会では121カ国の賛成、12月の総会では124カ国の賛成で採択されました。核保有国の中国とともに、NPTに加わっていないインド、パキスタン、北朝鮮も、“不平等条約には反対だが、全面禁止なら同意できる”と、決議に賛成票を投じています。

 現在、NPTの189の締約国中184の「非核兵器国」はみずからに核兵器を開発も取得もしないという条約上の義務を課しています。核保有国が決断すれば、核兵器全面禁止に着手することはすぐにでも可能です。

 5月3日から始まる再検討会議を前後しておこなわれるニューヨーク行動は、昨年5月に日本原水協がNGOの会議で提案し、世界が受け入れて行われます。核兵器禁止の世論動員が決定的です。大義は私たちの側にあります。核兵器のない世界をつくる主人公は私たちなんだというメッセージを世界にひろめ、核兵器全面禁止への新たな転換点になるよう奮闘しましょう。


地球の裏側、ウルグアイより

2010-02-05 18:31:10 | 参加報告

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地球の裏側、ウルグアイからうれしいお便りが届きました

きっかけは、去年2009年7月25日。

松山と友好都市にあたるウルグアイ、そのウルグアイの平和団体「平和をめざす教育者運動」に宛て、新婦人松山支部から平和への想いを込めて原爆組写真と折鶴を送っていたのです。

航空便で送られた原爆組写真と折鶴は2ヶ月かけてウルグアイの「平和をめざす教育者運動」の創始者ビクトール・ブリンディシさん(写真の右から2番目の方)の元に届き、お礼のメールが新婦人松山支部に来たのです

このビクトールさんは元教師で、現役教師のときからずっと平和教育一筋、特に広島と長崎の原爆投下は人類が後世に伝えていくべきことだと、ウルグアイで毎年8月に原爆投下を忘れないための行事も続けているそうです。

以下ビクトールさんのメールを紹介します。

組写真などが入った荷物が、9月中旬に届きました。

残念ながら、9月4,5日に開いた平和の文化大会で展示することはできませんでした。

11月に入り、日本の若者・子どもたちがつくった折鶴も3箱届きました。

私たち「平和をめざす教育者運動」は、12月5日の年次会合で移動展示会を行うことを決定しました。パンフレットやポスターをつくり、みなさんが送ってくださった組み写真と鶴を活用します。

移動展示会は、4月から5月にかけて全国をまわります。ウルグアイを構成する19の県の県都の教育センターを会場とし、教員たちが準備をします。

ウルグアイの日本大使館に後援をお願いする予定です。これが今年の私たちの中心的な活動になるでしょう。展示の期間中、核兵器廃絶署名を集め、みなさんに送ります。2月中旬頃準備に取り掛かります。

送っていただいたものについて、お礼の連絡先を教えてください。みなさんの活動についても知らせてください。いつか広島行き、あの大虐殺の犠牲になった人々に敬意を表する日が来ることを願っています。