「県政オンブズマン静岡(静岡県庁の光と闇)~よりよき未来のために~」管理人のブログ

注)teacupブログから移転の2022年5月以前の投稿には、文字コードの違いから多くの文字化けがあります。

舵取りは機を見て迅速に

2009-05-20 22:45:00 | 新型インフルエンザ
東京でも感染患者が確認された。
舛添大臣は今週末にも舵を切る見込みだったが、やや後手に回った感がある。
専門家から意見を聴取した時点で、手続きが必要としても夜通ししてでも、決断すべきだった。
こういった危機管理においてはコンセンサス重視よりも先んじた対応方針を機を見て迅速にアナウンスすることが肝要である。
県は、このブログで日曜日に指摘した(http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/404.html)定点観測の実施へと翌日夕方には舵を取ったが、うちの県にしては早い対応といえる。
問題は、これを伝えた静岡新聞の誤報だ。
昨日の同新聞記事では、県が、渡航暦などに関係なく迅速検査でA型と判定されたすべての患者から検体を採取しPCRを行う方針となったと伝えてしまったのだが、明らかに誤りだ。
真実は、県内に137か所ある非公開の定点医療機関でA型と判定され、かつ患者さんの同意が得られた場合のみ検体を採取して検査するというものである。

こういう間違いは普通ありえないし、あってはならない。県が記者に提供した資料をよく読めば間違えようがないからだ。おそらく、県が3検体のPCR検査を行ったという情報漏れ含め、事前に口頭で厚生部以外のツーカー役人から事前に得た聞きかじり情報の先入観に基づいて書いたため煩雑な資料の読み取りを怠って誤報となったのだろう。
厚生部の関係者なら、この「定点で行う」ということが肝であることはよく分かっているからだ。

この誤報のおかげで、ただでさえ混乱の現場がどれだけ負荷を受け迷惑を被ったか、・・反省してもらいたいものだ。

さて、次は何が対策上の問題であるかだが、日曜日に指摘した(http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/404.html)とおり、妊婦であるとか基礎疾患があるとかいうハイリスク者について、感染防御や感染した場合の迅速な医療の確保を図ることにつきる。
とりわけ、透析患者の新型インフルエンザ罹患時の医療の確保は最優先だ。罹患したらあきらめるしかないのかなどの不安が透析患者やその家族に口コミで広がっている。
先取りして状況の把握と対策を練っておくべきである。
また、マスコミは、県からの特ダネ情報を先にとることに目を向けるよりも、そういうところで先取りして現場取材・検証し、政治や行政の対策を促すべきであろう。


渡航先による篩い分けと入院勧告からハイリスク者へのサメ[トへの切り替えを

2009-05-17 20:18:00 | 新型インフルエンザ
県はいまだ3か国からの帰国者のみが疑いの対象という枠組みを堅持している。
それ以外の場合は医師に疑うに足る相当の理由を求めており、事実上渡航歴が新型インフルエンザ検査へのネックとなっている。
元となっている国の症例定義が変更されていないからというのが理由であるが、これだけ渡航歴のない感染者が国内で発見されている中で、上述のような理由では県民の理解を求めるのは困難だ。
既にこの事態を受けて福島、岡山、大分、沖縄では渡航歴にとらわれず検査を行うという。現状にあっては常識的な判断である。
静岡県にあっても、せめて、状況把握のため、感染症定点での検体採取は行うべきであろう。
ただし、一番の問題は検査・発見体制ではない。
一番大切なのは不必要な不安の解消と真に相当の医療を必要とする人へのフォローだからだ。

検査で新型が見つかったとして、見つかるつど軽症者に入院の勧告や命令をしなければならない現状では国民の不安をただ煽るだけになりかねない。

そもそも、新型だったらどうしようという不安は意味がない。通常の季節性インフルエンザと病状の程度が変わらないことは国も認めている。治療法とて通常と新型で異なるところはない。
まずは、そのことを理解してもらうことが先決だ。これは現状でもなしうる国民への説明の基本だ。
その上で、妊婦であるとか基礎疾患があるとかいうハイリスク者について、感染防御や感染した場合の迅速な医療の確保を図るべきで、このことに重点を置くべきである。
医療のキャパからしても合理的なもと考える。

いたずらに感染者すべてに入院を命じたりする必要はない。
国は新型インフルエンザから5類の季節性インフルエンザ(ソ連型、香港型)同様のインフルエンザ(メキシコ型)へ、感染症法上の取り扱いを変更すべきである。

第2段階の国内発生早期へ

2009-05-16 22:57:00 | 新型インフルエンザ
国内で感染者が文字どおり見つかり、段階は「国内発生早期」に移行した。
国は早速この段階において構ずべき措置をまとめた「確認事項」を発出したが、これはさきにまとめられた「基本的対処方針」の柔軟で弾力的運用を具体化したものである。

おおむねこれまでの措置の継続または強化であるが、目新しいところでは「患者や農耕接触者が活動した地域等において」講ずべき措置が加わったことであろう。
現在は関西地域に集中しているが、ゴールデンウィークで人の移動が激しかったこともあり全国に広まっている可能性がある。
いつ、どこで見つかってもおかしくはないことになる。

発生当初に「どこにも旅行していないで発症が確認されたテキサスの2人の少年のようにかなり前からヒトヒト感染があって気付かずに既に国内に入って散発している可能性も否定できない」http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/382.htmlと見ていたが、それが現実になったとしてもあわてるようなものではない。

国も認めているように新型といっても季節性インフルエンザと同じ程度の感染力と症状だ。
にもかかわらず、特別な措置を行う表向きの理由は、①新型なので免疫もワクチンもない、②基礎疾患を有する者を中心に重症化する例が報告されている、③ウイルスについて未解明な部分がある、④ウイルスが変異する可能性があることなどであるが、早期発見で抗ウイルス薬投与により治療効果があるとしていることから、やや慎重というか対策として過大とも見える。
実際アメリカにも比べて杓子定規というか、ちぐはぐというか、大胆な方向転換が苦手のようだ。
未だに症例定義で「メキシコ、アメリカ本土、カナダ」に限定するというのもおかしなことだが、これこそ内心で承知している対策の過大性と無縁ではない。
インフルエンザ症状のすべてを新型と疑うべきが普通であるが、軽症含めこれらすべてに現在の硬直した過大な対策上の措置をとっていたら、行政や医療の負担というばかりでなく、返ってパニック的な過剰反応を誘発しかねない。

引き際、方向転換の見極めというものを決断できない今の日本の政治の悪い面が出ている。
もちろん、国追従でど素人の危機管理監ふぜいが指揮するような静岡県では大胆な方向転換はもちろん現実に即したオリジナルの対策もできない。
この際、専門的知識でも県の上を行き、独自の対策を早期決断実行している静岡市に正しい方向へとリードしてもらいたいものだ。
24時間電話相談も静岡市が県内最初に設置し、県がそれに追随したが、市が職員常駐なのに対し、県の24時間というのは日中だけ常駐で夜間は自宅にいる職員の一人への転送に過ぎないパフォーマンス、名目だ。入浴中などの空白時間が生じる。
県の難色にもかかわらず、渡航先を限定しない発熱トリアージセンターを設置するなど先進的取組(神戸の例を見れば先見的ともいえる)をしたのも静岡市だ。

県ばかりではなく国も冷静にといいつつ仰々しい。
結局、事件をパフォーマンス披露の場としか見ていない人間が指揮・決断すると悲劇的であるということだ。どこかで破綻する。

日本でも感染者が

2009-05-09 22:27:00 | 新型インフルエンザ
大阪の公立高校の教師と生徒ら3人の新型インフルエンザ(インフルエンザA)感染が確認されたという。
検疫で疑われ隔離されたので水際での防止ということになる。
厚生労働省のいうとおり純粋な国内発生ではなく、国内体制の変更はない。
しかし、国内での発生は時間の問題だろう。
問題はこれからだ。
弱毒型が確認され一部の識者からは海外に比べて過剰との意見も出される今、そろそろ見直しをすべき時期に来ているのではないだろうか。

発生初期からこれは本番(強毒型)前の予行演習だと述べた。(http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/385.html
確かに空港で足止めを去れた人たちには気の毒ではあるが、多くの問題点が浮かび上がった。啓発にもなった。
しかし、リスクが季節のインフルエンザと同じ程度かそれ以下と知れ渡った今は、帰国ラッシュ者が10日を経過する再来週当たりには通常の国民生活に戻す宣言をすべきであろう。

明日は出勤だ。
やるべき通常業務が山ほどある。
静かな一日であってほしい。

マスクの効果と選択

2009-05-06 23:22:00 | 新型インフルエンザ
新型インフルエンザ騒ぎでマスクが売れている。
ネット通販で上位は「N95」という(飛沫感染だけでなく空気感染も防ぐ)高性能マスクというから命にかかわるとなれば多少高くてもということなのだろう。
しかし、「N95」は一般の人が購入し日常で用いるべきマスクではない。
一般にお勧めする高機能マスクなら同じ不織布製の「サージカルマスク」だ。
理由は「N95]の正しい装着の難しさと、正しく装着した場合の呼吸のしづらさ、加えて、飛沫感染防止の上での違いの無さだ。
確かに「N95」はウイルスそのものが浮遊していたとしたらその侵入を防ぐに優れるが、それは正しく装着してのこと。そのチェックのためのフィッティングテストの機材まであるくらい慣れが必要で、大抵はマスクと皮膚の間の隙間から空気漏れが出るものだ。(空気感染の意味は無い)
その上、正しく装着すれば、長時間装着や走ることはもちろん、車の運転もつらいくらいだ。
あくまで閉鎖空間で対面で診察したり問診する際に一時的に装着する医師などが用いるべきものと考えた方が良い。
そもそも、口だけ空気感染防止用の高性能のマスクを装着しながらゴーグルもしないで目の粘膜をさらしていたら「頭隠して尻隠さず」というものだ。
私が個人で備蓄しているのももちろん「サージカルマスク」、ただし、ドロマイト入りの抗ウイルスタイプのマスクだが。

マスクの効果についてはかつてのスパニッシュインフルエンザの際にも話題となり、効果がないとまで言われたこともあった。
これについて、流行後に記録された内務省衛生局編「流行性感冒」によると、「マスクは病原菌吸入を防ぎ得るとするも尚之以外の伝染路を注意せざる可らず。汚手、日用炊飲食器、料理店に於ける飲食器具、不衛生食物、回転タオル、病毒付着せる食物等は本病の一般媒介なり。」とある。(ちなみに、当時でさえ「ガーゼはマスクの材料としては不完全なり。」との記述あり)
マスクをしていれば安心とばかり、外す時に表面を手で触れて、その手で何かを食べれば何の意味も無い。
マスクと手洗いは基本中の基本、それ以外にも注意すべきことはあるのであって、(防護服やゴーグルなどの)完全防備なしでの「N95]は気休め、一歩間違えれば油断の原因でしかないのである。