「県政オンブズマン静岡(静岡県庁の光と闇)~よりよき未来のために~」管理人のブログ

注)teacupブログから移転の2022年5月以前の投稿には、文字コードの違いから多くの文字化けがあります。

乗数効果を知らない財務大臣を笑えぬコストベネフィット分析を知らない静岡県知事

2011-02-25 21:00:00 | 川勝平太語録
今日の毎日新聞の「富士見の祭典 知事、効果の検証表明 「どうやって…」戸惑う職員」という見出しの記事。
川勝が県議会で県議の質問を受け富士見の祭典の「コストベネフィットにおける費用効果、費用対効果があったかということについてもいずれ報告を」と答弁してしまったことについての記事であるが、この答弁からはっきり分かるのは川勝平太はコストベネフィットアナリシス(CBA)と経済波及効果が全く別物であるということを知らないという事実である。
まして、コストエフェクティブアナリシス(CEA)との違いもちんぷんかんぷんに違いない。
一方の役人(職員)はもちろんその違いを知っているので見出しのような戸惑いが生じる結果となったということである。
川勝は答弁の中で、
ツインメッセで行われた食の祭典の延べ来場者37,000人を引き合いに出し「1人が1,000円使えば3,700万円になる」として効果の例を示したが、これは経済波及効果における「効果」概念であってCBAにおける「便益」やCEAにおける「効果」とはならない。

具体例としては、静岡空港の開港前に県が発表した経済波及効果は開港初年度で556億円であるが、CBAにおける費用対効果(B/C)は国内線のみで投資額117,458百万円に対して便益計156,912百万円で1.34というものだ。(県による空港事業の費用対効果分析⇒aircba.pdf
ちなみに、費用と便益の均衡点は利用者にして86万人であるので、現在の静岡空港は63万人程度なので空港事業は費用に対して効果が無かった事業という評価となる。

そもそもCBAにおける便益(効果)とは社会的に実質的な厚生の利得をもたらす場合にのみ便益として計上できるのであって、しかも、その便益は将来にわたって予測されるものをすべて現在価値に割り引くという作業も必要となる。
経済波及効果では来場して1,000円の食事をしたら計上できる(http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/742.html)が、これはCBAでは利得とは認められないのである。
川勝の例でいえば、37,000人が1人1,000円使ってもそれは単なる消費であって生活の質の向上などの社会的厚生の利得が生じなければBCAでは効果ゼロとなるのである。

川勝は「心に訴えた効果」があるとも言っているが、どのようなものであれBCAにおいては、貨幣価値に換算しなければならない。そしてその測定には消費者余剰の概念が用いられる。
つまり、CBAの計算とはそれほど容易な作業ではないのである。
「県の担当者は「簡単ではない。どのような方法で調べられるのか検討したい」(毎日新聞)と、職員が戸惑うのも無理からぬことなのである。よほど手抜きをしなければ前添付の空港事業のような費用効果分析を一月や二月で出せるわけがない。

まあ、そうはいっても、要求する方が「もの知らず」なのだから、職員にあっては経済波及効果でも出して与えておけば、殿御満足であろう。
ただし、その場合の効果が費用を上回るのは当然だ。
税金で10万円のフルコース料理を10人に提供したら直接効果だけで100万円の消費が生じるからだ。経済波及効果では誰が出費したかは問われない。税金で出そうが効果に計上されるのである。
県民にとっては、まったく無駄な事務コストである。
愚かなリーダーを持つとコストがかかるのはどこも同じだが、
結局それが川勝県政のレベルに相応ということだ。

信じたい奇跡と信じられない妄想

2011-02-24 22:25:00 | ノンジャンル
ニュージーランドでがれきの下になった人たちの救出活動が続いているが、72時間の壁が迫っている。
ただしその壁以降でも救出された例は過去何度か目にし、多くの悲しみの中にあって、奇跡として感動をよんできた。
是非あきらめずに救出活動を続け一人でも多くの人を救ってほしいと祈る気持ちだ。
さて、昨日のふじのくに教団のばか騒ぎについて今日の新聞各紙が伝えている。
まず朝日新聞であるが、「川勝知事は上機嫌 」という小見出の中で式典やクルーズの中でのはしゃぎぶりを紹介、「関係者からは「少しはしゃぎすぎでは?」との声も聞かれた。」としている。
産経ニュースでは、「県によると、富士山の日にちなんだイベントは277件行われた。しかし、実際にはこじつけのように感じられるイベントも少なくない。」として第50回を数える伝統あるイベントにふじのくにを冠してこじつけた例を取り上げ、「開会式で天野進吾県議会議長は「50回が終わったばかりで51回を行うことにいささか疑問を持つ人もいるかもしれないが、川勝知事の思いがここにあるとご理解いただきたい」とやんわり皮肉った。」と紹介されている。

周囲の心配をよそに川勝自身はというと、
「川勝知事は式典後、記者会見で費用対効果を問われると、「最善の準備を尽くして臨んだ。人の心を打ったということは大きい」と自己評価した。」(毎日新聞)とのこと。
その時に近くにいたら、普段の癖で「人じゃなくて君が頭でも打ったんじゃないのかね」と返しているところだ。

「さらに、「国民運動を狙っている」と言い切り、今後の展開に強い自信を見せた。」(同)とのことだが、あの偏向した価値観に満ちた教義(宣言)を見たら、信じられないし信じたくない奇跡ならぬ妄想だ。

ちなみに公務員は個人の尊厳から派生する価値観を基にした思想信条の自由を保証する日本国憲法の尊重・擁護を宣誓している。
県庁役人といえども、まちがっても公務として県民に川勝の宣言にある集団主義思想を押しつけることはない、はずなので心配はいらない、と思う。教祖平太の道楽と思って聞き流せば「よし」だ。

日本国民の悲報が続く中、ふじのくに教団内ではお祭り騒ぎ

2011-02-23 22:55:00 | ノンジャンル
昨日のニュージーランド地震の被災の状況が今日は続々と伝えられ、邦人同胞が未だ多く安否確認できていないそうだ。
中には救出されても足を切断された19歳の富山の学生もいるそうだ。

静岡県といえば地震防災の先進県というイメージだが、このように被災してからの救助に関しては遅れている。他県からの救助頼みだ。
政府が緊急援助隊を派遣したが、こういう時に真に先進県ならば被災者救助に貢献すべきところだろう。
さて、こういう悲しみの国情の中で日本国民とは思えないお祭り騒ぎのふじのくにとかいう集団が県内にあり。
このふじのくにの士民代表とか称する教団教祖川勝平太であるが、ふじのくに教団内には被災者はいないと判明したこともあってか、富山県をはじめとする日本国国民の犠牲などお構いなしとばかりに昨夜からの飲めや歌えやの大騒ぎ。もちろん税金で。

あいかわらず東京政府がどうのこうのとの批判してのふじのくに建国論も飛び出したそうだが、そのような批判をしたり虚勢を張る前に、せめて地震対策先進県らしい実力を備えるべきであろう。
経済効果や財源捻出額などは鉛筆をなめてごまかせても、実力というのは東京都のハイパーレスキュー隊(今回の政府の緊急援助隊にも派遣)のように実効性を示してこそ認められるものだ。

腐臭漂うふじのくに教団

2011-02-22 21:15:00 | ノンジャンル
夕方の県内ニュースでは、県議会で自民改革会議の議員から県発表の財源捻出額の水増しを指摘され知事が血相を変えて反論する場面が映し出されたが、県の定義する「水増し」が一般常識と同じかどうかはともかく、何をいまさらという感も強い。
大体が事業仕分けで廃止して財源捻出に計上し名前を変えて復活という手口は国でも同様でいわば国民周知の水増し成果(過大広告)であり、これ以外に水増しが無いなんて誰も思っていないだろう。
また、昨日の議会では「天下りは徹底的に禁止します」とマニュフェストに書いて当選した川勝平太が「職員が定年退職後に公務で長年狽チた経験や知識を生かして活躍すること自体は本人のみならず地域社会にとっても良いと考えている」(静岡新聞)などとして天下りを事実上容認するかのような発言まで飛び出した。実際公募しても採用されるのは県OB(http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/671.html)という始末では公募も隠れ蓑でしかないではないか。
今や詭弁、水増し、過大広告はふじのくに教団では一大文化のようだ。
期待(http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/422.html)は夢と消え第二幕絶好調ということである。

さて、今日の毎日新聞で報道のとおり、沼津駅周辺鉄道高架化事業の検証作業中の有識者に公開質問状を送っていた(http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/727.html)問題で、県の中井淳一都市局長が各委員に対して「公開質問状に対する回答は不要である」との文書を郵送していたことが昨日判明した。
その理由というのが滑稽だ。

「県は「委員には客観的、科学的な見地から、自由に議論してほしい。回答は精神的なプレッシャーになる。」と説明している」(毎日新聞)

客観的、科学的見地であるならば、公開して何の不都合があろうか。
むしろ積極的にオープンにすべきであろう。

回答できないというのは、結局は空港の需要予測で「専門家」と「最新の予測手法」というのを金看板としたように「専門家」と「客観的、科学的な見地」で主観を押し通そうとしていることの証左であろう。

さて、この客観的、科学的な見地から検討していると称する有識者会議のトップの森地茂であるが、私も気付かなかったのだが現在、財団法人運輸政策研究機構の常勤の副所長にして運輸政策研究所長であるとのことだ。

この「財団法人運輸政策研究機構」こそ、あの過大な静岡空港の需要予測を受託した国の天下り法人である。

そして、森地茂が空港需要予測を是とした専門家であることはここでも既報(http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/605.html)であるが、その是としたのは国の選任した専門家として中立的立場で行ったものであるはずである。
それが今や需要予測を是としてもらった恩義なのか成果なのか分からないが、自身が評価した需要予測を作った法人の役員に収まっているというのは呆れるばかりの構図である。
ちなみに、会長は非常勤の国土交通審議官であることから事実上のトップというのもお手盛りだ。
役人と御用学者の蜜月が続く限り「専門家」などというのは元から疑ってかかるべきである。

墨塗り非開示の下は、・・・ほとんど空欄だった

2011-02-20 20:04:00 | 近況活動報告

不正経理の調査書類について、初回は非開示だった(http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/705.html)物品名が異議申し立て後に開示となった(http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/722.html)ことは報告したが、先週これに基づき再度県で閲覧をしてきた。
写真の文書はその閲覧文書であるが、前回の閲覧時は中央の空欄の目立つ「帳簿品名」欄が写真最左の業者名欄同様墨塗りだったのである。
県の理屈としては、県は注品名と同じだったから空欄とのことであるが、なぜ空欄を墨塗りする必要があったのか(そもそも、元から空欄だったのかも)疑問である。
いずれにしろ、他に不正が無かったかの検証は不可能であった。

ただそれよりも問題なのはさきに公表された全庁会計調査結果報告書の記載内容である。

写真の部分は浜松工業技術支援センターの平成19年度の一部分であるが、報告書内には「備品相当品(表面処理関連装置、パソコン等)計865,924円を納入させ、試験研究用消耗品を購入したとして支払ったもの(平成19年度)」とあるのみで、写真の66,675円の「セイコー電子辞書」や110,250円の「書籍」や52,290円の「デジカメ」については一切触れられていない。
これについては、報告書の中では不正の量の多い事務所にあっては全部記載しきれないとの言い訳もあろうが、以下の清水技術専門校の記載を見るとそれが詭弁と分かる。

清水技術専門校については平成16年度(2件)、17年度(2件)、18年度(1件)の3か年で5件の差替え不正があったのみであり報告書の余白も十分あるのであるが、実際の差替え事例の調査結果の記載は以下のとおりである。
「・差替え5 件149,818 円は、①ゴム印等計54,760 円を納品させ、フロッピーディスク等を購入したとして支払ったもの(16 年度)、②備品相当品(ねじ切器)73,500 円を納品させ、実習用具を購入したとして支払ったもの(17 年度)などである。」(※下線はこちらで付けたもの)
なぜ18年度は記載省略なのか?

当初の非開示の際に「調査結果報告書(知事部局)の中で「等」や「など」として伏せているものが私的に使われた物品でないということは確認のしようがない」(http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/705.html)としていたが「など」はやはり曲者だ。
平成18年度は「PPc用紙と称し、「頭痛・胃腸薬・風邪薬」を購入していた」と付け加えるべきものが伏せられていたということである。

以前にも述べた(http://navy.ap.teacup.com/hikaritoyami/173.html)が、役所の「等」や「など」は疑ってかかるべきなのである。

さて、県は不正経理防止策の柱として「集中」調達化を出先単独事務所に拡大するとしているが、では実際既に集中調達としている総合庁舎で不正が無かったのかといえば、そんなことはない。

例えば県の調査結果報告中の東部健康福祉センターの
「一括払い1 件、26,132 円は、会議用のお茶ペットボトル計4 回、計26,132 円を納品させ、インクカートリッジを購入したとして一括まとめて支払った」の例であるが、これは集中化の下で行われている。
しかも、報告書では会議用となっているが、216本ものお茶が4回の会議で必要だったのか?本当に会議だったのか?
閲覧した公文書からは確認できない代物だった。

また、同じく集中調達化している沼津土木事務所の例では県の調査結果で私的「印鑑」が購入されていたことが報告されているが、これが集中調達で発注の「乾電池」での差替えであることは記載されていない。
集中調達といってもしょせんは身内意識の中での慣れあい。これで防げるというのは幻想であり、県の「アリバイ作り」である。
そして、県の報告書から分かることは、真実からできるだけ目をそむけ、県民よりも身内を擁護する姿勢。結局、県の調査自体もまた「アリバイ作り」であったのである。

変われないし変わらない行政。
このままでの増税路線は彼ら役人たちの変革とは逆方向の温存療法となるだけである。