某証券会社新宿支店副支店長時代のお話です。確かあのお客様のご自宅はJR中野駅からバスで20分程のところにあったと記憶しています。
ご自宅までのアクセスが悪いこと、どうやら理屈っぽくて面倒、殆ど取引がなく支店の収益に貢献しないということで、アル中の支店長は嫌がらせ気味に私に割り当てたお客様です。
前任者が書いたいい加減な地図を片手にようやく辿り着いた先は豪邸で、インターフォンを押す際に緊張したのを覚えています。と言いましてもアポを入れて行きましたから門前払いということはありません。
程なく出てきてくれたご主人は温厚で上品、理知的な感じの方でしたので「こりゃぁ、アル注支店長が最も苦手なタイプだな・・・」が第一印象。
その日は取引の話やセールスなど一切せずに私のことを話し、ご主人のお話をじっくり聞かせて頂きました。
一時間後、帰り際に「朴さんは証券マンっていうより銀行マンっぽいですね。なんか安心しました。またいらしてください・・・。」と言って下さいました。
そう、それから2週間後にまたお伺いしたんですね。ご主人とリビングでお話をしていたら、一緒に住んでいるという当時4歳くらいの可愛い女の子、お孫さんがリビングに顔を出したのです。
ニコッと笑って会釈をしてそのまま冷蔵庫へ向かいます。
その動きを追っていると、どうも右足が不自由の様子。そんなことご主人に聞けませんので見なかったふりをしていましたら、ご主人が突然話を始めます。
「朴さん。孫なんですがね、気が付きましたか?足を引き摺っているでしょ?あれ、怪我させたのは私のようなものなんですよ。今よりもっと小さい時、つかまり立ちを覚えた後に、ようやくひとりでもふらふらと歩けるようになるでしょ?そんな時に孫がですね、そこにあるテレビに捕まっていたんですね。捕まっていたというより登ろうとしていたんです。まあ、子供は軽いからテレビなんて引っくり返らないだろうと思ってそのまま見てたんですよ。そうしたらどうしたことか、そのテレビがゴロンと台から転がり落ちてきて、孫のですね、孫の膝の上に落ちてしまったんです。骨が折れてしまって膝も砕けてしまって・・・・ 私が注意していたらそんなことにはならなかったのに・・・・」と語りながら泣いていらっしゃるのです。
可愛い孫が自分の不注意で一生足を引き摺って生きてくことを余儀なくされたといく話を私も泣きながら聞いていました。
「朴さんね。これからあなたと取引させて頂くものはね。いずれ全てこの孫に引き継いでいくものなんです。それくらいしかできないからね。朴さん、宜しくお願いしますよ。」と深々と頭を下げてくださいました。
そしてお話頂いた通りにまとまった資金を私に預けて頂いたのです。アル中支店長はびっくりです。
それから3か月後に退職を告げるためにご自宅へ伺いました。ご主人、大変残念そうにして下さいました。奥様も上品で優しくて大らかでとても良い人でした。
本当にありがとうございました。