車両の顔の第43回です。
今回のお顔は・・・
![イメージ 1](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/3f/bfe36e306ed2bf490ca4dd2dc900dc22.jpg)
クモハ43810です。
1937年8月、半流の前面と第2次流電の側面を併せ持つ『合の子』
クモハ43039として製造され、新製配置は宮原。
その後は、宮原から出たり入ったりを繰り返し、1950年9月には鳳電車区へ転属。
この時、一緒に移動となった040、041がモーターの出力を増強され、後年には
伊那松島で人気者となるクモハ53007、008でした。
何故かこの039だけは出力増強をされず、1958年2月に3両揃って飯田線伊那松島機関区へ。
さらに1965年3月、身延線へ転属のため低屋根化改造が施され43810へと改番。
最後の転属で、1975年3月北松本支所へとやって来ました。
クモハ53007と008は2回の転属しかないのに対し、43810は9回もの転属があったようです。
この違いは、何だったのでしょうか・・・
それよりなにより問題は、この車両の唯一まともな写真が、この正面写真のみという事です(涙)
北松本支所訪問4回目にして、やっと出会えた43810でしたが、この時は夕方の訪問で
光線は悪く、両側に車両が停まっていたため、流麗なサイドの写真が撮れません。
仕方なく真っ正面から撮影しただけでした。
『また会えるよね・・』と呟きながら電車区を辞したものの・・・
結局その後、この車両と出会う事はありませんでした。
撮影は1979年3月27日でした。
今回のお顔は・・・
![イメージ 1](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/3f/bfe36e306ed2bf490ca4dd2dc900dc22.jpg)
クモハ43810です。
1937年8月、半流の前面と第2次流電の側面を併せ持つ『合の子』
クモハ43039として製造され、新製配置は宮原。
その後は、宮原から出たり入ったりを繰り返し、1950年9月には鳳電車区へ転属。
この時、一緒に移動となった040、041がモーターの出力を増強され、後年には
伊那松島で人気者となるクモハ53007、008でした。
何故かこの039だけは出力増強をされず、1958年2月に3両揃って飯田線伊那松島機関区へ。
さらに1965年3月、身延線へ転属のため低屋根化改造が施され43810へと改番。
最後の転属で、1975年3月北松本支所へとやって来ました。
クモハ53007と008は2回の転属しかないのに対し、43810は9回もの転属があったようです。
この違いは、何だったのでしょうか・・・
それよりなにより問題は、この車両の唯一まともな写真が、この正面写真のみという事です(涙)
北松本支所訪問4回目にして、やっと出会えた43810でしたが、この時は夕方の訪問で
光線は悪く、両側に車両が停まっていたため、流麗なサイドの写真が撮れません。
仕方なく真っ正面から撮影しただけでした。
『また会えるよね・・』と呟きながら電車区を辞したものの・・・
結局その後、この車両と出会う事はありませんでした。
撮影は1979年3月27日でした。