素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

志の輔の『柳田格之進』の余韻のあるうちに、大須演芸場での志ん朝のものと聞き比べ!

2013年08月03日 | 日記
 ひょんなことから素人落語にのめり込んでいく33歳独身OL吉田江利と彼女を取り巻く人たちを描いた落語小説『こっちへお入り』(祥伝社文庫)の中に、「子別れ」を巡って、江利と恋人の旬とでこんなくだりがある。(P240~P243)

 かつては江利が一方的にしゃべり倒していたものだが、いつのまにか、旬が応酬してくるようになった。テーブルの上にはもはや、やりかけの翻訳のノートも原書も辞書もない。ときには食べる手を止めて、旬は熱心に話す。

 「人情噺って、もっとベタベタしてるかと思ってたけど、志ん朝ってクールだね。泣かせる話なんだろうけど、父親も子供もあんまりメソメソしてなくて」
 別れて三年後の父子再会の場は、「子別れ」の聞かせどころだ。母と子が身を寄せ合って暮らしている様子を聞き、安心しながらも申し訳なさで言葉を失いかけた熊五郎だが、子供の額にできた傷を見とがめる。
 聞けば、それは遊び仲間の横暴でつけられたものだという。母親は怒り、掛け合いに行くといきり立つが、相手が日頃仕事をもらっているお屋敷の子供と知ると、我慢しておくれと息子に言い聞かせる。
 不甲斐ない父親のせいで、小さい息子が理不尽を耐えている。熊五郎は改めて我が身の罪深さを知り、涙にくれるのだ。しかし、愚かながらも残る父親の意地で「泣くんじゃねえ」と子供を励ますのだが。
 「おとっつぁんだって泣いてるじゃないかって軽くかわして笑いをとるところなんか、カッコいいと思ったよ。愁嘆場をじっくりやるのって、照れくさいだろうな。江戸っ子だね。」
 にわか仕込みのくせに、旬はすぐこういう批評家みたいな口をきく。
 「そこなんだけどね。小三治のは、また違うのよ。父親が泣くのは一緒だけど、子供は泣かないの。笑うのよ」
 「笑う?」
 傷のことを訊かれ、亀吉(志ん朝版はきん坊)は「これ?」と額を押さえる。そして、いたずらをみつかったように「テヘッ」と笑う。
 それから、金持ちの坊ちゃんに叩かれてできた傷だが、母親に我慢しろと言われた経緯を、含み笑いを交えながら物語る。
 「おっかさんがそう言うからさ、とっても痛かったけど、アハ、我慢しちゃった!」と、突き抜けたような明るさで締めくくられ、熊五郎は嗚咽する。
 「すまねえなあ。おまえにまで、そんなつらい思いをさせちまって」
 詫びの言葉が絞り出され、そして声を励まして「泣くんじゃねえぞ」と父親振る。すると亀吉は、すらっと答える。
 「あたい、泣いてないよ」  涙の一粒もない、乾いた口調だ。
 この笑いながらの説明が、江利にはたまらない。

   (中略)

 「なるほどなあ。ずいぶん違うね」
 「でしょう。わたし、ずっと小三治原理主義者だったけど、聞き比べる面白さに目覚めかけてるのよね」
 たとえば、思いがけず父親にもらった五十銭のお小遣いで買いたいものが、きん坊は鉛筆、亀吉は靴だ。
 鉛筆と靴。この差は大きい。


 引用が長くなったが、こんな感じで柳家系と志ん朝の表現の違いにふれる場面が随所に出てくる。この小説を読んだ時「聞き比べ」ということに関心を持った。かといって評論家や学者ではないのでわざわざ「聴き比べ」のための聴き比べはしたくない。また、噺がしっかり沁みこまなければ「聞き比べ」なんてできっこない。

 ようやくその機会が訪れたという感じ。昨日の志の輔の「柳田格之進」は体に沁み余韻が残っている。大須演芸場という一味違った場での志ん朝のライブ版の「柳田格之進」がある。朝の水やりをしながらウォークマンで聞きなおした。

 大筋とポイントの会話は一緒だが、入り方からオチの場面までの設定などがずいぶん違う。細かな所では柳田を見つけた丁稚へのご褒美が5両と3両、出世した柳田の石高が150石と500石など微妙な数字の違いがある。どちらがどうのこうのと言うつもりもない。「聞き比べ」の面白さを純粋に楽しんだ。落語の世界もまた深い。 

 

 
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