素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

紅白の騒々しさにギブアップ

2013年12月31日 | 日記
 年々紅白の演出過剰にはついていけなくなってきたが、今年は最初からギブアップ。そこで20時からEテレであった♪N饗‟第九”演奏会♪とその後の♪クラシックハイライト2013♪を聴きながら志摩の実家に帰っていた間の「余禄」を書き写すことにした。

 28日は「くしゃみ」の話。インフルエンザがぼちぼち流行り出したみたいである。くしゃみの数による占いが紹介されていた。「一誹り・二笑い・三惚れ・四風邪」とのこと。誰かにほれられてしまったという三つでくしゃみは収めよう。
 
 29日は2015年の世界文化遺産登録を目指す「軍艦島」(端島)の話から《長い時間軸で、私たちにとって何が大切かを考えること》の勧め。地球を137億年の軸で考えたり、日本を1400年の軸で考えることを試みてきたが、来年も引き続きと決意を新たにした。
 
 グアム島で起きた無差別殺傷事件の被害者の一人である茨城県潮来市の横田美智子さんのその後について書かれた30日の余禄は生き方というものを改めて考えさせられた。

 31日は、恒例の今年を振り返る「いろはカルタ」である。黙々と書いていた私が急に「ホ~」とか「巧いな」とかつぶやきニヤニヤしたり、「これは何のことやろ?」と自問したりし始めたので、古い年賀状を整理していた妻に「大丈夫?」と怪訝な顔をされる始末。
 私のお気に入りテン
【い】1票のお・も・み・な・し
【へ】辺野古に移設推すプレイ
【と】飛ぶボールで飛んだクビ
【か】カネは刷れ刷れ黒田節
【や】辞めた直樹と沸いた直樹
【ふ】不肖の息子に困ったもんた
【こ】午前に飛んでもPM2.5
【え】えだわかれの新党くっついた新島
【き】競技場は五輪霧中
【ひ】悲願の参拝なぜ今でしょう


 退屈しない1年であった。
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「イ・カ・リ・ザ・ヤ・チ」並べ替えて意味ある言葉に

2013年12月30日 | 日記
 昨夜、「さあ寝に行こうか」という時間になって、突然父親が「クイズをやっていなかった」と言い出した。何のことか分からない私であったが、母親はすぐに片づけてあった新聞を父親に渡した。実家で購読している中日新聞は?サンデーQuiz&Puzzle懸賞!というコーナーが毎日曜日あり、☆並べ替えクロスワード☆★間違い探し★☆数独☆★漢字クイズ★が出題されている。父はいつも☆並べ替えクロスワード☆にチャレンジしているみたいだ。

 7×7のクロスワードだから、数分有れば埋めることができるので手頃みたいである。②のタテの答〈ハンザワ直キ〉は知らなかったみたいで教えた。それじゃ電気とエアコンを消してとなるはずが座ったまま考えている。クロスワードの中の指定された6文字「イ・カ・リ・ザ・ヤ・チ」を並べ替えて意味ある言葉にできないというのだ。ギブアップ宣言して母と私にまわしてきた。勘ピューターよろしく6文字の組み合わせを変えていく。理屈では720通りの中にある。2人とも思いの外苦戦。「新年を迎える準備、これは避けたいもの」というヒントがあると言う。

 それならこの組み合わせかと私が思いつく「イ・チ・ヤ・カ・ザ・リでも、こんな言葉あるのかな?」と自信がない。すると母が「ある。ある。」と思い出したみたいで「門松などを元日直前の大晦日(おおみそか)に飾りつけると、年神さんに対して誠意に欠け、葬儀の準備を連想させるとして嫌がられると聞いたことがある」と嬉しそうに解説。「そういえば、大掃除も28日ぐらいには終えてというのも聞いたことがあるわ」と私。「まあ余裕を持ってしろ。ということかな」と母。一夜漬けの勉強が得意だった私にはこの話が発展していくことはよろしくないので「明日、しめ縄飾ったら一夜飾りセーフやな。せっせと掃除済ませるは」と締める。父もスッキリしたみたいで「90年近く生きても知らん言葉はまだある。知らんだな」と言いつつ立ち上がる。

 このおかげで今日の片づけは集中して早く終えることができた。それで3時過ぎには実家を後にして大阪へ戻ることになった。明日からのことは弟にバトンタッチ。さすがに交通量は多かった。名古屋方面は渋滞表示が出ていた。時間が経つにつれ渋滞の距離が延びていた。大阪方面は順調に流れていたので18時30分に到着できた。

 このまま何事もなく年越しができたらと願う。明日はカレンダーを付け替えるぐらいで、少しゆっくりできそうである。天気の方がここ数日安定していてくれて助かった。

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少子化事情

2013年12月29日 | 日記
午前中は浜島の叔父の家にご機嫌伺いに。どうしても病気の話から高齢化社会のことが話題になってしまう。どんどん若い人の荷が重くなっていくと話していると、叔母が浜島小学校の1年生は6人になってしまったと嘆く。統廃合をして一つの小学校にまとめスクールバスで全地域回っての6人だという。これでは高齢化社会を支えるなんて無理だと悲観的。そういえば母が今年の上之郷地区の出産は一人と同じように嘆いていた。
午後、弟が娘夫婦と一緒に立ち寄った。2歳と2ヶ月の二人の子供がいる。ぐっと雰囲気が変わった。そこでも少子化の話になる。浜島での話を出すと的矢の小学校も中学校も廃校になったと弟が言った。私の母校の文岡中学校に通学している生徒はタクシーを使っているとのこと。知らぬ間に少子化の波で変化しているのだと実感した。
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殻つきの牡蠣はまた違う

2013年12月28日 | 日記
心配していた雪は伊賀付近で路肩にうっすらあった程度であった。途中、加太トンネルを抜けたカーブの多い下り坂で追突事故があり、その事故処理の車線規制で自然渋滞があっただけで順調に走ることができた。
今回は息子と二人での帰郷。息子は仕事の関係もあり10年余り志摩に行っていない。私が帰るたびに両親から元気かと訊ねられていた。孫には格別の思いがあるのだろう。
今日は殻つきの牡蠣が用意されていた。殻をむくのが結構面倒なのでいつもは剥き身だが、今日は特別。頑張って剥いた甲斐はあった。やはり美味。シンプル イズ ベストである。
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我が家の掃除は一段落、明日からは実家の掃除

2013年12月27日 | 日記
 今日も冬空の寒い一日であった。外に出ることもなく片付けと掃除にいそしんだ。おかげでスッキリした気分で明日から志摩の実家に行くことができる。しかし、夜の天気予報を聞いて「オイオイ、何で?」となった。九州から北海道まで雪マークがついている。今日以上に気温も下がり、荒れた天気になる可能性が高い。情報に敏感にならねばと少し気が引き締まった。

 今日の余禄は「首相の靖国参拝」にふれていた。2つの言葉が印象的だった。

1つは、昭和天皇がA級戦犯合祀への不快感から靖国参拝をやめたというくだりで紹介されていた御歌
     「この年のこの日にもまた靖国のみやしろのことにうれひはふかし」 

もう1つは、最後の締めくくりの部分

 一国の指導者の決断で重要なのはその心情の善悪ではない。決断の結果を自分らの運命として受け入れねばならない国民に対する責任感にほかならない。 

 
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