Men's wear      plat du jour

今日の気分と予定に、何を合わせますか。 時間があれば何か聴きましょう。

年始め

2022-01-04 | 映画
新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

例によって三ヶ日は駅伝三昧。
好調が伝えられてた選手が力を発揮できなかったり一年生が大活躍したり、昨年ほど分かりやすくなくとも今年も筋書きのないドラマが展開されました。
それ以外の時間に近所にお詣りに行ったり少し電車乗ったりでゆっくりでもなかったですが、その間も駅伝の余韻を引きずってたので4日に駅伝がないのが寂しいくらいです。

例年思うことですが、精一杯走って襷を繋ぎまだ余裕のある選手も中にはいますが、悶絶というか昏倒というか精魂尽きる選手も少なからずいます。
その倒れこむところまでカメラがまわり込むのはどうかという気がします。
それまで精一杯走る姿を見せてくれたのだから、決してカッコいいとは言えないところまで映すのはもういいんじゃないかな。
武士の情けでござる...と思います。

昨年後半、片付けをしていたらもう観ないVHSが後から後から出てきました。
たいていのはDVD等に買い換えてきましたが、その後開封してなかった一部を観たら仕事始めとなりました。



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オーバーコート

2021-10-27 | 映画
先日、寒気が入って12月中旬の気温という日がありました。
偶然「ペン偽らず 暴力の街」(1950)というちょっと変わった作りの映画を観たら、他ので顔は何度も見たことがありますが名前を知らない俳優さんがなかなか良いコート姿だったので画像を撮りました。

後から調べると清水将夫さん(1908~75)という方で、最近コンスタントに古い映画を観ているせいかよくお顔は見ていたので意外でしたが、だいぶ前に亡くなっています。
亡くなられた年齢より老けた役のイメージが目に焼き付いていて、この作品での若々しい姿が後年のイメージとなかなか重なりませんでした(3,4枚目の画像に後年の面影があります)。

役柄としては良くありませんが、改心してゆく様が人柄のせいか容貌のせいか好ましく見えるくらいで、ヘリンボーンのオーバーコートの合わせもきまっています。







コートの下はシングルピークのスーツにセーター(あるいはヴェスト)を重ねタイはグレンチェック、と日本ではちょっと珍しいくらいこちらも良い感じです。
いずれも真新しさがないところがリアルで、作品の性質上もしかするとご本人の普段の衣装かも知れません。



少し前に書いた「美徳のよろめき」の三國蓮太郎さんのコート姿といい、ところどころに眠っているお宝があってあなどれません。

映画自体は服飾とまったく無縁の硬派な作品です。
Comments (2)
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28年ぶり

2021-08-08 | 映画
先日、ヴィム・ヴェンダース監督"Paris, Texas"撮影中のオフショットをいくつか上げている方がいました。
記憶の中では索漠として救われない印象だっただけに、当たり前かもしれませんが、シーンに映らないところで皆んな楽しそうにしている様子に36年越しで救われた思いです。

また、大映作品シリーズのDVDに付いてくるオマケみたいなものに当時のスタッフの方々にインタビューした画像があって、例えば市川雷蔵さんを良く知る方の証言で普段の様子が語られていました。



その中に、雷蔵さんがイタズラをして撮影の合間に山本富士子さんに乗っかって、「アレ〜、助けて〜」なんて山本さんの声が聞こえて来てねぇ、雷蔵さん悪いんですよ、なんて話があります。
「眠狂四郎」第5作で中村玉緒さんにのし掛かるシーンの練習をしてた訳でもないと思いますが、普段の姿はその辺りにいてもまったく気づかれないくらいだったというのに撮影に入ると別人のよう、という面白い人だったそうです。


(この撮影の合間でしょうか)

少し前の事ですがお誘いいただいて待ち合わせた店に行くと、知らない方が一緒にテーブルにいました。
その知らない方が立ち上がって「お久しぶりです!」と言われたことに驚きながら眼を覗き込みましたが、まったく心当たりがありません。
名乗ってくれたので「あの人かな」というところまで漕ぎつけ、マスクを外してくれてようやくご本人と分かりました。
昔たまに行く店のカウンターで出会った同業の方で、「28年ぶり」とのことです。



その頃はまだ雷蔵映画を観てなかったから気づきませんでしたが、その人がちょっと雷蔵さんの鼻筋を太くしたりアレンジしたような顔なんですね。
こちらのことは棚に上げて、28年前に戻って相手が変わっているのをイジったり、その人の武勇伝を思い出して懐かしく語り合いました。
時系列で伺うと当時知らなかった話がたくさんあり、今は私と正反対にカジュアルなものを作る会社にお勤めで、こんな時勢ですから大手の抜けた部分を補ってお忙しいそうで、それを聞いたので良い日になりました。
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牡丹

2021-05-29 | 映画
外国の女優さんに触れたので、最近観ているという邦画から。
邦画をほとんど観てこなかったという話には、大人になってからですが例外があって、それが勝新太郎作品「座頭市」とか「悪名」シリーズでした。
ですからシリーズもので一番観たのはダントツで勝新映画で、それに続くのが少し離れて市川雷蔵「忍びの者」「眠狂四郎」シリーズ。
それからまた間が空いて、「緋牡丹博徒」シリーズ7作。

フジサンと言っても、もちろんマウント・フジではありません。
藤純子(その頃の表記)さんはその頃20代真ん中だったそうで、劇中「器量好しで度胸よし」と煽てられるシーンがありますが、落ち着き具合はとてもそうは見えません。
亡くなった太地喜和子さんが、富司さんの娘さんに「お母さんの若い頃の映画見ない方がいいわよ、やめたくなっちゃうから」と言ったとか言わないとか。
毎回メンバーはほとんど一緒ですが、その中で一番いいのは毎回役どころが違う待田京介さんです。
そこへ鶴田・高倉どちらかがゲストで加わります。





そう言えば、今「美人画ブーム」だと聞きました。
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ご存知かどうか分かりませんが...

2021-05-21 | 映画
去年から「男の人でちゃんとしたカッコの人はホントに見かけないね!」なんて何度も聞かされてくじけていましたが、今年に入って少ししたら心臓に毛がはえてきたのかすっかり慣れてきました。
今では、女性がいるから大丈夫なんて思います。
男性でそれらしい方には本当にお目にかかりませんが、女性は探さなくてもお洒落した人がたまに前から歩いて来ます。

という訳で、子供の頃TVで観た女優さんは有名な人も多かったですが、今回は少しマイナーな方を。
と言っても既に書いたような話ですが...

昔はワーナーのB級ギャング映画もたびたび放映されていました。
アナトール・リトヴァク監督「栄光の都」(1940)はギャング映画ではありませんが、主演がジェームズ・キャグニーでその頃の「汚れた顔の天使」など他の作品と続きもののようなイメージがあります。
相手役のアン・シェリダン(1915~67)もその頃一連の作品に出てくるイメージで、眠いような眼が印象的な女優さんでした。
何年後かにゲイリー・クーパーの「善人サム」に奥さん役で出ています。
何度か引用したキャグニーの自伝ではアン・シェリダンとの思い出に触れて、「あんな美しい人が早く亡くなるなんて」と、いつもタバコを手放さなかったので吸い過ぎは良くないと心配していたそうです。





もう一人はケイ・ケンドール(1926~59)。
亡くなる前の数年は、レックス・ハリスンの奥さんでした。
子供の頃に観たのは「魅惑の巴里」というジーン・ケリーと女性3人のミュージカルです。
ケイ・ケンドールが好きと書いたのを見たことがあるのはお一人だけで、あの「塀の中の〜」を書いた安部譲治さんでした。
コメディエンヌの素養もあってエレガントな、ちょっと面白い人です。

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田中さん

2021-04-04 | 映画
最近日本映画を観ていると書きましたが、小津安二郎監督の「朗らかに歩め」(1930)という作品には、日本の'30年代に心酔している方みたいな着こなしのワルが登場します。
またこの頃は廃仏毀釈の影響が濃かったのか、鎌倉大仏もすぐ側まで車を乗り入れたり出来たようです。

またもっと後の「美徳のよろめき」(1957)で、三国連太郎さんの役どころはちょっとヘンですが、帽子の傾け具合などコート姿が日本映画で滅多に見ないくらいキマッてます。

という訳で観ているのは古いものが多く、田中邦衛さんが出演された作品にはほとんど到達していませんでした。
一時期お近くにお住まいで、車をよけると運転席で目深にかぶったキャップの奥にテレビで見慣れた顔があって、会釈されたことがあります。
「たまにモノマネしてます!」なんて言いたいのを堪えて挨拶を返しました。
成田三樹夫さんの時もそうでしたが、田中邦衛さんみたいな役者さんの訃報は淋しい限りです。


(キャップがなかったので)
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邦画

2021-02-11 | 映画
勘違いかもしれませんが、子供の頃テレビで邦画を観た記憶がほとんどありません。
ですから20歳前後になって偶然テレビで日活の作品を初めて観たとき、あーこれは「カサブランカ」だとか、これはほとんど「栄光の都」の焼き直しだなとか、前に観た洋画が基準で分かる事もありましたが、それ以降も邦画を積極的に観たことはありませんでした。

一昨年たまたま「夜の河」(吉村公三郎監督、1957年)「女経」(オムニバス、1960年)という大映作品を観はじめたら、最初は警戒しておきながらすっかり病みつきになってしまいました。
自分が知らなかっただけですが、未開の地を行く気分で短い期間にたて続けに観たせいで、日活の映画はタイトルと話の筋がどれがどれだか分からないくらいです。



最近では三船敏郎特集でした。
三船さんは刀を持っているものしか昔観たことがありませんでしたから、あとは「うーん、寝てみたい!」というCMのイメージです。
「東京の恋人」「醜聞」「野良犬」「暗黒街の対決」「馬喰一代」と見ていると、役柄なのか人柄なのかちよっとゲイリー・クーパーとダブってきました。特に「醜聞」なんかはフランク・キャプラ作品のクーパーそのものに見えてきます。

「東京の恋人」は同い年だという原節子さんとの共演で、朴訥とした面が出て楽しい作品。
背後からのショットで、三船さんのダブルブレステッドのスーツは今日よりだいぶ背幅がゆったり作られていることが分かります。
そんな仕事絡みの興味もさることながら、もしかすると背広のゆとりより、失われつつあるゆったりした時間の流れを感じるのかも知れません。
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節分にサスペンス

2021-02-02 | 映画
以前は海外のドラマを観ていても、自分が興味のある時代設定の話だとつい細部まで気になりますから、もの足りないと次第に見なくなってしまいました。
おうち時間がいっぱいあっても、あんまりウルサイことを言ってると観るものがなくなってしまうので、何となく古いのを見返しています。
衣装とかやはりモヤモヤする部分があるものの、ちょっとしたセリフの中に後々為になりそうな要素がひそんでます。

例えば「名探偵ポワロ」の中に、ポアロがクリーニング屋のシャツの糊付に不満をもらす場面があります。
クリーニング店宛に手紙を書いてもらうのですが、秘書によれば全部中国人だから何度言っても通じないとのこと。
するとパートナーのヘイスティングスが、衿を折ったシャツ(つまり今日私たちが着ている型のシャツ)が今の流行りだから着てみたらと勧めると、「このポアロが流行に左右されるとでも?」と切り返します。

普段忘れてますが、シャツの型が違ったんですね。
'20年代から'30年代の過渡期には、一部の層には混在していたのかもしれません。


(この時期に送られてくるお札)

また「トミー&タペンス」で奥さんになるタペンスは衣裳持ちで、特に好きだという「帽子のコレクションが多過ぎでは?」とトミーはやんわり釘をさしますが、もちろん帽子はさらに増えます。
どこに線があるか分かりませんが、セリフからその時代の女性でも40個は多いという感覚なのかな、と漠然としたラインが浮かび上がります。

もちろん現代に書かれた脚本ですから、全てが参考になるとは限りません。
場合によっては後の時代の内容が混ざっている可能性もありますから、その辺は差し引いて考える必要がありそうです。
そんなことを考えていたら、サスペンスそっちのけで少しもハラハラしません。
やはり話に没入するべきでした。
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美わしき歳月

2021-01-29 | 映画
「金環蝕」(石川達三原作)という汚職を扱った1975年の映画を観たら、まるで一昨年のニュースを見ているようでした。
何十年経っても変わらないんだな...というか、「浜の真砂は尽きるとも...」といった大昔からという感慨と共に、汚いものは今ちょっと間に合ってますという気分にもなります。
これもコロナのせいか。

口直しに何かないかと観たのが、「美わしき歳月」という1955年の作品。
経営を長男に代わったところ、製品の質を下げていることに気づいた先代が、「黙ってても口をきくのが商品だよ、儲かりゃいいってもんじゃない!」と一喝する場面があって、昔は珍しくなかった言い方かもしれませんが、使い捨ての製品も多い昨今は新鮮に響きます。
それから日をおいて2回観ましたが、なぜか次第に良くなってきました。



そんなことを書いていたら、昨秋TVでやっていた栗のお菓子特集の番組を思い出します。
それぞれ美味しそうでしたが、期待していたのが出て来ません。

ちょっと珍しい名前なのでご存知の方もいらっしゃると思いますが、「爾比久良(にいくら)」というお菓子です。
以前仕事先の近くで見つけたのが初めで、6個入りでもやけに持ち重りがして、いかにも中身が詰まってそうな感じがしました。
それまで食べた岐阜や長野の栗を使った菓子とも違っていて、一時期「また買ってきたの?」と言われるくらい執心しましたが、しばらくすると、一つを4つに割って口の中でちょうどいいと気づきました。
そのくらい、味にボリュームがあります。

独立してから遠くて買いに行ってませんが、八坂神社階段下いづ重や道頓堀今井のように、最初普通のように感じながらすぐ普通でないことがわかる品で、先の「美わしき歳月」の宗旨をまげない先代でなくとも、自分のところの製品も遜色ないレベルでありたいと思わせるバロメーターのような存在です。

そういえば、例年なら二度年末が味わえるように賑やかな京都の吉田神社や八坂神社の節分祭・紀元祭も、今年はどうなっていることでしょう。

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誘惑

2020-11-15 | 映画
今日もポカポカと暖かく、最高の日和です。
ただ、30%近くまで湿度の下がる日が続くと知らず知らず掻いてしまい、掻くとまたそこが痒くなるという悪循環の方もいらっしゃるかも知れません。
よくお母さんが子供に「掻いちゃダメ!叩きなさい!」なんて言いながら自分で掻いてたり、やはり掻きたくなってしまうんでしょうね。

大人になって掻くとその後どうなるか十分承知しているのに、あともう少しなら大丈夫なんて思いつつ危険領域に踏み込んでしまう、自分の内から湧き上がる誘惑の恐ろしさ。
これからが冬本番かと思うと、これまた更に恐ろしいことです。



昔の日活映画というと、青春モノとかエキゾチシズムをかきたてる港が舞台の犯罪映画というイメージで、先日の「風船」なんかはちょっと毛色の違う路線に見えます。
更にまた違うタイプで、中平康監督「誘惑」(1957)という作品を観ました。
舞台は銀座すずらん通りの洋品店で、コメディのような青春映画のような不思議な一本です。

先日書いた「あいつと私」もそうですが、たまたま私が観たこの頃の日活作品には、どれがどれか分からなくなるほど芦川いづみさんと轟夕起子さんという女優がよく出てきます。
この「誘惑」も、場面こそ多くないものの芦川いづみさんが一人二役のヒロインで、轟さんは珍しくコミカルな役です。

冒頭、いきなりチャッカマンと同じ形状のものが出てきて、思わず「こんな昔からあったの?」なんて勘違いしそうになりました。
それまで化粧っ気のないタイプだった渡辺美佐子さんが化粧して振り向くシーンでは、この3年前に日本公開された今も人気の名作でヒロインが髪を切るシーンに一瞬ダブったり、ある部分ではジャン・ルノワール作品みたいだったりします。

舞台になる洋品店の看板には「Fancy Drigoods for Ladies & Gentlemen」とあります。
drigoodsはdrygoodsのことかも知れません、聞き慣れない言葉ですが調べてみると「生地や服及び関連商品」の意味で、店に置いてある商品の中には現存するブランドもあり、本筋と関係ない見所もあって、岡本太郎、東郷青児、若い天本英世、頬を膨らませる前の若い宍戸錠(顎を上げると、ちょっとクリスチャーノ・ロナウドに似てます)なども見えます。
岡本さんはセリフもあり、思わず例のモノマネをしたくなる誘惑を抑えきれない可能性あり。

この時代よく言われることですが、この映画も量産のプログラム・ピクチャーの一つだったのかも知れません。
ただ作り手の側の職人気質とセンスが合致して、単なる娯楽作品以上のレベルが記録されるケースがあります。
上手く表現しがたいですが、お洒落な人が登場するということもないのに、映画的な楽しみに満ちた愛らしくとても洒落た作品で、良い服を見た時と同じような気分になりました。

機会があれば、ぜひご覧になってみてください。


「上もこちらも他の作品からの画像、下は奥が芦川さんで吉永さんは出ていません」
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映画から

2020-11-08 | 映画
ようやくアメリカ大統領選挙も決着がつきそうですが、すんなり終わらないというのが大方の読みです。
4年前にも思いましたが、映画"Back to the future"に出てくる「ビフ」というのを大人にしたら、トランプみたいになりそうだと改めて思いました。

というわけで、本日は映画に絡めたお話。
少し前に日活の「あいつと私」というのを見ていたら、最後の方に滝沢修という俳優さんが出てきて上着を脱ぐシーンがありました。
すると、いつも言っているようなシャツの着方をしていて驚きました。
その役はアメリカ帰りという設定なのですが、アメリカ人はシャツのカフを小さくしないし体型的にその必要がないように思えますから、当時の日本人としては珍しかったのではないかと思います。
その画像はないので、以下をご覧ください。



アステアはバレルカフの袖口を折って着ている写真もありますが、カフがルーズ過ぎて、例えばホーズをはいてない為に裾と靴下の間でスネが剥き出しになってる状態に似ています。



イタリア人のアニェッリのシャツは、身幅はゆったり袖丈は長く、カフはかなりピッチリ。
もう少しゆとりがあって丁度いいのを着ている写真もありますが、これはちょっとタイト過ぎます。
いくら袖丈が長く作ってあっても動作によっては持ち上がるので、キツ過ぎては元に戻る余裕がありません。というより、もしかしたら全く動かないよう意図したものかとも思えるくらいキツ目。
映画の中の滝沢さんが着ていたのは、アニェッリのカフにゆとりを持たせた感じでした。
 
                 * * *



先日、フランク・キャプラ監督の「オペラ・ハット」(原題"Mr. Deeds goes to town")から、ゲイリー・クーパーが仮縫いをしてるシーンをinstagramにあげたところ、数日後クーパーの娘さんがそれを紹介してくれるという事がありました。
何だか不思議な気分ですが、面白い時代です。

マリア・クーパー・ジャニスさんは白井さんと同じ1937年生まれで、ご主人は著名なピアニスト、お父さんの写真集を二冊出しています。
instagramではG.クーパーに関する資料を毎日のように投稿していて、大半はすでにどこかで見たことがありますが、たまにホームムービーのような珍しい動画もあります。
上の一冊目の表紙のように、娘さんにとっては幸せな思い出で、きっと永遠のヒーローなのでしょう。

クーパーが「摩天楼」で共演したパトリシア・ニールとよい仲になった、という有名な話を以前書きました。
正義の人、良き家庭人というイメージだったクーパーだけに、当時はかっこうのネタになったそうです。
結局家を出ていた期間は6年に及んで、その後戻りました。
娘に不安を与えたくないというお母さんの努力の甲斐か子供の防衛本能か、娘さんはその頃特に不安をおぼえなかったと答えているようです。
後にP.ニールは作家のロアルド・ダールと結婚して5人の子供にも恵まれましたが、1983年に離婚。
おそらくその直後だと思います、クーパー母子からP.ニールに連絡をとり、ある晩一緒にテーブルをかこんで和解したと後から読みました。

「あいつと私」が作られたのと同じ1961年、G.クーパーは60歳で亡くなっています。
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◯◯の男

2020-07-08 | 映画
おうち時間に、お洒落と関係なくても何かスカッと楽しいものはないかな、と観たものの一つが「リオの男」。
フィリップ・ド・ブロカ監督、1964年の作品で、特に名作でもないし...と書いて...、ケースをひっくり返して見ると、

『公開当時、歴代フランス映画の興行記録を更新する空前のヒットを記録後、世界中で大好評を博し、日本が誇るアニメ・シリーズ「ルパン三世」や、スピルバーグ監督作「レイダース/失われたアーク」等の元ネタとも言われており、多くのクリエイターに多大なる影響を与えた歴史的名作』

とあっては、ハハーッと平伏するしかありません。

主人公は車を奪われたり彼女を拐われたりすると、とにかく走って泳いで自分の脚で追いつこうとします。
後の影響の件は分かりませんが、バスター・キートンとかサイレントの冒険活劇を連想しました。
確かに50年以上前の公開当時だったら、かなりスピード感があったかも知れません。



フランソワーズ・ドルレアックはこの作品と前後して、F.トリュフォー監督「柔らかい肌」にも出演しました。
そして、'67年の「10億ドルの頭脳」を撮った後の6月のある日、自らの運転によって空港へ向かい事故で帰らぬ人となります。
遺作となった映画の中で、殺されかけたり出し抜かれたりしたマイケル・ケインも、きっととても悲しんだに違いありません。

姉の死にショックを受けてから何年も経過し、ようやく語れるようになった妹のカトリーヌ・ドヌーブのインタビューによれば、姉の子供っぽい面が捉えられているのは「リオの男」、一番素の本人に近いのは「柔らかい肌」だそうです。

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夜の河

2020-01-15 | 映画
昨年、「夜の河」(1956)と「女経」(1960 )という邦画を続けて観ました。

前者は京都が舞台ということもあり、何度も歩いた辺りの昔の姿が出てきて、通い始めた頃の匂いを思い出すような街並みも見られる、という楽しみがおまけについてきます。

「女経(じょきょう)」はオムニバスで、増村保造×若尾文子、市川崑×山本富士子、吉村公三郎×京マチ子という組み合わせの3話。
やはり大人が集まって遊んでるような、昔の人が与えられたお題を楽しみながら歌を詠んでいるようなノリがあります。

その時代の日本映画は観てなかったのでたいへん新鮮でもありましたが、少しするとちょっと考えさせられました。
街はもちろん今みたいに整ってません(が昔の方が統一感があって美しい)し、日常の便利な道具もまだ出現する前の話ですが、描かれている登場人物から映画を作っていたスタッフまで、人々の感覚は今よりずっと洗練されていたのでは、という思いです。

普段、これはと思うような生地を探し出し、適切な補正と素材に合った手を加え、その価格の中でそれ以上ないレベルを突き詰めているつもりでも、こういう映画を観るとまだ何か足りないような思いにとらわれます。
それは、男性の衣装が参考になるとかそういう部分では全くなく、時間の重みだったり、作品全体の質であったり、その時代の人が持つ洗練といった簡単に手に入らないものばかり。

やがて時間が経つにつれ、そういう人々が存在していたという事が、作るものにこの上なく励みになるように感じ始めましたが、そんな凄い作品ばかりでは身がもたないので、怖くて次はまだ観ていません。
そのくらい、観はじめたら止まらなそうな危険な鉱脈の匂いがします。



「夜の河」主演の山本富士子さん。映画全体の色もとても魅力的です。
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