Men's wear      plat du jour

今日の気分と予定に、何を合わせますか。 時間があれば何か聴きましょう。

ハンク

2023-02-23 | Blues
コロナ以前のこと。
ある日白井さんが、
「近所にウェスタンハット被ってる人が前からいてさ、
この間ちょっと話したら、ハンク◯◯って名前で活動してるんだって。
いるんだよなー、そういうの」
と楽しそうです。

白井さんが若い頃からハンク・ウィリアムズに心酔して、歌う時の衣装や革製品などコレクションされているのを知ったのは、お付き合いが始まってしばらく経ってからのこと。
それまで色々な人がカバーしたバージョンを聴いたことはあっても本家は聴いたことがありませんでした。
ですから先に聴いたのが白井さんの方で、後から御本家を聴いたわけです。

そういえば藤沢周平さんのエッセイにも、入院中に熱心なハンク・ウィリアムズファンに出会って、退院後に本物を聴くという話がありました。

そのハンク・ウィリアムズの録音の中でも"There'll be no teardrops tonight"だけ他の曲とちょっと歌声が違って聴こえるのですが、鳥の「刷り込み」でしょうか、この曲だけはもう白井さんにしか聴こえません。
もちろん順序が逆で、耳のいい白井さんが寄せていたのもあるでしょう、とにかく似てます。



ウェスタンハットは持ってませんが、比較的早い時期にわかった共通点がありました。
それは他の人からコーディネイトについて尋ねられた時、私も白井さんもたいてい「何でもいいんですよ」と答えてしまうところです。

もちろん、何でもいいなんてことはありません。
むしろまったく逆で、何でもいいどころか直感的にではありますがかなり選んでいます。
それは質問があまりに茫漠とし過ぎていてどこから語ったらいいのか手のつけようがないし、何時間あっても説明し切れないというのが一番当たっているかもしれません。

小さな石だと思って掘ってみたら、実は全体は大きかったというのに似ていて、ちょうど「何でもいい」というのが地表に出ている小さな部分。

基本がわかっていれば「何でもいい」、理にかなっていれば「何でもいい」。

では基本や理にかなっていればOKかと言われれば、それだけでは物足りないし寂しい。
陽射しを確認し、その日の予定と気分を擦り合わせ、出来上がった組み合わせで本人もまわりの人の目も快適...
でありたいと思います。

という訳で核心は「ちゃんとコーディネイト出来れば、何でもいいんですよ」
という参考にならないお話なんですね。
「出来るんだったら、はなから聞いてないよ!」と怒られそうです。

たまに探究心が優っている面白い人がいるとやはりそういう方は「何でもいい」に納得しないのでさらに突っ込んだ質問をしてくれますが、一般にコーディネイトがあまり顧みられないことを白井さんと嘆くことがしばしばありました。
文句ない生地でどんなに作りが良い服があっても半完成品みたいなもので、合わせが上手くいってないとその服の良さは生きません。

それはファッションの本場の男性でも変わらないようで、これはというコーディネイトにSNS上では未だ巡り会いませんが、逆に一番すごいと思う人で毎回自分の着ているものを投稿している紳士服を扱う店の人がいます。
着ているものそれぞれが見事にまったく合っていない、というか「そう見えるこちらの眼に問題があるのか」と不安を覚えるくらい合っていません。
あえて合わせないよう計算してるのか、どういう発想で合わないようにしているのか、あるいは合っているように見えているのか聞いてみたい衝動にかられるくらいです。
また同系色のグラデーションに固執したりするのも、合っているようでちょっと違います。

老婆心ながらこんな時にふさわしい、いつも引用する古の言葉。
「一着の服や一つのアクセサリー、それ自体はエレガンスを物語りはしない。
 エレガンスはそのコンビネーションにあるのだから」






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続・白井さん

2023-02-03 |  その他
白井さんには、おそらく私の服が一巡する一年間くらい毎回のように服と着方をほめて頂きました。

仕事柄それまでも服やコーディネイトをほめて頂いたり、それに関連して取引先から褒賞されたりということに慣れていましたが、いつも「本当はどう見えているのかな」という疑問がついて回りました。
白井さんから言われるのはまったく意味が違います。

残念ながら、褒められて伸びるタイプだったとしても、その時もう40を過ぎていてすっかり固まっていたでしょう。
にも関わらずマヒするくらいその後も褒め続けて頂きました。

もし知らない人が見たら、おじさん二人が褒め合っている図はさぞ不思議に見えたことでしょう。

最後に対面でお話しした時も「疲れていて、もう服の話なんかしたくないだろうな」という風に見えたのですが、第一声が「最近はもうこの靴ばっかりだよ」と履いてたローファーを指します。

白井さんが80歳を過ぎたころ日によって紐靴がしんどくなり、アメリカからローファーを買って来てもらったのが「痛くて履けなかった」と聞かされました。
足の痛みのつらさは知っているので3~4ヵ月かけて探し、アメリカの業者から新古品を取り寄せたものです。

サイズを測った訳ではありませんが、昔から履いていたサイズは長い時間をかけて現在の足の形にまで伸ばされ変化しているだろうと推測出来たので、踵は小さく前方は年齢的に変化した幅を想定したものです。
お召しの仕立服に合わせてもおかしくない、見映えの良いとてもしっかりしたローファーでした。

靴の話のあと昔に戻ったように「その服どこの?自分とこの?」と、どこそこが良いと褒めて頂きましたが、久しぶりのことで懐かしいような面映いような気分でその話は早々に終わらせてしまいました。

相手が亡くなった時に誰もが経験するように、今思えばもっと語り合っておけば良かったような、かと言ってもうすでに語り尽くしたような複雑な思いがします。

その日の印象で後日思い出したのは、梅原龍三郎さんの晩年に白洲正子さんが呼ばれて行った時の話。
梅原さんから「今朝バラを描いたけど、まだキャンバスが濡れているから」と言われてご家族にたずねると、絵は描いてないとのこと。
白洲さんは「実際の絵はなかったけれども、これまで何度も頭の中で描いてきたように梅原さんは確かに描いていたのだ」
と書いてます。

電話では話していても対面したのは何ヵ月かぶりなのに、白井さん以外ではおそらく昔習った仕立屋さんくらいしか気づかない箇所に目が行くのは、やはり日頃から良い服のことが頭の隅にあり続けていたのかも知れません。
 
白井さんのインタヴュー記事は「生に及ばないのでは」という思いから熱心に読んだことがありませんでしたが、最近お名前を検索したら出て来た記事に白井さんらしい感じが出ていました。

「週に2日間だけですけど、店頭に立つことは楽しいですよ。
でもね、正直手応えがないですよ。悪いけど。
くだらないウンチク言う連中はいるけども、そんなの何にも面白くないし、僕なんて、もう50年もやってるので。
絶対こっちの方が知ってるわけですから。

ウンチクじゃなくて、素朴な質問をしてくれる人が、意外といないんですよね。怖いんですかね(笑)。
もうちょっと、お客さんも楽しんでくれればいいんですけどね。

ざっくばらんに、野球の話でも、世間話でも話しに気軽に来てくれてね。
お互いに構えちゃうこともないと思うけどね。」

これを読んでいたら、普段の声が少しよみがえって来ます。

「どうかすると女性で年配の人なんだけどネクタイなんかササッと2、3本選んで、それがまた良いのを選ぶんだよね。そういう感覚を持ってるんだね、それに比べるとダメだね男は」

「プロって言ったって、勉強してないいい加減なのが多いからどうしようもないよ」

「ただ好きって言っても、基本さえ分かってないからね」

「その方は、センスは?」「皆無だね!」

白井さんはよく「少し背伸びしても良い服を買った方がいい」と語っていますが、ますます真似しにくい世の中です。
それ以前から、クラシックとは名ばかりで数年後には着られなくなるようなモノが多いのもかわいそうです。

それでも、いつか白井さんのような着こなしのエッセンスを持った人が現れないかなぁ、と夢想します。
その日に備えて、褒めたおす練習でもしよう!

最初の頃、「こっちが良いと思って薦めても、プロでも普通の人でも分かる人はほとんどいないでしょ?」と言われて、勤めで不特定多数の方に語っていた時にはそれも致し方ないと思っていましたが、今は服好きの特定少数の方に服を作っていますから、諦めずそのあたりの齟齬を少しでも埋めたいと思いながらやっています。

ご冥福をお祈りいたします。



店にお越しいただいた時、1930年代の雑誌Esquireを半年分綴じたものをご覧になる白井さん。
最初から最後まで1ページずつ丁寧にご覧になってましたが、よほど好きでないと集中力が続かない量です。

ルチアーノ・バルベラ氏から紹介してもらったという「A.カラチェニのマリオ・ポッツィ氏」によるジャケット。
着る人を引き立てるバランスに必要な肩幅を確保して、肩が落ちるのなんか気にしてないのがよく分かります。
Comments (2)
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白井さん

2023-02-03 |  その他
先月、白井さんが亡くなられました。

ひと月近く経ち、知り合いの方々が少しづつ白井さんとの思い出をあげていらっしゃるのを読むうちようやく少し落ち着いて来ましたが、気がつくと昔のことを反芻していたりします。

白井さんが仲良くしてくださるようになったのは、牧島さんのお陰です。
ある頃から、「きっと白井さんと話が合いますよ」とか「きっと仲良くなると思うなぁ」と、伺うたびに仰っていただくようになりました。

傍目に見ると味の濃そうな白井さんと、20歳以上離れていてずっと薄味な感じの私が話が合うようには思えませんでしたが、パパがきゅうりと言いますかなすがママと言いますか、ある日その日がやって来ます。
今思えば「かなり変わった人がいますよ」とか「相当イッちゃってる人が一人いる」など事前に牧島さんからご紹介があったかも知れません。

白井さん相手に服の話もないですから、挨拶して最初にお話ししたのはずっと昔のエピソード。
「白井さん、本牧のタケムラさんてご存知ですか?」
「タケムラさん?知らない」
「普段は◯◯って呼ばれてますけど」
「◯◯なら、子供の頃から知ってるよ」

二十歳前後によく出入りしていた店で時々ライブがあって、その日出演予定だった◯◯さんが時間になってもあらわれず、バンドのメンバーがあちこち当たってようやく連絡がつくと、「地元のコワイ先輩と麻雀の最中で、途中で抜けられない」
という事がありました。

◯◯さん自身が地元では一目置かれる存在でしたから、その人が断れない相手って?という話になり、なんでも元町の何とか言う店の人らしい、という話でした。

数年後にこの業界に入ってしばらく後に信濃屋さんに伺った時、おそらくあの時の人は白井さんだろうと見当がつきましたが、20年以上たってようやくご本人に伺うと「そんなことあったの?よく一緒にやってたからそうかも知れない」と笑っていらっしゃいました。

それからしばらくして休みの日に電話を頂くようになり、昼に待ち合わせて市内や都内あちこち出かけましたが、そのうち週一が週二になり、夜イベント等あると週四なんて事もありました。

毎週連絡頂くのは白井さんからで、几帳面ですから出かけられない日まで電話をくれます。
牧島さんの慧眼どおり、気がつけばすっかり仲良くして頂いていたと言ってもいいのではないかと思います。

几帳面といえば、ある時買い物か何かで支払いをしていると、腰の辺りに何か気配を感じました。
見ると私のジャケットのポケットのフラップが片方だけポケットに入ってしまったのを、白井さんが出してくれているのでした。
コートのベルト等も捩れたりしてるのは気持ち悪いと仰っていた白井さんらしい話です。

また銀座など歩いている時に「このウィンドウどう思う?」とか「この服どう思う?」と尋ねられます。
思ったことをストレートに答えると、「そういう感覚を分かるヤツが少ないんだよ」というようなことが何度かあります。
「いいと思って薦めるものを分かる人って、ほとんどいないでしょ」と言われた時は、いずこも同じだなと救われたような思いでした。
「突き詰めるほど、ジレンマですね」

その頃勤めで服の話をする時は相手に分かりやすいよう複雑な所は端折ったり、感覚的な例えや基礎知識がないと例えにならない表現はさけるのが長く習慣になっていましたが、白井さんとお話する時はもちろんそんな斟酌は必要ありません。
深呼吸できるような気がしたものです。

そのペースは白井さんと知り合って最初の入院まで続き、その後もリハビリで歩くように言われてるということでゆっくりではありますが再開しました。




右上の指は白井さんだったか..
その頃出かけても写真撮ってなかったので、撮っていたら面白かったかなと思います。
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