Men's wear      plat du jour

今日の気分と予定に、何を合わせますか。 時間があれば何か聴きましょう。

A Nickel and a Nail and the Ace of Spades

2009-10-31 | Soul
今回はO・V・Wrightです。アルバムのタイトルは収録されている二つの曲のを合体させただけの安直なものですが、内容はジャケットの色のように黒光りする稀有なものになりました。

この時期というかこの盤のO・Vライトは、聴くと手が切れるのではないかと思うような、たいへんな高みに達しています。とても娯楽や行楽のおともにお勧め出来るタイプのものではありません。酸欠など懸念されますので、取り扱いにたいへん注意が必要です。



 O・V40歳の頃、一度来日しています。ステージに出て来た瞬間、この人は病気しているとすぐ解るくらいの状態でした。しかし、歌い出すと鍛え上げられた喉と魂から、肉体の衰えを凌駕する何かが滲み出して、こちらの気持ちの深い所を揺さぶらずにはおかないのでした。短い時間のステージでしたが周りに不満を漏らす人もいません。ハイ・リズムスが同行して完璧なバックをつけ歌だけに集中できたことも、忘れられない貴重な時間になったことに寄与していました。



 今回シャツは2トーンのスリー・バー・ストライプB.D。タイはシルクのヘリンボーン。




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Ray,Goodman & Brown

2009-10-30 | Soul
 家内が買ってきたTV雑誌を見ましたら、第3回に書きました山中貞雄監督の作品を、来月またBSで放映するようです。

それでは今回はレイ・グッドマン&ブラウンです。



 この盤は1979年の作品で、Ray,Goodman & Brownとしては1枚目ですが、以前はモーメンツと名乗っていました。その時代もいくつかのヒット曲がありましたが、移籍に伴いグループ名の変更を余儀なくされたようです。

この盤はシングルもLPもベスト3に入る大ヒットでした。幸いに、良い曲、良いプロデュース、良いアレンジがこの後も継続され、次のRay,Goodman & BrownⅡもとても良い出来です。

いつだったかハリー・レイが突然亡くなってしまいました。その少し前に来日した時、聴きに行っています。コーラスにもう一人加え、レコードにも負けないハーモニーと楽しい構成で、プロフェショナルのステージを見せてくれました。あまり入りが芳しくなくて、折角の素晴らしいステージをたくさんの人に見てもらえなかったのは残念なことでした。



 このジャケットは絹55%カシミヤ45%、3パッチ・ポケット。シャツははっきした紺のグラフ・チェック。紺のグレナディン・タイ。
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Bobby Hackett / Coast Concert

2009-10-29 | Jazz
  バルマカーン・コートに鰐皮の楽器ケース,TWAの前でほほ笑む紳士は、前回リー・ワイリーの伴奏に加わっていたボビー・ハケットです。1955年の録音で時代はすでにモダン・ジャズだったのに、ディキシー・ランドです。道が1本じゃないところが良いですね。
今ではディズニ―・ランドでも聴けるかどうか...、私の周りでも他に聴いてるとか持ってるとか聞いたことがありません。勿論私もこの画像を撮るのに引っ張り出して来たのですが、絶滅危惧種でしょうか。じゃ、どこがお薦めなんだと言われそうですが、でも心和む音楽職人集団で、ジャック・ティーガーデンというトロンボーン奏者は芸達者でゆるくて渋い喉も一曲披露しています。



 昔の話ですが、以前からご用を承っていた方が毎週TVに出演されることになり、それまでにも増して、これはどうでしょうあれはいかがですかと、シーズン毎に色々な新しい物をご用意して、気が付くと10年くらい担当させていただきました。
素晴らしい肩と胸をお持ちで、好みの範囲も徐々に拡げてくださったので、服を選ぶ条件としてはありがたく、より雰囲気に合ったものをと心掛けるのですが、その頃まだ私も20代で引き出しが少なかった。勉強しないと追いつきません。今でこそ何も考えずに画像に写っているような合わせを作ってますが、当時は何シーズンか繰り返して、ようやくかなりな種類でもこなせるようになって来たのだと思います。

そんなある日、その方の奥様から「先日のようなネクタイは、テレビですとハレーションを起こしてしまいますね。」と優しくご指摘いただきました。不勉強をお詫びして、至らなさを反省したのですが、その時のタイが画像のようなハウンド・トゥースやグレナカートなどの細かいチェックだったのです。
その後もシーズンによっては、どうしても似た柄で良い物もありますので、お勧めする時に一言添えておもとめいただいたと思います。

私自身のタイでもこうしたクラシックな柄は、大きさや色柄をかえて何本も持っています。そして、今でも手に取る度に件の出来事を懐かしく思い出し、タイだけでなく気も引き締めます。






10月21日に家内が撮った美しい夕景。イーグルスのTake it to the limitが聴こえて来そうです。
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Lee Wiley / Night in Manhattan

2009-10-28 | Jazz
 今回はリー・ワイリーです。ジャンルは前回に引き続きジャズ・ボーカルですが、もしかしたら今までの中で、一番メジャーな盤かもしれません。録音は1950~51年で30代中頃でのレコーディング。演奏のボビー・ハケット、ジョー・ブッシュキンらのメンバーも時代の香気をつたえてくれます。
現代の人と一概に比べられませんが、とても年齢どおりの歌声に聴こえません。でも私の耳には近しいような心地よい歌声で、通して聴いていると、親戚のおばさんが「1/f揺らぎ」を持っているような声で、歌っているように聴こえます。

 またまた全く関係ないですが、電車で睡魔におそわれる家内をみていて、「1/f揺らぎ」をボタンひとつで付加できるマッサージ・チェアーがあったら気持ち良いのではないかと思いました。それとも既に存在してるのかも知れませんね。



Bologna②

 須賀敦子「トリエステの坂道」は,好きな方も沢山いらっしゃると思います。
亡夫との思い出として温めていた詩人ウンベルト・サバの足跡を、生前果たせなかった夫との時間を取り戻すように、トリエステの街で辿る短編映画のように視覚的に鮮やかな作品です。

 終り近く一軒のカフェで足を休める。そこを少し引用させていただきます。

「だが、なによりも私をうならせたのは店にあふれる顧客たちの容姿だった。そのすべてが、裕福、と定義してよい階層の人たちで、そのうえ、おおむねが老人だった。七十代と思えるカップル、あるいは何人かの老婦人が、ひとり、あるいはふたりの老紳士をかこんで、声をひそめて話し合っている。男たちの着ている背広の仕立てにも、女たちが身につけている毛皮も宝石も、彼らがみずからの手をよごして得たのではない、ひそやかな美しさが光を放っていた。」

 初めてボローニャを訪れた時、たまたま入った紳士服店で紹介された二軒のリストランテのうち、まず次の目的地に近い方の店に寄ってみると、通りに面した窓から見えた光景は全くこの話のままでした。
大きな都市の名の知れたほとんどのクラシックな服店で、着こなしが良いはずの男女を見慣れた目にも、驚き以外の何物でもなかったのです。

フランス料理の世界で言う、アンビアンス(人がつくり出す雰囲気)とキャードル(店の設え等が醸し出す雰囲気)が高い次元で同調していたとでも表現すればよいでしょうか。

 それから三年以上経って「トリエステの坂道」を読み、自分たちの経験とあまりに似た光景に、また別の意味で驚きました。日本ではめったに出会わないこういう場面も、イタリアなら日常的に...とも思ったのですが、ミラノにいて様々な階層を知る須賀さんがうなるくらいですから、間違いないでしょう。もちろん私たちもその後、どこでも出会っていません。翌年同じ店をのぞいた時でさえ、最早同じ光景は存在しません。ただ何かの折に、家内がその時の驚きを口にして思い出させてくれます。

 ちなみに須賀さんは先に引用した以外にも、作家ナタリア・ギンズブルグを取材したアメリカ人作家が、彼女の身に着けていた物に見当違いな批評をくわえるのに対して、それがいかにその階層特有のシンプルで質の高い洗練された装いなのか、いつになくはっきりした調子で弁護しています。
建築物を端緒に一冊書いているくらいですから、もっと長生きされ、直截にファッションから呼び覚まされる光景の数々を描いてくれていたら、言葉で表現された中で最も本質に迫るものになっていたのではないかと思います。



今回はタイ、ポケット・スクェアは前回と一緒でシャツだけのブルーのヘリンボーンに変えています。
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New Dandy a Bologna

2009-10-27 | Jazz
  何故か解りませんが、LPジャケットで買ってしまったというのが昔はありました。このレコードは「MEL TORME sings Sunday in New York & other songs about New York」という解り易いタイトルです。
子供の頃から、ニューヨークが舞台になった1950~60年代ハリウッド製プログラム・ピクチャーを、テレビで刷り込まれているからかも知れません。

内容については...、見たままです。画像の露出みたいに白っぽいです。



 ボローニャは、フィレンツェから急行ICで1時間。歴史的な教会や大学、絵画館など文化的な見所もあり、街の建築様式のことでも、食都としても知られています。
そうした文化的にも経済的にも富裕な土地柄だけに、優れた品を理解する顧客層とそれを提供する優良店舗があるのではと考え、2・3回訪れました。
駅から街の中心まで10分ほど、フィレンツェと同じヒューマン・スケールの市街は歩くのに快適で、観光客が少ない分落ち着いています。
大学は紛争の名残りか、近くなるとそれらしい荒れ具合。それまでもガイド・ブックにあるような美術館へは何度か足を運んでいたのですが、ここの絵画館に到っていまさらのように「絵はほとんど宗教画」と確認したくらい、他の題材は無かったように記憶しています。

 市役所前の広場を抜け、商店街を進むと一軒の紳士服店に飾ってあるスーツに目がとまりました。挨拶しながら入ると、接客中の男性の目に困惑の色が。もう一人の婦人にとりあえず見せてもらっていると、接客を終えた彼が、自分が店主で我々が初めての日本人客だと明かしてくれました。年齢も私とそう離れていないように見え、扱う商品の内容に比べて、出会った中では最も若い店主でした。
 スーツを試着させてもらうと、私が着ていた元仕立屋が創業したメーカーのジャケットに目を留め、何処で買ったとか何故買ったとか、逆にリサーチされるくらい勉強熱心でした。そこから、店の中をストックから什器まで隈なく案内してくれたのですが、地下に延びる階段に枝のように部屋が設えられ、しかもボールト天井という凝った造作に、商品より興味をおぼえたくらいです。
 すっかり長居して打ちとけ、地元メーカーでなくナポリのシャツを置いているのを、テロワールを大事にしないといけないよ、とか冗談言って再訪を約しました。

一度出た店に戻って、美味しい店を教えてもらえないか尋ねると、二人で相談して二軒の店を地図に記入し予約まで心配してくれるのに、重ねて礼を言い名残りを惜しんで店を後にしました。

店主はオリジナルだという半貴石のアクセサリーを、ピッティにも出展していると語っていましたが、初めて訪れてから数年後、1シーズンだけ都内で見た記憶があります。



 上記の話のスーツLuciano Barberaの製品。この時は将来本人に会うようになるとは思っていなかった。ベースがチャコールと濃茶のミックス、カラード・ストライプ。シャツは、ボルドーとカーキのタッターソール。タイはフィレンツェの仕立屋さんの引き出しにあって、厚ぼったくて重いから誰も買わなかったのではないかと思うもの。
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Laura Lee

2009-10-26 | Soul
 私の家の辺りでは、今月初旬に金木犀が香りはじめましたが、先週には花も散り強風で銀杏の葉も落ち始めています。という訳で今回は、ローラ・リーです。民謡ではないです。



 例えば何か美味しい物に巡り合った時、もっと心行くまで味わってみたいと感じた経験は、どなたもお持ちではないでしょうか。
音楽で言えば、Gram Parsonsのリプリーズ擬似ライブはもっと録ってなかったのかとか、 Spencer Wigginsの Goldwax録音はもっとないかとか、オールマンのよれてないライブはフィルモア以外ないかとか、好みの音楽によって限りなくありそうです。

この画像の日本編集のローラ・リーは、まさにそういった渇望をいやしてくれる音盤でした。
それ以前ゴスペル・グループのメディテイション・シンガーズに所属していたローラ・リーは、1966~69年のChessレコード在籍中、シカゴと南部のフェイム・スタジオで録音しています。
未発表ではなくテイク違いではありますが、その充実した音を出す時代のフェイム録音が多く聴けます。抑えても溢れる深いエモーション...、言葉で表すのは難しいですね。
その後HotWaxでは、もう少し多くの録音を残しています。もっと饒舌になり、メッセージ性の強い曲、スタンダードっぽい曲、時代に合わせた音になっています。

1980年代にゴスペルの世界へ戻ってから来日したことがあり、聴きに行きました。もちろん不倫や女権を歌った昔の世俗の歌はありません。端正なルックスどうり、静かに、盛り上がったかどうかわからないうち終わりました。



 このジャケットはシルク100%。見た目ほど厚くなく、やはり春秋にむいています。パリの仕立屋が自分の店で展開していた既製品ですが、このモデルは肩もしっかりしていて、デザインは一見よその国のジャケットの様です。
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Junior Parker +中も気になる。

2009-10-25 | Blues
 今日の一皿と言っても食べられないんですが、ジュニア・パーカーです。ゴースト・バスターズとは何の関係もないです。

ジュニア・パーカーは子供の頃から、サニー・ボーイのラジオ番組「King Biscuit Time」のファンで、憧れの人の演奏スタイルをよくこなしていたそうです。
また、近所には将来ジュニア・ウェルズと名乗ることになる少年もいて、10代のうちにそのサニー・ボーイの元でプロとしてのキャリアをスタート。
まだ歌うことはなく専らハープを吹いて、腰の落ち着かないサニー・ボーイがホーロー(鍋じゃないんですが)でいなくなった穴を埋め、次にハウリン・ウルフのバンドに加わり、二十歳過ぎには、のちにプレスリーやポール・バターフィールドも歌う「Mystery Train」を吹き込みます。

その後、1953~66年までDukeレコードに所属。いくつかのコマーシャル・ヒットにも恵まれ、充実したレコーディングを残しています。画像の盤は日本編集で、ブルースマンとしてのパーカーが一番よく捉えられていたと思います。特に日暮泰文氏の解説が懇切で胸がすく思いです。

 ブルースより先に、道端でゴスペルを歌って鍛えた喉のせいか器用さのなせる業か、声質のよさとスムーズなフレージング、バックのPat Hare,Clarence Hollimon,Wayne Bennett等のミュージシャンの素晴らしさがよく挙げられますが、プラスして曲によるアレンジがパーカーにうまく合致して、他の誰とも違うスタイルが出来上がったと感じます。



中も気になる。

 誰かが神々は細部に宿ると言ったり、今話題のココ・シャネルが「見えない所は、見える所と同じくらい大事」と言ったからではありませんが、中も気になります。ちょっと前回のタイトルに引っ掛けすぎていて、無理やり感もありますが...

或る年、イタリアで良いタイがなかなか見つかりませんでした。
その代りしばらく見なかった英国メーカーの品が、あちらこちらの店で取り扱われていました。しかもそのほとんどが良い色柄で、どの店にも同じものがなく、発注によるレベルの優劣も感じられないという充実ぶりです。迷わず買い集め、気に入ったのに唯一買わなかったのは店のおじさんがペンで汚した一本だけ。もちろん、分けた方々にも喜ばれました。

帰って暫くした頃セレクト・ショップの人が、「最近良いタイがないという話になっているが、何かなかったですか」と言うので件の英国メーカーを奨めました。ちょうどその頃はまだ、イタリア物だったら何でもいいという時期だったのですぐには食指が動かなかったのか、忘れかけたころようやく店頭に並びます。
でも残念ながら、作り手が得意な伝統的な絹織物も、イタリア人の発注のような生地に合った芯地も選ばれてはいませんでした。
一社入れると競合他社も、というわけで次のシーズンにはバリエーションも増えたようです。

 そんなある日、会社で取引をしていたメーカーの展示会に行くと件の英国タイが並んでました。懐かしいなと思いながら見てたんですが、やっぱり内容は芳しくありません。他の方に入れた理由を聞くと、〇〇社とか〇〇社が扱ってたからとのこと。「ブランド入れても内容伴わないと...」とかお節介なこと考えたと思うんですが、初対面で相手をしてくれる中間管理職の方に、まさかそんな失礼なことは言えません。

そこで、お茶を頂きながら当たり障りない世間話とかして帰るはずだったんですが、いつしか話の袋が綻びてしまい「あの、服とか扱ってるとそのうち中も気になるんですけど、ネクタイも色々集めて比べると解ることがありますよね。ウールの芯地をこう処理してこんなふうにするともっと良くなると思ってるんですけど、しないですか」とうとう言わなくていいようなことを言ってしまい収拾がつかないので、困惑気味の相手を残してロード・ランナーのように退散してきました。


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Billy Eckstine +全体が気になる

2009-10-24 | Jazz
 このMGM時代の録音も、今では12曲も多い42曲入りCDで聴くことができます。バンド・マスターのウディ・ハーマンとの掛け合いも楽しい「Life is just a bowl of cherries」や、ストレートな解釈のスタンダード曲の数々、妹のようと言っていた後輩のサラ・ヴォーンとのデュエット、豪華なバック等、充実の内容です。
一つ残念なことに、パイド・パイパーズのコーラスが付いた、滑らかさがゾクゾクする「Love me or leave me」がどちらにも入っていませんが、ほとんど曲の重複がない他のVerveレーベルのCDで聴けます。息の長い音楽生活で古いSavoy録音,後のStax録音等ありますが、素晴らしい声質も最高潮のこの時代が一番楽しめます。
 音と全く関係ないですが、CDジャケットで、着用の上着袖ボタンが欠けているのが見えます。無頓着なところが、堪らなく良いですね。



全体が気になる。

 昔会社の会議などで皆が上着を脱いでいて、確かに着たまま腕を机に上げると上腕前側でつかえて窮屈という事例など、気にはなっていました。また、そういう問題をクリアする本格的な構造を持つ服があるはずだ、ということも知ってはいました。
その頃、世間はまだ緩い服の流行から抜け切れていないので、クラシックな服がもて囃されるまでまだ間があります。ごく一部の目筋の利いた店に、そっと並べてあるだけでした。

しかし、服の歴史を積み上げた人々のDNAを受け継いだ人が作るものだったら、「本格的」と言える要素を具えているだろうとは想像がつきました。

そうした観点から、少しずつこれはと思う品を集め始め、何か分かり始めると徐々にまた入れ込むという段階に入り、家内と行きはじめたイタリアでは、人好きのする服飾関係者達が毎回よくしてくれたこともあって、色々楽しく仕入れさせてもらいました。その間に伊製高級既製服も巷間に出始めます。

そんなこんなで、商品をどう改善するのが良いか考えが形を成してきたある日、業界の大先輩で敬愛するデザイナーに、特に素晴らしい出来のジャケットを数点試着してもらいながら温めていた事を伝えると、「そうなんだよ。表面的なデザインだけじゃなくって、こういう本格的な物が作りたかったんだよ」という反応で、物事が前進するうれしい瞬間でした。

 残念なことにその方も既に退社されています。しかし、十年ほど前の会議で「最近、外を歩いていると、ひどいカッコして歩いてる人が増えている気がする。私なりになんとかしたいという気持ちで商品を作っている。」という気概に満ちた言葉が忘れられません。

 似た話を思い出しました。その話の前後、イタリア旅行中、前日地元で会ったナポリの仕立屋さんが、明日ローマへ行くからアトリエに寄らないかと言うので、寄ってみると10畳くらいの総鏡張りフィッティング・ルームに、1930年代の絵型が貼ってある。丁寧に解説してくれてたんですが、最後はゲキしてました。
曰く、「最近じゃカジュアル、カジュアル、カジュアルって、ちゃんとしたカッコも知らないのにっ!」
ご存知かと思いますが、映画で見るみたいに、怒ってないのに語気荒くなったり演劇的なんですね。もちろん私は礼を尽くして、タイをしていました。



 上記のような話からだけでもないのですが、このブログでは多分タイのないスタイルは登場しないと思います。見ていただく方によって違うとは思いますが、タイがあってもファンシーというか、充分リラックスした雰囲気だと考えているんだと思います。

今回タイは、ジャカードのジオメトリック。シャツは、サックス・ブルーに白のグラフ・チェック。ポケット・スクェアはペイズリー。

とりとめのない長い話になってしまいました。
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Delaney & Bonnie

2009-10-23 | Rock
 ちょうどひと月前、幼馴染みのキド君とケンちゃんが誘ってくれたので、山中貞雄監督「人情紙風船」を、京橋フィルムセンターに観に行きました。1937年の作品で、監督は20代後半の若さ。封切り当日召集令状が届き、翌年中国にて戦病死したといいます。
解説にもありましたが、世相を反映してか全体のトーンはあくまでも暗く、後段はかなりのものです。観終わってどうなるかと案じられましたが、メンバーが良かったのか自分の感受性が鈍くなったのか、意外と大丈夫でした。しかも今では、仄かに明るい話だったんじゃないかという、錯覚のような印象が残っているのは不思議です。
それにしても昔の人は大人だったですね。
それから、この日早めに済ませようと、お昼に入った店には3人して泣きました。



 高校三年の時、同級生のロッカー岩崎君(ロッカーと言っても荷物入れるあれじゃないです)が、何枚かレコードを貸してくれました。中の一枚がDuane Allman AnthologyⅡで、収録されていたDelaney & Bonnieのスタジオ・ライブ「Come on in my kitchen」を聴いて、こういうのが聴きたかったと思いました。
2人の掛け合いのダイナミズム、当時のミュージシャンが喉から手が出るほど欲しかったセンスを持っていたからこそ、多くの他のミュージシャンが引き付けられずにいなかったのではないでしょうか。



 本日は、和風に言うとハナダ色のキャンディー・ストライプB.Dシャツ。タイは紺×茶のストライプ。多少起毛感のあるブラッシュド・ツイルの綿パンツ。
 当初、ランダムに着せていこうと思ったのですが、三日ごとに上を変えて少し違いが判り易いようにと考えました。でも結果、あまり変わり映えしないか.......
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Glenurquhart & サニー・ボーイ・ウィリアムソンⅡ

2009-10-22 | Blues
 前回の話から、今日は、Sonny Boy WilliamsonⅡ。
ザ・バンドの映画「The Last Waltz」の中で、南部へ演奏に行った時サニー・ボーイに出会った話が出てきます。「何か吐きながら演奏しているので、後で確かめてみると血だった」
その後帰ってほどなく、メンバーは亡くなった知らせを受け取りました。



 サニー・ボーイの生年については、1900年を境に諸説あります。
1940年代の初めから約10年間、アーカンソー州ヘレナのラジオ局KFFAでギターのロバート・Jr・ロックウッドと「King Biscuit Time」という番組を持っており、南部では抜群の知名度を得ていたそうです。

1951年トランペット・レーベルへの録音を始め、1955年から亡くなる前年の64年までChecker/Chessへ吹き込みます。初回のみマディ・ウォーターズ中心のバンドをバックに、63~64年には若いバディ・ガイやマット・マーフィー、オルガン、ホーン付きという当時最もモダンなバックで録音。
他はほとんどロックウッド、ルーサー・タッカー(g)オーティス・スパン(p)ウィリー・ディクソン(b)フレッド・ビロウ(ds)というチェス・レコードの夢のハウスバンドです。チェス・ビッグ4の内もう一人のハーピスト、リトル・ウォルターの録音も、このメンバーが入れ替わりで演ってますが、サニー・ボーイのバックをつける時には独自の色になってしまうくらい味の濃ーい人でした。

順序が前後してしまいましたが、代表的な盤は、ジャケットのインパクトも強力な「Down and out blues」で、画像の盤はそれ以外の録音を収めたもの。



 このジャケットの素材は、絹40%、麻35%、毛25%。暑くも寒くもないという季節に最適です。一般的に麻の混率が30%を超えると、シワになり易いなどの麻の特徴が顕著に現れるといわれてます。
緩和するために、復元力のある繊維をかみあわせたり、糸を撚る向き(SかZで表す)の異なる糸を並べたり、糸を撚る回数を塩梅したり。
このシャツは、マットなブルーのオックスフォード。タイは絹60%、綿40%で質感が変わって、少しボリュームがあるように見えます。
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本日スタート。

2009-10-21 | Others
 日頃一緒に散歩したり、おいしいお酒を飲んだり、楽しい食事をおつき合いいただいている皆様ありがとうございます。
本日スタートしました。どう展開するかわかりませんが、よろしくお願いします。

 第一回目の「今日の一皿」は、Willie Colon & Mon Rivera / There goes the neighborhood という1975年のレコードです。



 当時、リハビリから復帰したばかりの歌手モン・リヴェーラをリスペクトするウィリー・コローンが、自身を含む4本の咆哮するトロンボーン、ホセ・マングァール、カコ、ミルトン・カルドーナらのパーカッションの職人を率いて、プロデュースを担当。

モンは、父親から習ったというトラバレングァと呼ばれる舌がもつれるような唱法を織り交ぜ、手堅い演奏の上を自在に歌いまくります。
バンド・マスターであったり、故郷プエルトリコでは大リーグから声がかかるくらいの野球選手でもあったそうですが、私は、Sonny Boy WilliamsonⅡや古今亭志ん生とメンタリティーにおいて似たところがあったんじゃないかと、勝手に想像しています。

残念ながらこのレコードの3年後、モンはニューヨークで亡くなりました。
でも、ここで聴ける人懐っこいような生気に満ちた歌声は、今でも色褪せず私を楽しませてくれます。



 1997年、The Duke and Duchess of Windsor の遺品がサザビーズのオークションに懸けられ、その時のカタログに、これと似たジャケットが掲載されていました。その数シーズン後に、ナポリの既製服メーカーがさらさらっと作った感じのこのジャケットを出したので、デザイン・ソースはその辺かもしれません。
ダーク・ブラウンのグレナカートに、褪せたインディゴのような青の格子。タイは紺のグレナディン。シャツは淡いブルーに、白のストライプがリヴァースで入っています。
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