10月27日サントリーホールでのズービン・メータ指揮バイエルン国立管弦楽団公演「マーラー:交響曲第3番ニ短調」で驚いたのは、ティンバニー奏者が3人もいて複数のティンバニーをたたいていたこと。2人はみなれているが。
私とティンパニーのなれそめは、高校の吹奏楽のとき。そのころは野球部が甲子園で活躍していて部活の予算は吹奏楽部までまわってこずティンパニーがなかった。2年生のとき自由曲がシベリウスの「フィンランディア」ソロもあるし大事な部分が多い。練習は大太鼓を横にしてやり、四国予選で他校の楽器を借りた。全国コンクールは杉並公会堂だったと記憶している。3位に入賞できた。高校時代から10年程アマチュアのオーケストラでテインバニーをたたいた。失敗はよく憶えている。楽器が戦前に地元でつくられたものでねじ式の手締め。専門家が作っていないので均等に絞めても音はバラバラ。演奏途中で音程を替えるときは口でラーラーと歌いながらねじを締めて合っている音の所を手間へ回してこなければならない。あるとき演奏中に回していたら譜面台に触れて前に座っている奏者の禿頭にあたり彼は突然立ちあがり怒り出して演奏が混乱したこともあった。
オケは転勤でやめたが、最後は石丸寛指揮ゴールドブレンドコンサート、高知ではじめての「第9」、ただそのときは、練習はティンパニーができたが、本番はN響の首席奏者がし、私はトライアングルを受け持った。いまでも演奏会を見に行くとやはりティンパニの方に目がいってしまう。