SASHIY エイガニッキ

メモ書きです、遊び心です、それでも、力です、どこにも、どちらにも、収まりつかない、思いです、可能性です、

SASHIYエイガニッキ

2017-12-23 11:03:55 | 日記

ⅩⅩⅩⅩⅩⅨ「厳重に監視された列車」を見る聴く、  

 主人公は家の中、シャツ一枚で裸の主人公、母が駅員となった息子の支度を念入りに調える、かくて家を出る青年、駅に、曾祖父は軍隊の太鼓手、軍隊を引退の後は酒浸り、労働するものたちを笑い酷い目に遇う、祖父は呪い師、呪いでドイツの戦車を止めると、戦車の前に飛び出して、確かに一度は止まった戦車、その後戦車は前進して祖父を払い飛ばす、父親は、駅員を引退して恩給生活、今は何もせずにくつろぎの生活、時計を目にして窓から外を見る、いつもの列車の時間、走り去る、窓の外の遠い草原を、祖父と父は映画の現在のチェコの象徴、ナチスに攻め込まれると呪い程度の反撥、結局は何も出来ずに引退生活、占領されて、さて、母は甲斐甲斐しく甘やかして息子の面倒をやく、斯くて主人公も父の後を継いで駅員に、駅員は生活が保障されるのだ、母親が制服の面倒まで見て着せて送り出す、若者は出かける、近所の人々、挨拶、そして、務めるべき駅に、駅長、鳥かごの中の駅長、疲れたおじいさんの線路工、制服を誂える駅長、どこか覚めた対応のめがねの男、こんな駅に列車が、主人公の恋する娘が乗っている、彼女もまた鉄道の仕事に、語らう二人、口先を付きだして、今少しでのところで、キス寸前でベルが、めがねの男が鳴らしたのだ、列車が走り去る、娘が去っていく、見送るばかりの青年、この後も音が二人を別れさす、女に目の無いめがねの男、今日もまた事務員の娘に手を出す、駅長も狙っているのだが、相手にされない、めがねと女はソファーでセックス、二人は悶えて破れるソファー、破れる音、仕事を終えて訪ねた主人公の恋人、二人は寄り添って、キス寸前、が、この音にまたしてもキスが避けられて、娘は帰っていく、このコミカルなタッチ、見事です、駅長はめがねの男は女たらしと、主人公に語る、めがね男は主人公に恋人との関係はと、女の身体はどうだと問う、何も答えられない主人公、未だ未経験、駅に現れる貴族の夫人、馬に跨って、色っぽいのだ、なにやら語らって、このときまで、何時の時代設定か判明しなかった、貴族と知って、ソ連による解放前と初めて判った、荷物の事を話す夫人、受け入れる駅長、めがねの男は女事務員とまたしても戯れる、足に、腿の裏に、スタンプを押す、娘も下着を降ろして、尻に押されるスタンプ、家のベッドで寝ていて母に見つかってしまう娘、怒りの母、裁判所に、彼らは何も出来ずに、鉄道のオフィスに行けと、駅では、また主人公は娘と会う、今度は列車から、娘の背からのカメラで別れ、約束、このときの音は何であったか、機関車の蒸気音だったか、主人公と娘の約束のデイト、娘の叔父の写真館、娘たちが絵を背景に気取って写真を撮っているのだ、そんな最中に二人は隣の部屋のベッド、二人の仲むつまじい声が漏れて、叔父とモデルの娘たちが覗く、だが、旨く出来ない、果ててしまう主人公、絶望、娘の困惑、爆発音、爆撃か、突風、まさに音が二人を引き裂いて、これは主人公の幻想世界かも知れないのだが、何を思ったか、主人公は一人娼館に、ナイフで腕を切る、今までのコミカルから緊張、流れる血、助けられて病院、医師に相談、若者には在りがちなことなのだと説明されても、納得できない、医師は年上の人に手伝って貰えと、鉄道の長に呼ばれる、叱られて、また駅に、青年の悩みは駅長も如何とも、青年は何を思ったか、駅長の妻は駄目かと、困惑の駅長、青年は駅長の妻に直接語るのだが、受け入れない妻、首を横に振るばかり、そんな駅に一人の美貌の夫人が、荷を持って、実は爆弾、めがねの男とはナチスに対するプロテスタントの仲間なのだろうか、爆弾を隠して、めがねの男は夫人に耳打ち、笑みの夫人、奥の部屋で休みたいと、主人公は夫人に呼ばれて奥に、斯くて二人のセックス、またしても破れるソファー、音、笑み、ここでは、青年の笑み、放されない、だがしかし、結局、娘との関係を引き裂く音では無かったか、自信に溢れる青年、今や全てに可能性が、爆弾の事も知る、決意、覚悟、どうもあまりにあっさりと転回、この愚かしさ、ナチスの列車が遣ってくる時間、いよいよ、段取り、が、そこになんと娘のスタンプの件で鉄道の長が現れる、めがねの男は取り調べ、笑みの娘、結局は強引ではなく、楽しんで押して貰ったのだと、ならば罪とも言いかねて、長は、ドイツ語を尻に押すなどと不埒だと、駅長はこれで出世も望めないと絶望、ホームでは、主人公の恋人が、あのことは何も気にしていないわと、でも、今は、それどころでは無い、めがねの男が取り調べで動けないから、武器を運ぶナチスの列車を始末すべく、青年が爆弾を手にしかない、めがねの男は主人公の動きに頷く、主人公は娘に直ぐ戻るからと、待っていてと、爆弾を持って、信号台に、項垂れて待つ娘、駅では、愚かしい取り調べ、列車が通過、主人公は爆弾を落とす、荷台に、見事に、様子を伺って身体を台から外に、列車から見張っていたのか主人公は見つけられて撃たれて列車の荷台に落下していく、何とも、悲劇、喜劇、斯くて画面奥に走りゆく列車は山の裏で爆発、黒い、黒い、煙、音、またしても突風、全く持って二人は完全に引き離されて仕舞った、一度も抱き合うことも出来ないままに、大体この闘いは何なのだ、主人公自身は判っていての闘いか、夫人の狙いは、めがねの男は、この空回り、愚かしい空回り、この空回りの中から戦後の解放が、抑圧が、あまりに辛い、悲しい、愚かしい、滑稽で有るが故に、悲劇ではない、喜劇である戦後が、最後の音は己が作り出した音、どこかやる気のない、気だるくコミカルな感覚は闘い足りうるのか、反抗足りうるか、曾祖父の、祖父の、父親の、そして、主人公の、戦い成らぬ戦い、恋、実らぬ恋、喜劇であることの、愚かしさで在ることの、自覚から、映画を今見ている私たちの愚かしさの自覚から、

 


 


SASHIY エイガニッキ

2017-12-17 20:47:07 | 日記

ⅩⅩⅩⅩⅩⅧ「私の名は情婦」を見る聞く、
  オフィスが吐けて、皆が帰宅、主人公の娘の後ろから声を掛ける男、右後ろから、振り返る主人公、まさにVの字、展開、始まり、森一生の映画にはいつもこのVの時が、いや、くの字、果たして、危ういVなのだが、その後も、人物と影の作るVが付きまとうのだが、男は許嫁、食事、主人公を宿に連れ込んで、話があると、曖昧に、語りかけ、それでも、惚れた弱みかそのまま宿に泊まってしまう主人公、男は主人公に鞄を託して消える、翌朝家に帰ってくる主人公、警察が、男は強盗の一味、何も知らないままに、主人公は警察に、新聞記者、執拗な取材、警察からの帰り、車に誘う男、彼もまた記者、知らずに語り出す主人公、この場では、Vの字ではない、Vのビクトリーでも、くの字の苦にも成らない二人、横移動で車の中に、刑事と思って語る言葉が、またしても記事に、主人公は居たたまれずに家を出て踊り子に、場末の店に,車で聞き出した記者の上司たちはこんな姿の主人公を取材するのが商売と、追い立てる、が、この聞き出した記者ばかりはどうも気が引けて、それでも仕事故に主人公を訪う、冷たくあしらわれて主人公は店のボスと酒場に、自棄、追いかける記者はボスの子分に殴られて、主人公はボスに、どこにでも連れて行ってと、投げやり、笑みのボス、偶然か、女は吐き気が、飲み慣れない酒を飲んで、外に、そこに記者が、誘う、酔っぱらって歩く主人公の後ろから腕を取る、ボス手から連れ出すのだ、これまたVの字、いよいよ森一生のVの展開、だが、この展開は、彼の親戚の郊外の研究所に連れ往くことで二人の関係には未だ成らない、郊外の研究所の博士の優しさ、その妻の欺瞞、言葉ばかり、蔑視でしかない、知らずに、此処で暮らすことに、だが、この時点では、妻の傲慢、欺瞞は判らない、博士と共にボートに乗って、湖の疾走、手前に進むボートの後ろには、大きなVの字が開けていく、笑みの娘、久しぶりに笑み、気持ちよいと、その日は気が晴れて、東京に、記者は、あそこで暮らしてみないかと、記者に恋している娘は、受け入れる、斯くて、改めて、この湖の研究所に娘が遣ってくる、新たなる始まり、期待、あのVがビクトリーに、だが、その現実は、妻の酷い扱い、正義面した言葉に堪らない、夫の博士は知って労るのだが、ついには、妻が出かけた時に、辛い主人公は博士の胸に頭を埋めて泣く、戻った、見た婦人の視線、姿、存在、嫉妬、怒り、傲慢、揶揄、直ぐに記者に電話、詰り、博士はそれでも、主人公に研究所の金を持たせて役所に、遣いに、が、娘の目のアップ、危険、危うさ、耐えられずに主人公は消える、妻の怒りの電話で、慌ててやって来た記者、金の入った鞄をそのままに、役所に届けもせずに、消えた、自転車の娘、この時には、記者の縁談話が持ち出されても居て、その話をも聞いていて、主人公の絶望、この崖っぷちで救ってくれた記者に対する恋、そんな思いが壊れて、遣ってきた記者は直ぐに追いかける、女の居場所、あの酒場に違いない、持ち逃げしたと思われた鞄、だが、しっかり金はそのままに、安心する記者、全てを理解して、歩き出す、今度は、離れない、手を取り合って、歩き出す、その前には、高架線のVの字の列車の走りが、真の展開が、右奥から走り来たった高架線が、なんと、左上にV展開して走りゆくのだ、だが、それでも、次なる、後ろからの誘いが、現れないとも限らない、Vの危機は続く、男がしっかり抱えていないと危ない、しかし、女自ら、主人公自身から、Vの字は作り出せないのだろうか、逃げるばかり、自分でVを作り出せない、弱さ、でも、あのラストの高架線の曲がりはまさに、森一生なのだ、象徴的なシーンではないか、ビクトリーのVであり、くの字の苦でもある、二人のラスト、私たちはあのラストの高架線の疾走を見つめるのだ、いや、生きるのだ、