食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

カフェの都ウィーンのはじまり-近世のハプスブルク家の食の革命(5)

2021-08-21 18:43:11 | 第四章 近世の食の革命
カフェの都ウィーンのはじまり-近世のハプスブルク家の食の革命(5)
「音楽の都」や「菓子の都」と言われるウィーンは、「カフェの都」と呼ばれることもあります。オーストリアではカフェのことを「カフェハウスKaffeehaus」と言いますが、2011年にウィーンの100軒ほどのカフェハウスがユネスコの無形文化遺産に指定されたことからも、ウィーンにおけるカフェの重要性が分かります。

1554年にオスマン帝国の首都イスタンブールで世界初のカフェハウスが誕生しました。そして、それから約130年後の1685年にウィーンで最初のカフェハウスが誕生したとされています。今回は、このカフェハウス誕生のお話から始めて、ウィーンの伝統的なカフェハウスの様子について見て行きます。


Cafe Sperl(Sandor Somkuti撮影)
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1685年に最初のカフェハウスが生まれたいきさつとして、次のような話がよく語られる。

「1683年にオスマン帝国軍がウィーンを包囲した。ウィーンの守備隊はポーランドの援軍を心待ちにしていたが、なかなかやってこない。そこで、トルコ語に長けたフランツ・ゲオルグ・コルシツキーという人物が伝令役となり、オスマン軍の包囲網を抜け出してポーランド軍に赴き、援軍の要請を行った。ポーランド軍はすぐに援軍に駆け付け、オスマン軍を蹴散らしたことによって、ウィーンは救われた。こうしてオスマン軍が去ったあとには様々な物資が残されていたのだが、その中に大量のコーヒー豆があった。ウィーンの人々はこれをラクダのエサと思って捨てようとしたのだが、コーヒー豆のことを知っていたコルシツキーは伝令を成功させたご褒美にこれをもらい受け、1685年にウィーンで最初のコーヒーハウスを開店させたのである。」

しかし、この話は真実とは異なる伝説と考えられている。1685年にコーヒーハウスを開いたのはアルメニア商人のヨハネス・ディオダードという人物であり、さらにそれ以前からウィーンにはコーヒーハウスがあったと推測されている。

そもそも、オーストリアに最初にコーヒーが紹介されたのは1665年のオーストリアとオスマン帝国との和平交渉の席だった。その頃オスマン帝国との貿易で活躍していたのがアルメニア商人で、オーストリアでもコーヒーが売れると判断した彼らが、オスマン帝国からコーヒー豆を運んでオーストリアに流通させたと言われている。はっきりとした記録には残っていないが、1685年以前にウィーンでカフェハウスを開店させたのもアルメニア商人だったと推測される。

ウィーンのカフェハウスは1700年には4軒になり、1770年には48軒、そして19世紀半ばには100軒ほどまでに増えて行った。

カフェハウスの多くは大きな交差点の角に建てられた。こうすることで、店が目立ちやすくなるし、入りやすくなる。また、窓が増えて店内が明るくなる。
ウィーンのカフェハウスでよく使用された椅子が曲げ木椅子で、19世紀になるとトーネット社製の曲げ木椅子がカフェハウスの定番となった。テーブルは大理石でできた丸い天板のものが一般的だった。


曲げ木椅子(Bentwood chair)(By Valerie McGlinchey, CC BY-SA 2.0 uk, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=9977605)

イギリスやフランスのコーヒーハウスやカフェと同じように、ウィーンのカフェハウスも男性の社交場や情報交換の場として発展して行った。このため、カフェハウスには多数の新聞と雑誌が置かれていた。また、伝統的なウィーンのカフェハウスに欠かせないのが「ヘル・オーバー(Herr Ober)」と呼ばれる、タキシードに身を包んだ男性ウェイターだ。

以上のような特徴が無形文化遺産を構成する要素となっている。

ウィーンの一般的なコーヒーにはミルクなどが入っているものがほとんどだ。ウィーンで一番ポピュラーなコーヒーの「メランジェ(Melange)」は、エスプレッソコーヒーに泡立てた温かいミルクを入れたものだ。これに泡立てたクリームを乗せると「カプツィナー(Kapuziner)」になる。

日本のウィンナーコーヒーは本場では「アインシュペナー(Ein spänner)」と呼ばれ、エスプレッソコーヒーに泡立てたクリームを乗せたものだ。また、「マリア・テレジア(Maria Theresia)」と言う、マリア・テレジアが好んだオレンジリキュールをメランジェに入れたコーヒーも有名だ。

カフェハウスではコーヒーのほかに、それぞれの店の定番のお菓子を出すのが一般的だ。デメルではザッハトルテが定番だし、多くの店で自慢のトルテが供されている。

なお、ウィーンには、モーツァルトやベートーヴェンが演奏したレストランを改装したカフェ・フラウエンフーバーやジークムント・フロイトらが訪れたカフェ・ツェントラルなどの歴史に浸ることができるカフェも多く存在している。


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