ドイツワインの歴史-近世ドイツの食の革命(4)
1980年代の半ば頃まで、日本に輸入されるワインでもっとも多かったのがドイツワインです。私が大学生の時に自分で買った最初のワインもドイツワインでした。その頃はワインの知識は全くなく、店頭で並んでいたものを適当に買っただけでした。
ドイツワインと聞けば白ワインを思い浮かべる人が多いですが、実際にドイツで生産されるワインの半分以上は白ワインで、また、その品質もとても優れているとされています。
ドイツの多くの高級白ワインに使用されているのが「リースリング」と言う品種で、ドイツでは他の品種をブレンドせずに、単一品種のブドウでワインを造るのが一般的です。
今回は、ドイツワインの歴史をたどりながら、ドイツワインの特徴について見て行こうと思います。
************
ドイツで最初にワインが醸造されたのは、紀元1世紀末から2世紀初頭にかけてのモーゼル河中流域と考えられている。当時はドイツの地はローマ帝国の一部であり、ローマ人がイタリアからブドウを持ちこんだと言われている。3世紀にはローマ皇帝プロブス(在位:276~282年)の命によってモーゼル河流域からライン河流域にかけてブドウ畑が拡張され、ワインが大量に生産された。
この「モーゼル地方」は現代でもワインの銘醸地であり、5大畑(オルツタイルラーゲ)の一つである「シャルツホーフベルク」を擁している。なお、オルツタイルラーゲとは、ワインの表記に畑名だけを入れることが許された5つの畑のことを言う(それ以外は地区名と畑名を記載する)。
中世に入るとドイツのいたるところでブドウが栽培されるようになったが、良いブドウができる地域は限られており、次第に特定の場所でしかワイン造りは行われなくなって行った。その理由がドイツの気候にある。これを説明するために、現在のドイツで行われているドイツワインの格付けについて説明しよう。
ドイツワインの格付けは他国のものと大きく異なっている点がある。それは、原料のブドウ果汁の糖度によって格付けを行うことだ。
ドイツでは法律で、ワインを大きく4つのクラスに分けている。日本に入って来るのは上位2つのクラスのワインで、「プレディカーツヴァイン」と「クヴァリテーツヴァイン」と呼ばれる。
最高級のプレディカーツヴァインはブドウ果汁の糖度によって、さらに6つのクラスに分けられ、糖度が高いほど高級ワインに分類される。ただし、ブドウ果汁の糖度が高いからと言って甘口のワインになるわけではなく、甘口と辛口の両方のワインが造られている。
このようにドイツで糖度が重視される理由は、ドイツでは糖度の高いブドウを作るのが難しいからだ。ドイツは気候が寒冷で、また緯度が高いために太陽の光が弱く、光合成が起こりにくい(光合成量は、光の強度・温度・二酸化炭素濃度によって決まる)。光合成が起こりにくいと糖ができず、ブドウが甘くならないのだ。
酒を造る酵母は糖を原料にアルコールを生み出すのだが、糖度が低いブドウ果汁を原料にすると十分なアルコールができずに、低品質のワインになってしまうのである。
このような理由から、ドイツでは糖度が高いブドウができる地域がワインの銘醸地として選択されて行ったのだ。
ドイツの多くのブドウ畑は、川沿いの南向きの急斜面に位置している。これは、日中に川の表面によって日光が反射するからだ。このような畑では、太陽から直接来る光と反射光によって光の強度が高まるとともに温度も上昇する。また、夜になって気温が下がってきても、川からの放射熱によってそれほど寒くならない。
ドイツでブドウ栽培に最適の地とされてきたのが「ラインガウ地方」だ。ラインガウには 「シュロス・ヨハニスベルク」「シュタインベルク」「シュロス・ライヒャルツハウゼン」「シュロス・フォルラーツ」という、5大畑(オルツタイルラーゲ)のうち4つの畑が存在している。
ラインガウでは、ライン河とマイン河の分岐点近くの北岸にある南向きの斜面にブドウ畑が広がっている。ラインガウでブドウが作られ始めたのは8世紀のことで、それにはフランク王国のカール大帝(742年~814年)が関わっている。
カール大帝がフランクフルトの西の町インゲルハイムの居城に滞在していた時のことだ。この城はライン川の近くにあったのだが、季節は冬の終わりということで城の周りは一面雪におおわれていた。ところが彼がふと川の対岸に目をやると、丘の上の雪が融けかけているのが見えた。カール大帝はその丘がブドウの栽培に適した暖かい地であることを見抜き、ブドウ畑をつくるように命じたという。
その丘こそ、ドイツで最高級の白ワインを生み出し続けている「ラインガウ」だ。ラインガウの北にはタウヌス山がそびえ、北風を防いでくれる。また、ゆったり流れるライン川によって太陽の光が反射し、大地を温める。さらに、夜になるとライン川が生み出す霧が寒さからブドウを守るのだ。
ラインガウ地方で重要なブドウの品種がリースリングで、栽培面積のほぼ90%を占めている。リースリングは白ワイン用の品種で、しっかりとした酸味と上質な芳香を特徴としている。香りが強いことから樽での香味付けは一般的に行われず、リースリングワインではブドウ本来の香りを楽しむことができると言われている。また、辛口から極甘口のアイスワインや、さらには発泡性があるものまで多様なワインを造ることができるという特徴を持っている。
ラインガウ地方のヨハニスベルクはドイツにおける貴腐ワインのはじまりの地とされていて、次のような伝承がある。
1775年のことだ。ヨハニスベルクでブドウ栽培を行っていた修道士たちは領主からのブドウ収穫の許可をソワソワしながら待っていた。毎年収穫時期になると領主からブドウの収穫を許可する伝令が届くのだが、その年は到着が遅れていてブドウがダメになりそうだったのだ。結局、伝令は14日遅れてしまい、干しブドウのようになったブドウを収穫することになった。ところが、ダメもとでそのブドウでワインを造ってみたところ、素晴らしいワインができたのだ。実はこの時ブドウは貴腐化していて、水分が抜けて糖度が高くなるとともに、芳醇な香りの元が作られていたのである。
ドイツのワインの銘醸地には、モーゼルとラインガウのほかに、ナーエやファルツ、ラインヘッセン、バーデンなどがある。
なお、格付けの一番上のクラスはブドウ果汁の糖度でさらにクラス分けが行われていたが、2番目以降のクラスでは、ブドウ果汁に糖を加える「シャプタリザシオン」という工程が認められている。
また、近年では温暖化のためにブドウの糖度が上がるようになり、ワイン造りに適したブドウが作りやすくなっているとも言われている。