食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

南蛮料理のはじまり-近世日本の食の革命(1)

2021-12-21 18:20:09 | 第四章 近世の食の革命
南蛮料理のはじまり-近世日本の食の革命(1)
今回から近世日本のシリーズが始まります。

日本の食文化の歴史を見ると、1543年にポルトガル人が豊後に来訪してから始まる西洋人の到来が、日本の食文化に大きな影響を与えます。そのため、本ブログでは、このポルトガル人来訪から江戸時代が終わるまでを近世として扱います。

第1回目の今回は、西洋人が日本に来訪することで作り始められた南蛮料理について見て行きます。現代でも、南蛮漬けや鴨南蛮のように、「南蛮」が付く料理がいくつかありますが、これらはどのような経緯で作られるようになったのでしょうか。

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南蛮」とは、元は中国の考え方で、南方にいる蛮族(異民族)のことを意味していた。しかし、16世紀に日本に西洋人が来訪するようになると、南の海からやって来るヨーロッパ人などを南蛮人と呼んで、侮蔑的な意味は消えて行った。むしろ、南蛮はきらびやかな異国を示す言葉になったのである。

この南蛮人たちが伝えた料理や菓子から生まれたのが南蛮料理であり、南蛮菓子だ。

日本にやってきたヨーロッパ人が、ポルトガルやスペイン、オランダと同じような材料を日本でも手に入れることができたなら、本国とほぼ同じ料理を作ることができたはずだ。

菓子の主な材料は、砂糖、小麦粉、卵で、これは日本でも手に入るものだったので、ほぼ同じものを作ることができた。一方、料理について言うと、ヨーロッパ人が大好きな獣肉は日本ではまず手に入らないし、野菜と香辛料も同じものはほとんどなかった。そこで、手に入りやすい食材を用いて、日本特有の「南蛮料理」が生み出されたのである。

南蛮料理とは、一般的にネギとトウガラシを多用する料理のことを指すが、これは、西洋人が常食していたタマネギの代わりにネギを、コショウの代わりにトウガラシを使用したからだと考えられる。

タマネギは江戸末期になってようやく日本に伝えられるに対して、ネギは奈良時代に中国から伝わり、それ以降ずっと日本の食卓に上り続けてきた馴染み深い野菜だ。名前が示すように、タマネギとネギは風味がよく似ており、日本にやって来た西洋人も好んで食べたと言われている。

一方のトウガラシは、アメリカ大陸原産の植物であるが、ヨーロッパ人の進出とともにアジア全体に広がった。コショウが熱帯地方でないと育たないのに対して、トウガラシは日本でも栽培することができたため、コショウの代わりの香辛料として使用されたのだ。トウガラシは「red pepper(赤いコショウ)」と呼ばれるように、コショウの代わりになる貴重な香辛料になると考えられ、重宝されたのだろう。

現在でも食べられている「南蛮」が付く料理には、「南蛮漬け」「鴨南蛮」「南蛮煮」などがあるが、「鴨南蛮」と「南蛮煮」は江戸時代に入ってから日本人が独自に考案したもので、ネギやトウガラシを使って南蛮風にした料理だ。一方、「南蛮漬け」は、南蛮人が伝えたものと考えられている。

南蛮漬け」は、小アジなどの小魚を唐揚げにして、焼きネギ、トウガラシと一緒に酢に漬けたものだ。ポルトガルやスペインでよく食べられている料理に、「エスカベーチェ」と呼ばれる唐揚げにした魚をタマネギなどの野菜・香辛料と一緒に酢に漬けたものがある。これが日本に伝えられて南蛮漬けになったと考えられている。


エスカベーチェ(Javier Lastrasによるflickrからの画像)

これ以外に、南蛮から伝えられた料理に「てんぷら」がある。このてんぷらは長崎で作られた南蛮料理の長崎てんぷらに由来する。これはフリッターに似ていて、小麦粉に砂糖と塩、酒などを加えて作った味付きの衣で、魚介類などを揚げた料理だ。これが江戸に伝わると、現在のてんぷらのように、味付けがされていない衣に変化した。(てんぷらの詳しい歴史については、このシリーズで詳しく解説する予定です。)

パン」も、1543年にポルトガル人が種子島に漂着した時に、鉄砲と一緒に日本に伝えられたと言われている。その頃は「ハン」と呼ばれて「波牟」という字があてがわれていた。パンと呼ばれるようになったのは明治になってからである。

1612年に江戸幕府によってキリスト教が禁止されると、市中でのパンの製造も禁止された。それ以降は、出島で暮らす西洋人のために作られるだけだったが、幕末になって西洋人との交流が始まると、兵糧としてパンを用いるようになったとされる。

南蛮人は、これまで見てきたような料理だけでなく、トウガラシのような新しい食材も日本に持ち込んだ。例えば、カボチャスイカジャガイモイチジクトウモロコシなどはすべて南蛮人が日本に伝えた食材だ。カボチャは和食の定番の食材のように思われているが、実はアメリカ大陸原産の作物なのである。


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