第2火力発電所は、よくも悪くも、大同のシンボルの1つだったと思います。(豊富な)石炭資源を生かし、発電した電力のすべてを北京に送ってきました。第2火力の構内で使われる電気も、ここで発電したものではなく、地元用の第1火力で発電したものだったそう(いまもそうかな?)。従業員の待遇も、大同の他の産業にくらべ、ずっとよかったのです。
まだ規模は小さかったのですが、1993年ごろ、私がこの第2火力をビ . . . 本文を読む
3月28日は昼間の気温が22度まであがったのに、きょう(30日)の天気予報は最高気温4度、最低気温-5度、そして沙塵暴(砂嵐)がくるというのです。
朝、緑の地球環境センターにむかって出発するときは、かなり低温ではあるけれども、風はほとんどありませんでした。私は、「天気予報、はずれたな」といっていました。
センターでは、剪定枝を集めて、無煙炭化器で炭焼きをしたかったのです。ところが、だんだ . . . 本文を読む
南天門自然植物園は大同でももっとも南にあり、となりの河北省との境から5㎞ほどのところです。敷地のいちばん低いところは海抜900m、高いところが1317mほどで、その高いところを「南天門」といいます。いい名前でしょう! 私たちがかってにつけたのではありませんよ。ちゃんと地図にも載っています。
3月末に訪れると、山のうえのほうはまだ雪が残っていました。その日、風がつよくて、上までは登ることができ . . . 本文を読む
3月28日の昼間の気温は22度まであがりました。日向の、風の遮られる場所にいると、厚着の私は汗ばむほどです。まるで、初夏といったところ。でも、夜間は0度以下まで下がります。
植樹の季節が近づいてきましたが、大同ではまだまだです。というのは、土が凍っているため。緑の地球環境センターでは地表から15cmほどは溶けましたが、それから下は凍っていて、スコップの刃もたちません。植え穴が掘れないんですね . . . 本文を読む
このところの大同の変化にはものすごいものがあるんですけど、今回は霊丘から渾源に帰る途中でそれを体験しました。霊丘からの高速道路が完成していたのです。
7~8年まえまでは、山越えの峠道をとおりました。霊丘から渾源まで2時間以上はかかっていました。そして雪でもふると、大渋滞が発生して、10時間もかかったことさえあったのです。真っ暗なバスのなかで、酒をだし、カラオケ大会(?)を開いて、夜をすごしま . . . 本文を読む
大同市のいちばん南の県が霊丘県と呼ばれるのは、ここの県城に趙の武霊王の墓があるからです。中国の戦国時代に「胡服騎射」といった戦法を採用して、強大な国をつくった王です。それまでの中国貴族がすその長い服を着て、戦車に乗って戦っていたのを、遊牧民族のようにズボンをはき、馬にまたがって弓矢を放ったわけです。のちに息子と仲違いし、幽閉されて、餓死したとされます。
もう2300年もまえにつくられたはずの . . . 本文を読む
くるまの前を、かなりのスピードで、なにかが横切りました。助手席に座っている前中久行代表が、くるまを停めてもらって、外に飛び出しました。その正体がこれ。すっかり乾ききっていますが、おそらくアカザ科の草です。いや、アカザ科は廃止になったとききましたので、なに科なのでしょう?
株元から1本の茎がまっすぐ伸び、そこからでた枝がきれいにまとまって、このような球状になるんですね。みごとなものです。
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3月20日から中国にきました。23日に、霊丘県の南天門自然植物園を訪れました。うえのほうに設定している2つの調査区をみることに決めていたんですけど、風が強すぎるんですね。下のほうの苗圃にいても、からだを押されるくらいですから、あの尾根道だと、転げ落ちかねない。登るのはあきらめて、苗圃の周囲で活動しました。
その帰り道、唐河のほとりを走っているときです。河のむこうがわを、風砂が走っていました。 . . . 本文を読む
翌年の2010年です。この年は春には雨があったので、トウモロコシも育ちました。ところが夏になって雨が降りません。穂が出て、花粉を飛ばすころに雨がなかったのです。すると実はなりません。枯れたり、腐ったりするものもでてきました。
南天門自然植物園の周金が、「こんなひどい旱魃はしらない」といって、嘆きます。私が「そんなことはないでしょ。1999年や2001年は山の草だって枯れたでしょ」というと、彼 . . . 本文を読む
中国のトウモロコシは草丈が大きくなります。それに比して、日本のものは草丈は小さくて、実がよくつく。品種改良の目的がちがうからでしょうね。
日本ではトウモロコシの葉や茎は、人間にとってジャマ以外のなにものでもありません。中国では、とくに大同のような農村では、あの葉や茎が値打ちなんですね。まずは家畜の飼料になります。それから生活燃料になります。有機物が決定的に不足していますから、堆肥の重要な材料で . . . 本文を読む
大同市内から南郊区、大同県、渾源県へと南にくだります。その途中、渾源県にはいってすぐのところにあったのがこの村、三嶺村。ものすごい光景なんですね。窰洞(やおとん)式の住居が集まって小さな村ができ、そして明代のものといわれる狼煙台。
山は近くにあるけれど、煮炊きにつかう柴はなし、で、山に木はなく、草もまばら。急斜面まで畑が耕され、その畑、旱魃の年ともなると、作物をつくらず、放棄される。村のうえ . . . 本文を読む
山は近くにあるけれど、煮炊きにつかう柴はなし…。その大きな原因が過剰な耕作です。これは大同市南郊区の七峰山からみた光景。黄土高原との最初の出会いは、1970年代初め、北京から西安に飛ぶ飛行機の窓からの光景でした。驚いたのは、山に地図と同じように等高線がはいっていたこと。そのときはなにかよくわからなかったんですけど、ようするにこのような光景をみていたわけですね。
現場でみたのは、山西省の大寨を . . . 本文を読む
きのう、突然、北京の知らないところからEメールが届きました。「緑色中国年度焦点人物評選」といって、中国の緑化の面で功績をあげた人物を選ぶコンテストのようなもののようです。それに私がノミネートされたのだそう。
主催しているのは、中国緑化基金会/中国生態文明研究与促進会/人民網/緑色中国雑誌社。それをさまざまなメディアが応援しているのだそう。人民日報・新華社・中央人民広播電台・中央電視台・中国国 . . . 本文を読む
では、大同はどんなところでしょう。講演などで大同を紹介するとき、私は最初に大同市陽高県の民謡「高山高」の一節を紹介します。中国語ではたった16文字。「靠着山呀,没柴焼.十箇年頭,九年旱一年澇…」。
上田信さんの訳を借ります。山は近くにあるけれど、煮炊きに使う柴はなし。十の年を重ねれば、九年は旱(ひでり)で一年は大水…。漢字ってすごいですよね。これだけのことをたった16文字で表せるのです。20 . . . 本文を読む
2008年秋から、もうひとつの要素がでてきました。河北省の石家荘市と保定市に4つのダムがあります。滹沱河につくられた崗南ダムと黄壁庄ダム、砂河をせき止める王快ダム、唐河にある西大洋ダムです。このダムを水路でつなぎ、その水を北京まで運ぶようになったのです。南水北調の一環です。
南水北調は、長江水域の水を、水不足の深刻な北京・天津などに引く大プロジェクトで、3つのルートが計画されていますが、北 . . . 本文を読む