・・・・ 孫の「愛」ちゃんの写真を ・・・・ 2012年12月03日 20時44分39秒 | 日記 12月3日 今日は写真を入れる事を、何とかしてブログの中に取り入れて見ようと挑戦した。 次に文字の色も変えて見たcolor="blue"> 青で書いて見た処黒字でったもう一度青でかいてみると今度は青色の字で書けた。 。むらさきいろではライムでは ちゃいろではおりーぶいろでは凡そ色の使えるのが分かった。 写真は小さいのでないと巧く編集出来ないようである。いろいろとしてみよう。
お座敷の障子紙を焼いて怒られた事 2012年12月03日 14時32分54秒 | 生活 12月3日 小学校の頃は、糸の切れた凧みたいな生活でした。父母は仕事に忙しくて、子供のことなどはあまり注意等しませんでした。それで学校の授業が終わってから、家への帰りから夕食までの時間は自由でした。 今思うと恵まれていて、自由気ままに遊び回ったのです。春はつくしがあり、づばな(雑草の新芽)を取って食べ、ヒバリの巣を見つけて、ヒナを取って餌をやって楽しむ。 夏になると小川で魚を取って遊び、秋から冬にはメジロを取って遊ぶ等。季節によっては、山には椎の実がなり、ビワがなり、柿もあり 山桃もなりキノコ取りもしました。・・・・ 山に行ってカチ罠をつくったり、…遊びは数えきれない程ありました。集団で遊ぶ時は兵隊ごっこをしました、二組に分かれて陣地をつくり戦うのです。けれども兵隊ゴッコはとても怖かった、竹の棒の先にナイフをくくりつけて戦うからです。強い上級生が自分の味方にいればいいのですが、・・・・山の中でしました。 冬には凧をつくって凧上げをして遊んだし、メジロかごも長い時間をかけて作ったりした。遊び疲れて夜はぐっすり寝たものでした。 強いからだは走り回った遊びで、鍛えられました。忍耐力は遊びやものつくりの中で、自然に養われました。自分で工夫して色々な遊び道具をつくって遊びました。 今の子供には想像も出来ない、遊ぶ自由がいっぱいありました。父母から勉強のことなど、言われた事はありませんでした。夏休みが終わってから宿題をしてないので、自分が困りました。 {/ee_2/}大失敗で座敷の障子紙を焼いて、父から怒られました。 3年生の頃一人でお座敷で遊んでいました、座敷の障子紙の破れ目がありました。其の破れ目の穴からマッチ棒に火をつけて、外に出して遊びました。 2~3回投げて成功しました、面白くなってしているうちに火がついてしまいました。箒で消そうとしましたがダメでした。怖かったです下から上に燃え上がりました、幸いに家は焼けずに済みました。 一枚の障子は紙が燃えてしまいました。その夜は父からひどく叱られました。もう二度とこんなことはしてはいけないと思いました。父に迷惑ばかりかけて本当に、申し訳ありませんでした。ごめんなさい・・・ 良かった 良かった 良かった 家を焼か無くて その時家が焼けていたらと思うと・・・・ぞっとします