2012年11月末、シリア軍が空爆用の500ポンド(272キログラム)爆弾数十個に化学物質を注入した。シリア軍はサリン弾を透過する予定だったが、空爆は直前に中止された。未然に終わったため、これについて報道したテレビは少なかった。米国ではNBCが報じた。この時期広く報道されたのは、トルコへのパトリオット・ミサイルの配備だった。しかし500ポンドのサリン弾が数十発投下されれば、サダムフセインがハラブジャのクルド人を殺害した事件に匹敵する事件になったかもしれない。
ニューヨーク・タイムズは攻撃が切迫していたことを伝えており、直前で中止された経過を説明している。この記事は前々回訳した。
この事件について、私はさらに調べた。
イスラエルはシリアの化学兵器施設を爆撃する計画を立てていた、とWired紙が書いている。一方で米統合参謀本部はシリア攻撃を望んでいなかったという。また、シリア軍がサリンを準備したのは事実だが、サリン攻撃をすぐに実行つもりなのかは、わからないという。
ニューヨーク・タイムズは事件の一か月後に記事を発表しているが、Wiredは事件の直後に発表している。シリア軍が化学兵器の準備を開始したのは、2012年11月28日である。
======《シリアが化学攻撃を準備》=========
Exclusive: U.S. Sees Syria Prepping Chemical Weapons for Possible Attack
Wired 2012年12月3日
シリアの問題をよく知る米政府関係者が、Wired紙のブログ「危機管理室(Danger Room)」に次のように話した。
「アサド政権の技術者たちは、化学兵器としてのサリンを合成するため、2種類の前段階物質を混合し始めた」。
シリアの政権が神経ガスを用いて自国民を殺害するのではないか、と国際社会はこれまで以上に心配している。
シリアの技術者によるサリンの準備は、先週半ば(11月28日)、シリア中部(ホムス付近)で始まった。
シリア軍がなぜこのようなことをするのか、米政府は理解できない。シリア軍は前段階物質の混合と並行して、化学兵器の一部を他の地域に移したが、米政府はその理由もわからない。
しかしアサドが命令すれば、化学兵器がすぐにでも使える状態にあることは確かだ。それらを航空機に積んで投下できるということだ」。
サリンは主に2つの成分からできている。潤滑油として知られるイソプロピル・アルコールとメチルホスホニル・ジフルオリドである。アサドはこれらの前段階物質を500トン保有している。事故を防ぐため、2種類の物質は別々に保管される。この保存法はバイナリー・フォーム(2部形式)と呼ばれる。
米政府関係者は話を続けた。
「先週シリア軍は2種類の物質の一部を混ぜ始めた。保管されている全部ではなく、ほんの一部だ。彼らの目的が何なのか、我々にはわからない」。
5か月前(2012年7月)、アサド政権は反対派を支援する国々対し、公式に警告した。
「多くの犠牲が出ている内戦に、外国の軍隊が新たに参入するなら、我々は化学兵器を使用するだろう」。
アサドの警告が発せられると、米国とその同盟国の情報機関はパニック状態になった。前段階物質がシリアに持ち込まれるのを防ごうと、これらの情報機関は全力を尽くした。
米政府関係者は話を続けた。
「現在は、7月の時よりはるかに深刻だ」。
米統合参謀本部の首席報道官・ジョージ・リトルは次のように述べた。
「シリアが化学兵器を使用することは、断じて容認できない。シリアは化学兵器の保全に責任を持たななければならない。自国民に対し使用してはならない」。
プラハで、クリントン国務長官はシリアを威嚇した。
「シリアが化学兵器を使用するなら、米国は即座に行動を起こすだろう」。
シリアが化学兵器を準備したり、移動させたりしていることが、攻撃が差し迫っていることを意味するのか否か、わからない。
シリアの脅威に対し、それが通常兵器であれ、化学兵器であれ、中東諸国と関係諸国は準備している。国連の職員は必須要員以外、ダマスカスから退去した。エジプトはダマスカスに向かう旅客機を戻らせた。
アトランティック紙は次のように報じた。
「イスラエルはシリアの化学兵器施設を爆撃する計画について、ヨルダンと相談した」。
米統合参謀本部のスタッフは次のように示唆した。
「化学兵器の施設を確保するには、7万5千人の兵士が必要だ」。
この言い方から、米統合参謀本部はシリアに深く関わることを望んでいないことがわかる。
最近アサド政権は弱体化している。ダマスカス周辺の戦闘がげきかしている。反対派の部隊がこの地域にある政府軍基地6か所を占領した。最大の補給基地であるダマスカス空港にも、脅威が迫っている。首都と空港を結ぶ道路を守るため、政権は増援部隊を他地域から呼びよせた。
反対派の勝利はシリア北部と東部では、劇的だ。先月(11月)反対派はトルコ国境付近の町を多数獲得した。またアレッポの近くにある重要な軍事空港を占領した。
====================(Wired終了)
Wiredは4日後に再び、シリア軍による化学兵器の準備問題について書いている。サリンについて理解を深める内容になっている。サリン攻撃が切迫していたかどうかはわからない、という判断の理由が書かれている。この点では、化学攻撃が近いとする、ニューヨーク・タイムズの記事と異なっている。
またWiredは「化学攻撃をしてはならない、という米国の警告が最後通告に近いものだった」としており、この点でニューヨーク・タイムズと一致している。
ニューヨーク・タイムズはこの事件に関する情報収集と確認の作業に時間を費やし、一か月後発表したのである。
シリア軍がすぐに攻撃するつもりだったか、については判断が難しい。
====《化学兵器は、すぐに使える状態》=======
Bombs Are Now Filled With Chemicals — And Could Be Up for Grabs
Wired 2012年12月7日
アサド政権は前段階物質を混ぜ合わせ、化学兵器・サリンを合成している。このことは最大の危険ではないかもしれない。テロリスト集団が、世界で最も危険な化学兵器を手に入れるかもしれない。
アサドの化学部隊は、神経ガス・サリンの合成に必要な化学物質を購入し、長い間実験を続けてきた。血なまぐさい内戦の期間も、化学兵器の実験は継続されている。
米政府内のシリア専門家の見解によれば、シリアの技術者たちは、サリンの毒性を1年間有効に保つことができるようだ。
米政府関係者の一人が、Wired紙のブログ編集室に次のように述べた。
「合成されたサリンは、すぐに使わなければ無効になるわけではなない。シリアのサリンが保存可能になったことで、反対派の中の過激イスラム主義者がそれを手に入れる危険が生まれた。つまり、化学兵器で武装したテロリスト集団が出現するということだ」。
米国の科学者連盟のチャールズ・ブレアも次のように言う。
「シリアの化学兵器の危険がどれほど大きいか予測できないが、一点だけ確かだ。アサド政権が倒れれば、テロリストが化学兵器を手に入れるだろう」。
神経ガス・サリンは不安定であり、時間とともに劣化する。純粋なサリンでない限り、容器を破壊する。
それでアサドの技術者たちがの化学物質の一部を混合し始めた時、シリア軍はアサリンを使うつもりだという恐怖が広がった。しかしこれは在庫の一部を処分しただけかもしれない。
しかしこれとは反対に、もっと恐ろしいことも考えられる。もしアサドのサリンが数か月間有効ならば、これが使われる可能性は大きくなる。いったん生成したサリンは極めて危険であり、取扱いが難しい。運ぶことさえ危険を伴う。サリンを保管するのは面倒で、使ってしまうほうが容易である。
米政府関係者は次のように語る。
「生成されたサリンを保管したり、運んだりすることは、前段階物質より10倍難しい。武器として使ってしまうのが、はるかに簡単だ」。
また反対派の中の過激分子にとってサリンを製造することは困難だが、生成されたサリンを手に入れるチャンスが生まれる。
シリア各地の20箇所に、500トン以上の前段階物質が保管されている。反対派がこれらの物質を手に入れる機会は、これまでしばしばあった。これらの一部が合成されたことによって、今後はサリンが反対派の手に渡ることになる。
サリンは取扱いが難しく、危険である。この問題を解決するため、冷戦時の米国など、化学兵器を保有する国は2種類の前段階物質を別々に砲弾に入れる方法を考案した。砲弾の内部は2つに仕切られており、発射後に2種の物質を隔てている膜が破れる。発射後、砲弾は毎秒数千回、回転しながら飛ぶ。この回転によって2種の物質は混合し、サリンが生成される。
この方式は数十年前に実用化されたが、開発に成功したのはわずかな国だけであり、ほとんどの国にとって、手の届かない技術である。
国連の報告によれば、イラクのサダム・フセインは隔壁を持つ砲弾を試作し、何度か実験したが、実用化に至らなかった。1980年代のイランとの戦争で、イラク軍は化学兵器を使用したが、隔壁を持つ砲弾を使用したことはなかった。
ランド財団の非通常兵器の専門家ジェイムズ・キニヴァンはWire紙のブログ編集室に次のように話した。
「イラク軍は発射直前にサリンを生成し、すぐに発射していた」。
シリアの化学砲弾の多くは、大砲の砲弾ではなく、BM-21グラード・ロケットである。あるいは航空機から落とす爆弾である。どちらの場合も、回転数が少ないため、2種類の物質を隔てている膜が破れることはない。シリア軍は2種類の化学物質を砲弾に入れてから、発射前にそれらを十分混ぜなければならない。
米国の武器に関する情報の専門家はWire紙のブログ編集室に次のように話した。
「あるいは、シリア軍は砲弾に入れる前に、2種類の物質を混ぜる。これは昔のソ連の初歩的な砲弾だ。砲弾の中には仕切りがない」。
サリンの前段階物質を混ぜることは危険な作業である。前段階物質は活性化させる際には 正確さが求められる。急激に活性化してはならず、混ぜながら、時々冷やさなければならない。そのようにして出来上がったサリンは恐ろしい物質である。この数十年、誰も使ったことがない。
しかし現在シリアの政権はサリンをしようとしている。今週米政府関係者がWire紙のブログ編集室に、次のように語った。
「シリアの化学部隊はサリンを爆弾に注入した。サリン爆弾は航空機に積まれ、投下されるだろう」。
シリアの化学兵器を保全する努力がなされており、次のような報道がある。
「欧米諸国の政府は反対派の中の信頼できるメンバーを選び、化学兵器の取り扱いについて訓練をしていいる。信頼できる人間が化学兵器を確保しなければならない。訓練はヨルダンとトルコでされている。数か月前から、米国は反政府軍が最新の通信機器を扱えるよう、訓練している。
Syria Deeply(シリアについて深く知る)というサイトが次のように書いている。
「シリアの化学兵器を監視するため、米国の傭兵はずっと前からシリアにいる」。
反政府軍の指導者の、少なくとも一人が政権側の人物と秘密に協力し、前段階物質を安全に保管する努力をしている。
オバマ大統領、国連事務総長、NATO事務局長が一致してシリア政府に警告し、化学兵器の準備を中止するよう求めている。
12月6日クリントン国務長官はロシアのラブロフ外相と会談の前、次のように述べた。
「追いつめられたアサド政権が化学兵器を使用するのではないか、と我々は恐れている。あるいは、彼らが化学兵器を管理する能力を失い、政権と敵対しているグループの一つがそれを手に入れるかもしれない。この危険を前にして、我が国と関係諸国は完全に団結しており、我々は疑問の余地がないメッセージをアサド政権に送った。準備された化学兵器を使用することは、レッド・ラインを超える行為であり、実行者は責任を問われ、処罰されるであろう」。
=====================(Wired12月7日終了)