道々の枝折

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緊急事態

2021年02月02日 | 人文考察
第一次大戦後の世界で、最も民主的な憲法と賞賛されていたワイマール憲法をもつ当時のドイツで、ヒトラーのナチス党が国をファシズムに導くことができたのは、その優れた憲法第48条のたった一つの条項だった。

非常事態権限(ワイマール憲法第48条)】

「公共の安全および秩序が著しく乱され、また危機にさらされる時、共和国大統領は公共の安全および秩序を回復させるために必要な措置をとることができ,」「基本権の全部または一部を停止することができる。」

ヒトラー首相とナチス党はこれを濫用した。それによって、先進的な民主主義を取り入れたはずのドイツは、全体主義に傾き破滅した。

日本では、戦前盛んに遣われた「非常」が、敗戦後「緊急」に言い換えられるようになった。「非常事態」は封印され「緊急事態」に看板を換えた。

「緊急事態」というものは滅多に起こるものでないが、社会の極めて広い範囲に危険が及ぶ状況は、人の一生に複数回は発生する。議会が多数をもってそれを緊急と認めれば、恣意的な立法・行政が可能になるのは、現在も変わらない。

私たち民主国家の国民は、常々「緊急事態」の内容の精査・分類・整理を怠らないことが大切だ。定義を厳密にしなければならない。認めてはならない「緊急事態」がある。

いかなる民主的政体をも、条文ひとつで正反対に変容させることができる憲法に無関心であってはならない。憲法改正論議においては、この「緊急事態」の語のある条項に特段の注意を要する。

最も危険なのは、この語への耳慣れである。「緊急事態宣言」と「緊急事態権限」とは、発音ではセとケの一字違い。私たちは「緊急事態」の語に馴れてはいけない。緊急事態は政治的に違和感のある言葉として、無闇に遣われないよう、蛍光付箋を付けておくべきだろう。

現代でも「この非常時に!」は「この緊急時に!」に変わって脈々とひき継がれている。コロナ禍の初期に各所で見られた「自粛警察」は、権力の露払いをしたがる人たちの存在を教えている。





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