話すときはアルトなのに、歌うときは可愛いメゾ。
背は高くて手足も長いのに、手のひらは本当に小さくって、ピアノ弾くために指の間を切りたいといっていたね。
結局君のピアノは、聴くことができなかった。
しかし君は僕のためだけに、3回 歌を歌ってくれた。
一曲目は
「メンデルスゾーンの 歌の翼に」 ---夏の昼下がり 京都国立博物館の芝生にて--
君とよく落ち合ったのは、君の大学の近くの、京都国立博物館。
特別展じゃないときにはガラすきで、広い芝生が僕たちの独占物となった。
ロダンの考える人や仏像の姿をまねたり、木陰で寝込んだり、 見上げると大空の中で、僕達は本当に自由で若かった。
合唱団のソロだった君が 「あっ そうだ!」 と言っていきなり立ち上がり、手を前に組んで真剣な姿勢で歌いだしたのがこの歌。
座りなおした僕の前で、ボイストレーナーの指示を守って口元をあげ、まっすぐ前を向いて、頬をどんどん紅潮させて、ハイネを歌っている。
僕は、はつらつとした如来を見るように、君を見上げた。歌声が羽衣のように、君のまわりを漂うのを感じた。
いつのまにか天女となって、虚空に浮かんでいる・・・・・。そして、それを見ている僕は何処にいるのだろう。
歌い終わったとき、いつのまにかやってきた小さな子供が、僕より先に、耳元で拍手を始めた。
君はそのときやっと僕と子供のほうに視線を移し、にっこりと笑った。
そして君は、その子の頭をなで、離れたところにいるその子の母親に会釈しながら、頬をいっそう紅潮させた。
まわりから、音が戻ってきた。
「あっ そうだ!」って、なんのことだったんだろうね。
Cafestaからの転載