Tokkoちゃんの気まま日記

感じたままに~ 心のままに~ 好き放題書いてます

突然決まった入所②

2018-04-16 20:03:57 | 母便り
 母の入所が決まるかもしれない面接に、施設の人が来ることを小父さんにだけ伝えた
早くから母に伝えると、やはり精神的に不安定になるだろうと予測が付いていたから~
しかし小父さんは、私の配慮を無視してすぐさま母にこの事を伝えてしまった
案の定、母は
「何処にも行きたくない、此処に居たい・・・・」
毎日のように涙ぐんで訴えるようになった

「どうして早々に母に言ったんですか?私が様子を見てから伝える心算だったんですよ」
私がそう言うと
「どうせ言わんとあかんのやから言うただけや」
と言う
正式に入所の日取りが決まった時も、私が2~3日前に話そうと思っていると
母の担当のケアマネさんにわざわざ頼んで、早々に知らせてしまった

 その癖、母が
「私は邪魔者やから追い出されるんやね・・・」
と皮肉ばかり言うと愚痴る
「貴男の為に私は何処へでも行ってあげる」
と恩着せがましく言うと愚痴る

 この人はいったい何を考えているんだろうか・・・・?
私は不思議で仕方なかった
勝手に母に早々と伝えればこうなると予測が付くのに
自分が勝手に伝えておいて、愚痴られても困る

 結局私は小父さんに、小父さんの 言動 が母の入所を速めた事を伝えなかった
伝えれば、自分は決して母に精神的な虐待はしていないと主張するだろう
それが鬱陶しかった
小父さんが徐々に、自分の立場を守る為に 嘘を付く ようになった事に私は気が付いていた

 母に大量の 精神安定剤 を飲ませた時も・・・・
母に食事をさせていないことを隠した時も・・・・・
初めはそんな人では無かったと思うが、小父さんは徐々に微妙に変わり始めていた

 私は母の入所が近づいた時
「本当にこのまま母を施設に入れてしまって良いのか?」
と自問自答し始めた
小父さんが看ないなら、自分が看れば入所させなくて済むのに
このまま黙って入れてしまって良いのか・・・・

 この自問自答を2人の友人に相談した
2人とも ケアマネジャーで有り同時に社会福祉士だった
2人共答えは同じだった
「入れれば良い、その代わり常に施設に面会に行って上げてね」
「家族が顔を出す人と出さない人では、施設でも扱いが変わるものよ」

 自分が頑張って疲れてしまうよりも、距離を保つことでより優しく接する事も出来る
それに何故、貴方が看るの?貴方に看る義務は無いわ
此処までしただけでも、お母さんが貴方にした事を思えば有り難い筈よ
友人達は口を揃えて、もうこれ以上の責任を感じる必要は無いと言ってくれた

 名古屋の叔母は
「自分の姉だけど、本当に恥知らずだわ・・・自分のしたことを思えば私だったら恥ずかしくて子供の世話になんかなれないわ」
そう言った
自分の幸せの為に捨てた子供たちに、厚かましく老後を見て貰おうだなんて考えられない
名古屋の叔母はそう言う清廉な人なのだ
私は昔からこの叔母が自分の母だったら良いのに~と何度も思った
 
 母は入所の日、施設の玄関で泣き始めた
それも予測できたので驚きはしなかったが、心は重かった
荷物の整理も終わり、自宅に戻ってからも
「暫くは、顔を見に行く勇気が無いなぁ~」
と思った
今も施設で泣いていないかとそればかりが気になった

突然決まった入所①

2018-04-15 20:03:17 | 母便り
 年明け早々、一本の電話が掛かって来た
母がお世話になっている デイサービス の施設からだった
『ありゃ~お母さんが又遣らかしたか・・・』
正直、そう思った
  「母って・・・」  と言うブログで書いたが、母はディでは問題児なのだ

 恐る恐る電話に出た
今、問題を起こしてディサービスを断られると本当に困る
「○○さんの娘さんですね?」
「そうです、母が又ご迷惑を掛けましたか?」
「いえいえそうでは無いのです、実は~~」

 話はこうだった
今日ディサービスから自宅に戻る時間になると、母が家に帰りたくないと訴えた
理由を訊くと
「主人から、あんたの顔を見たり声を聴くと余計に吐き気がすると言われた・・・」
と言い、だから家に帰りたく無いと訴えたそうだ
「娘さんはこの事をご存知ですか?」
「いえ其処までは把握していませんが良く気を付けて観察してみます」
そう言って私は電話を切った

 しかし今回、電話までしたのは他にも証言が有ったからだそうだ
以前は母を自宅に送り届けると、玄関前に小父さんが出て来て母の荷物を受け取り母を中に入れていた
でも最近は、全く出て来なくなり職員の方が玄関のドアも開けて母を中に入れても
母の荷物も受け取らず、玄関から上に上がる母に手も貸さないと言う
「あの御主人、酷いですよ」と職員から報告を受けたのだそうだ

 私は母の言葉の信憑性を確かめるために、夕食時にジッと観察してみた
小父さんは気難しい顔のまま、母の方を全く見ようとしない
母はと言えば、オドオドしてチラチラと小父さんの顔を盗み見する感じが顕著だった
其処で、歯磨きの時に洗面所で小声で母に訊いてみた
「お母さん、どうしたの?小父さんから何か言われた?」
「顔を見たら余計に吐き気がすると言われたから、顔を見ないようにしてる」 と言う

 そして次のディサービスに行く日、私が隣家に行くと
ちょうど小父さんの不機嫌な声がしていた
「はようせんかい!目薬も入れたんか?」
「そう言われても・・・・・」
認知症の母にやいのやいのと言っても、ただオロオロするばかりだ
大方の用意は、前日に私がしておいたのだし
そんなに怒られる事は無い筈だと内心思った
そう思った瞬間、小父さんの肘が母の横っ腹を思いっきり打ち付けた
「痛い~~~!」
母の泣きそうな声が響いた
「叩かんとってよ」
「あんたがさっさとせんからや!」

 『何をするんですか!』という怒りの声を私はやっと飲み込んだ
顔は不機嫌になったと思うが、声には出さなかった
母の訴えは、大げさでも出まかせでも無かったのが解った
娘の私が居てでさえこうなのだから・・・・・

 私は昨日電話を下さったディサービスの人に電話をした
今朝の様子を伝えて、お風呂の時に体に痣が無いかの確認を頼んだ
担当のケアマネさんにもディサービスからの電話と、今朝の様子を伝えた

 そんな事が有って暫く後、又一本の電話が掛かって来た
私と主人が施設見学をお願いして、ケアマネさんから申し込んで貰った 特養 の一つからだった
ケアマネさんは、私と主人が見学して決めた4か所程の施設に申し込み手続きをして下さっていたが
その施設の全てに、特記事項として
「家族からの精神的虐待が疑われる」と連絡を入れて下さったそうだ

 そう言う事情が有ると、優先権が生まれる
ちょうど折よく空き部屋の出た施設が、面接を申し出て下さったのだ
こんなに早く入れるのは稀な事だそうだ
それでも正式に決まるまでは、およそ1か月掛かった

奇跡的回復②

2018-04-14 19:04:29 | 母便り
 入院は拒否されたが、小父さんの憔悴ぶりが酷かったのも確かだ
女性医師からは、退院時に渡した薬の中に副作用として 吐き気 が伴う物が入っているので飲まないようにと指示が出た
それから甘くて飲み難いが、一缶で200カロリーが確実に摂れる栄養補助飲料を薦めた
そして今日は出来るだけ多くの点滴を入れるので、数時間は掛かる旨を伝えられた

 既に正午を大きく回っており、私は母が気になって仕方なかった
看護師に、一度帰宅して母に昼食を食べさせたいと申し出たが断られた
患者がトイレに行くときの付き添いがいないと困ると言う
それでも看護師の中に、優しい人が居て
「大変ね、二人ともじゃね~携帯の番号を書いてくれたら短時間なら大丈夫よ」
と言って貰った

 そんなこんなで病院と家を慌ただしく行き来したが何とか点滴も終わり
夕方の4時頃に小父さんを連れ帰った
結論を言えば、この医師の勧めてくれた栄養補助飲料が功を奏して
少しづつ小父さんの食欲が戻って、パンやおかゆも喉を通るようになった
勿論、体重が戻る程の効果は無いが口から食物が摂れる事は人を落ち着かせるようだ

 その頃を今振り返ると、よくぞ仕事をしながら頑張ったものだと自分でも感心する
勿論、主人の協力が有ってこそでも有る
小父さんの我が儘ぶりは一層酷くなっていて
毎日、あれこれと買って来て欲しい物をメモ書きにして渡される
どうかすると、一日に二度も買い物を頼まれる事も有った

 買って来ても
「うん・・・これじゃ無い」
と言われることも有った
正直、ストレスは爆発寸前に達していた

 小父さんにも介護認定を受けて貰おうと思うと
より一層、多くの時間を割かねばならなかった
認定申請書を出す前段階で面接が有る
認定申請を出せば、市から調査員が遣って来る
母の特養の申し込みも同時期で、その全てに、私の時間が割かれていく
「もうちょっと、もうちょっと、もうちょっとで楽になるからね」
づっと自分に言い聞かせていた

 特養なんて、申し込んでも空きがなければ何年先かも分からない
それでも申し込んでおかなければ何時まで経っても入れない
小父さんの介護申請が通れば、ヘルパーさんが遣って来る
買い物や食事の支度も、ヘルパーさんで救われる
だからこれを遣り切れば、きっと楽になるからね~~~と

 最初の内は、妹たちに愚痴を聞いて貰っていた
でも或る時に気付いた
例え妹でも、遠く離れている人には所詮 他人事 
愚痴を言えば言うほど、温度差を感じた
これは自分で乗り切るしか無いのだと

奇跡的回復①

2018-04-13 20:56:29 | 母便り
 危篤・・・そう言われた筈なのに小父さんは奇跡的な回復力をみせた
担当医師も驚くほどだった
此処何十年間は、白内障と歯の治療以外は病院に行ったことも投薬を受けた事も無かった故か?
抗生物質が良く効いたそうだ

 それは勿論良い事だったが、その頃から小父さんの態度に変化が有った
私や主人を毎日のように病院まで呼び立てる
あれを持って来てくれ~
〇〇を買って来てくれ~
身内から完全に見放されたら、逆に頼れるのは私達だけだと思えば
本来は遠慮がちになるのでは? と思ったが逆だった
私も仕事前や仕事後に病院まで毎日通う事になった
母の世話と小父さんの事、かなりの負担になった

 特に主人を顎で使うような態度に私はハラハラした
主人が怒り出しそうで、私の方が心配になってしまった
しかし主人も病人相手だと思ったのか、ジッと我慢してくれた
そして2週間ほどで退院に漕ぎつけた

 私達にすれば、これで少しは楽になると思った
でも事は逆で、二人分の食事の用意や買い物に追いまくられた
しかも退院後、小父さんが元気だったのは3日間程・・・・・
直ぐに酷い吐き気で、食事が摂れなくなった

 病院でも段々と食欲が出ていたので、まさかまさかの出来事
次第に機嫌が悪くなり、母がオドオドし始めた
退院したのが28日だったから、病院も年末でお休みに入っていた

 そして正月の2日
私は正月でもお仕事
仕事が終わって主人も晩酌をしながら二人で寛いで食事を摂っていた
するとトントンと窓を叩く音
出てみると、小父さんが立っている
「これから直ぐに病院に行くから付いて来てくれ」
「え?2日ですよ、病院に行くんですか?」
「気分が悪くて堪らんから行く」

 行くと言われても、主人はお酒が入っている
私は運転が出来ないし、どうしろと言うんだ~~~
しかし、行くと言って聞かない
もう夜の8時近い
着替えて、タクシーを自宅まで呼び私だけが付き添ってともかく病院に向かった

 正月の8時でも病院は沢山の患者が居た
正にインフルエンザのピーク時で、ゴホンゴホンとせき込んでいる人ばかり
先に全員にインフルエンザの検査が行われ、小父さんも熱が有ったので検査対象だった
一時間も待たされてやっと医師の前に座れた
先日まで入院していたことを伝え、退院後も体調が悪い旨を伝えた

 しかしお正月の夜9時では、何も検査をすることも出来ない
熱が有るようなので解熱剤だけを出すので、病院が診療を開始する日まで我慢するように言われた
又タクシーを呼び帰宅したが、時間は既に10時近い
食事は残したままだったがもう食べる気力が失せていた

 そしてその後も3日4日と仕事が続き、やっと休みの5日になった
その5日の朝、又トントンと窓を叩かれた
そしてやはり小父さんが立っていた
「今日は入院の支度をして病院に行くから連れて行ってくれ」
(そうか・・・今日をジッと待っていたんだね・・・)

 小父さんはもう自分の体調しか考えておらず、確認したら母には朝食も与えていなかった
「お母さんに先ずは食事をさせますから、少し待って下さい」
と伝えた
その間もイライラするらしく気難しい顔をしている

 母の世話を終え、とにかく病院に向かった
車中でも、自分は全く食事も摂れていないのだと訴えて来た
それなのに食欲の有る母が癇に障るらしい
だから母にも食事を与えなかった言い訳に聞こえた
おせち料理も届いていたから、食事の心配はしていなかったのだ

診察は今回初めて女性医師だった
お正月にも来院しているのはカルテで解っていたようだ
直ぐに肺炎の再発を確認する為に、レントゲンなどが撮られた
しかし肺炎は再発しておらず、他にこれと言った異状も無かった
小父さんは食事がまた摂れなくなったので入院したいと言った
しかし単に食欲が無いだけでは入院はさせられないと、入院を拒否された

 


 

貴重な経験

2018-04-12 07:51:49 | 母便り
 小父さんの事は此処で一先ず置こう
急遽、とにかく母を全面的に看ないといけない状況になった
折りしも年末で、仕事もなかなかに忙しい
本来ならば、仕事前にざっと家事を済ませ夕飯の下準備と主人の昼食を作り出勤する
帰宅するともう夕飯の支度は粗方出来ているので、二人で夕食を食べゆったりと過ごせる

 そんなマイペースな日々は吹っ飛び、毎日が戦争になった
ショ-トステイ、それも今日から直ぐにお願いできる訳では無かった
今まで利用した実績が無い場合、まずは家族の面接から始まる
母の日頃の様子や体調、食事の好み・どんな事が好きかまで微に入り細を穿つような質問が続く
契約に至るまでの所要時間は数時間に及ぶ

 その前段階として、ケアマネさんにこう言われた
「区役所に行って、減免措置を受けておいて下さい」
そう言われ、何の疑いも無く区役所に行った
区役所の福祉課は、いまや大賑わい
大勢の方が相談に訪れている
受付機で番号を取り、ひたすら自分の番号が呼ばれるのを待つ
やっと私達の番がに来て
「減免措置の手続きに参りました」と言い
母の保険証や介護保険の書類を見せた
と、ものの1分もしない内に
「あ!この方は減免にはなりません」
チャンチャン~♪である

 減免を受けるには、主たる人の年収が問題となる
母の場合、小父さんの年金額が減免になるには数万円だけ多かった
『オイオイ!ケアマネさん~年収に制限がある事を事前に言って下さ~~い』
私達が顔を見合わせて帰ろうとすると、福祉課の人に呼び止められた
「市税課に行って相談してみてください、数万円ですから減額になる方法が有るかもしれません」
この減免措置、有ると無いとでは掛かる費用が大違いなのだ
まあ~なんて親切なの~と思った

その足で行った市税課もなかなか混んでいて、そう直ぐには順番が回って来ない
福祉課程では無かったが、暫く待たされた 
やっと番号を呼んでもらい、福祉課での顛末を話し此処に行ってみるように勧められたと話した
すると 「失礼ですがご本人では有りませんよね?委任状を持って出直して来て下さい」
チャンチャン~♪である
もう私も主人も苦笑いの体である
此処までの時間の全てが 無駄足 になってしまった

 次の日、ショートステイの施設と早く契約しなければならず
委任状を持って再度、市税課へ~~
昨日と同じ職員の方が居て、対応してくれた
委任状と小父さんから預かった保険番号で調べると言って奥に引っ込んだ
またまた、1分もしないうちに
「あ~この方は特殊な事情が出来ない限り、減免は有りませんね」
「特殊な事情ってどんな事ですか?」
「ご本人が障害者になられるとかです、私の経験上それ以外で減免になる事は先ずありません」

 つまりこういう事なのだ
減免措置は、市民税を収めている人は受けられないのだ
例えば、所得税は医療費控除などで全額返還される事は有る
それに連れて、市民税も県民税も減額される事は有る
しかし、所得税と違い市民税は一定の収入が有るとゼロ円になる事は無いのだ
年収が一定の額だと、所得税がたまたまゼロ円だったとしても市民税だけは最低課税額5800円(我が市の場合)が掛かって来る
この最低金額の市民税がゼロになる特殊なケースが
本人が障害者になった場合なのだ
それ以外の理由で、市民税がゼロ円になるケースは極稀だと言う

 しかしこれで自分達も 減免措置 が受けられないグループだと思い知った
自分達の時は、息子に無駄足を踏ませる轍は避けられると思う外ない


 



 

 

電話の顛末②

2018-04-11 10:25:47 | 母便り
 姉さんならちゃんとしてくれる~小父さんはそう言ったけれど・・・
私が△△さんの事でお電話しましたと言うと
「はぁ~こっちに居る弟から連絡が有りました、しかし弟の言う通り私らにはもう関係ないですから」
「でも手術ともなればサインするお身内が必要でしょうし、関係ない私達がサインして万一の事が有れば困ります」
「いやいや、それで死んだって文句は言いませんよ。勝手にして貰ったら良いですよ」
「でも息子さんもいらっしゃいますよね、息子さんはどう仰るか分かりませんし」
「息子の消息を訊いてどうするんです?お金ですか?後期高齢の年寄りなんだから入院費も安いもんでしょう」
「私はお金の事を言っているのではありません、もしこのまま亡くなったら私達には責任が取れません」
「じゃあこうしましょう、これから生きている兄弟全員に電話して全員から意見を聞きます。全員の意見が纏ったら電話しますから待っていて下さい」

 それから1時間ほど後に、小父さんのお姉さんから電話が掛かってきた
「兄弟全員に聴きましたが、貴方方が同意書にサインして△△が亡くなっても誰一人として異議は申し立てないと言っています。ですから貴方方にお任せします。息子の連絡先も全員が知らないと言っています」
「ではもしこのまま亡くなるような事が有ったら、どうすれば良いんですか?」
「死んでも知らせて貰わなくて結構です」
「亡くなっても連絡も要らないと言う事ですか?」
「そうです、貴方がもうひと頑張りしてやって下さい」
(その言葉に不覚にも私は涙声になってしまった。何故私がもうひと踏ん張りしなくちゃいけないの???)
「貴女ね、涙が出る事はこれからですよ。これからもっともっと泣きたくなる事が起こるから」

 なんて言い草だろう・・・・・
小父さんの息子さんと私は、同じ立場ではないか
小父さんの息子さんが、何もする責任が無いなら私にも何の責任も無い
その私が何で もうひと踏ん張り しなきゃいけないの! 

「私も母に置いて行かれて、父親に育てて貰った立場です」
私が其処まで言うと、傍にいた主人が険しい顔で目配せして来た
余計な話はするな! 主人の表情がそう言っていた
「よくわかりました、小父さんにはそう伝えます」
私は電話を切った

「余計な話はするな!」電話を切ると案の定主人から叱られた
「だって、小父さんの息子さんには迷惑を掛けるな、貴方が頑張れば良いとかお金か?とか言われたのよ」
「え?そんな事を言われたのか?」
「言われたよ!だから悔しくて言い返したのに・・・・」
泪が溢れた
何故あの人の身内から 貴方が頑張れば良いとかお金か?とか涙が出るような事はこれからだとか言われないといけないの?
「ごめん、相手の言葉は聞えないからお前が余計な話を始めたと思った」

 結局、小父さんの身内からは縁は切っている関係無い、例え亡くなっても連絡も要らないと言われて終わった

電話の顛末①

2018-04-10 17:05:48 | 母便り
 小父さんから言われた通り、弟さんに電話をした
先ず、私自身をどう説明すれば良いのかと考えた
しかしどう考えてみても、母の名前を出すしか無い
「私は〇〇の娘で✖✖(嫁ぎ先の苗字)と申します。実は△△さんが入院されたのでお電話を差し上げました」
一瞬無言だった
「何で今更△△の事で電話なんか掛けて来るんや!入院したって関係無い!」
「ただ入院されただけでなく、担当医から危篤状態だと言われてます」
「もう△△とは縁が切れとる。生きようが死のうが関係無い」
「しかし母は認知症ですので手術の同意書等も書けませんし、私や主人は赤の他人ですから・・・」
「そやからもう兄弟全員、△△とは無関係やし誰もそっちに行けるもんもおらん」
「ではどうなさるんですか?」
「そっちで好きにしたらええやろ」
「では息子さんの連絡先を訊いて欲しいと言われていますので、ご存知なら教えて下さい」
そう言った瞬間
「捨てて行った息子に今更何をさせようと思っとるんや!」
と怒鳴られました
「私は△△さんに頼まれた事をお伝えしているだけです・・・・」
「じゃあ一応他の兄弟にも伝えますわ、明日もう一回電話してくれ」
「分かりました、明日もう一度お電話します」

 所がである
次の日、何度電話しても全く応答が無い
入院の保証人は例え他人であっても、とりあえず主人が同意書にサインしなければ入院出来ないと言われ
命に係わる事なので、主人がサインしてくれた
しかし、肺に溜まった水を抜く事になれば 手術同意書 にサインが必要となる
他人の私や主人がサインして、手術中に亡くなりでもしたら大事になる
弟さんの厳しい言葉を伝えるのは忍びないが、此処は正直に言うしかない

 私が弟さんの言葉を伝えると
「何で縁が切れとるなんて言うんや・・・息子は一級建築士になったと聴いてるし・・・」
(一級建築士だろうがドクターだろうが、息子さんから観れば貴方とは無関係なのでは?と内心思う)
「じゃあ~姉さんに電話してくれ、姉さんならちゃんとしてくれるから」
と言う訳で、今度はお姉さんに電話をすることになった

 



突然の入院②

2018-04-09 19:14:16 | 母便り
 洗面所に背中を見せたまま座っている人に、もうこれが最後だと思いつつもう一度だけ声を掛けた
「今ならまだ病院の診察に間に合うと思います。心当たりの病院が有るので主人に車で送って貰いますから行かれませんか?」
母が圧迫骨折した時、いい加減なレントゲンで誤診をされた後
私はネットで新しい病院を探しておいた
車を停めるスペースが有り、レントゲン等もきちんとした機械を備えていて
しかも自宅からそう遠くない病院
その備えが、この人の為に役立つのも可笑しなものだが・・・・
とにかく、これで「行かない!」と言えばもう致し方ない
私は出来る事は遣ったと思える

 そう思った一瞬あと
「行こうかな・・・しんど過ぎるから・・・」
と初めて肯定的な返事が返って来た
「じゃあ主人に話して来ますから、保険証やお薬手帳を出して用意して下さい」
「着替えるのもしんどい」
「着替えなくて良いですよ。車だし病人なんだし」
と言うとホッとしたような表情になった
留守番になる母をトイレに連れて行き、直ぐに帰って来るからと言い聞かせた

 病院でレントゲンを撮って貰うと
「長い間煙草を吸っていましたね・・・肺気腫が酷い上に肺炎で肺全体が白っぽくなっています」
との診断が出た
入院出来る病院にすぐさま行くようにと言われ、紹介状を渡された
その際に「ご本人は自覚症状が無いようですが危篤状態です。今日診察に来なければ死んでいたと思います」
そう言われた

 『やっぱり今回も私のあの勘は、外れなかった』

 職場に連絡し、仕事は急遽休みを貰った
紹介された病院でも
「危篤状態だと思って下さい、このまま病室に移って貰いますが逢いたい方が居たら連絡して下さい」
と言われた
入院の手引きを読んで必要な物を届けた
その折に、「何方かに入院された事をお知らせしますが、何方に連絡すれば良いですか?」
そう尋ねてみた
もしかすると、肺に溜まった水を抜くような手術も必要かもしれない・・・・
お医者様が危篤状態だと言っている事も伝えなくてはならない・・・・・・・

 小父さんの答えは
「弟に電話して欲しい、それから其の時に息子の消息も訊いて欲しい」
だった 
母と小父さんの間に実子は無く、二人とも元の家庭に子供を置いて来ていた
やはりその子供さんに逢いたくなったのだろう

 母の事はケアマネさんと綿密に連絡を取り、私が仕事の日にはショートステイなども利用できるようにお願いした
母はなかなか一人ではトイレにも立てない状況だったから
母が寝付くまでは、隣家に居る時間が長くなった


 

突然の入院①

2018-04-08 09:25:16 | 母便り
 その翌日です
やはり母の様子や食事を摂ったかが気になり、主人の朝食の用意をして早々に隣家に行きました
母は、ベッドで横になっていましたが目を覚ましていました
「食事はした?」 と尋ねると
「だってお爺ちゃんが起きて来ないし、トイレも行きたい・・・」 と答えます
直ぐに車いすに乗せてトイレに行き、「終わったら声を掛けてね」
と言い置いてからその間に冷蔵庫を覗きました
パンやヨーグルト、林檎等を出して、とりあえず母に食べさせる用意をします

 その時、直ぐに分かりました
夕べも母は食事をしていなかった事が・・・・
私が買ってきた物は何一つ減っていません

 一体何時から満足に食事の世話をして貰って無かったの?
朝食を食べる母の傍に付いて、問いかけてみました
「夕べは何を食べたの?」
「う・・・ん何食べたかな・・・・」
「食べたの?」
「食べたと思うけど直ぐに忘れるから・・・・」
涙が出そうでした

 そんな会話の最中、やっと寝ていた部屋から小父さんが出てきました
私は思わず、 「夕べ母は、何を食べましたか?」 と尋ねました
「パン食べさせた」 
「でもパンは買ってきたまま減ってませんよ」
「パンたべさせたと思うが~忘れた」 と言い
何と洗面所に椅子を持ち込み、こちらに背を向けて座ったまま動きません
その背中が完全に母を拒絶して見えました
『この人は、もう母が重荷で重荷で耐えられないのだろう』と悟りました

 そしてもう一つ、私特有の 勘 が或る事を示唆していました
「この人はもしかすると肺炎を起こしているのではないか?」
私の勘がそう教えていました

事の始まり

2018-04-07 13:56:32 | 母便り
 あれは去年の12月半ばの事・・・・
隣家に住む母の再婚相手の人から 「ちょっと来て、〇〇を引き起こしてくれ!」 と言われた
(母が認知症の兆候を見せ始め、親戚の人に失礼な行動を取り始めた頃
親戚の人からの抗議も有って、私は主人の了解の元、母を隣家に住まわせ始めた
すると当然の事として、再婚相手の方も隣家に・・・・・)

 隣家に行くと、母はトイレ近くの廊下に足を投げ出しぺったりと座り込んでいた
主人の助けでやっと母を引き起こし、「トイレに行きたい」と言う母の為にトイレに誘導した
しかしズボンを脱がせようとすると、既に失禁しており介護用パンツは尿で膨れ上がっていた
そこで介護用パンツも脱がせ、清拭等の世話をしていると
それまで背中を見せたまま座り、私達に手も貸さなかった人が腹立たしそうにこう言った

「人の言う事を全く聞かん!」
「・・・・・・・」
「いちいちトイレに行きたいから起こしてくれと言う」
「・・・・・・・」
「何回かパンツにしたら、パンツを替えてやるからと言うとるのに!自分は風邪を引いてしんどいんや!」
「・・・・・・・」

 成る程、成る程、そういう事か・・・・・
しかし母が着用しているのは オムツ ではなく 介護パンツ
子供の場合、オムツのままだとオシッコをしても気持ちが悪いと言う感覚が薄い為になかなかトイレを教えない
其処で、濡れれば気持ちの悪いパンツにする事でオムツが外れる
その介護パンツに何度もオシッコをしたら替えてやると言うのは如何なものか・・・・
では、貴方もそう言われたら出来ますか? と言う言葉を飲み込んだ
代わりに 「お医者様には行かれたんですか?」 と尋ねてみた

「買った薬は飲んだし熱も下がった。2~3日したら大丈夫になる」 と仰る
「きちんとお医者様に行かれた方が良いですよ」
「必要ない」
「今日は金曜日です、土日を挟みますから今日の午後診に行かれた方が~」
「必要ない、ただご飯が食べられん」

 もしかして自分が食欲が無いとしたら、母にも食べさせて無いかも・・・と思った
腹立たしい思いをグッと抑えて、おかゆや鍋焼きうどん・パン等の直ぐに食べられるものを買い求め届けた
夕飯はこれで母も食べさせて貰えるだろうと思った

 この日が、主人から兼ねがね言われていた 付かず離れず の最後の日になった
「本当のお父さんでは無いのだから、口出しは最小限。頼まれもしない事に口も手も出すな」
それが母を隣家に呼ぶときの主人からの条件だったから・・・・・