釜爺
水脈に到達し 土砂を取り除く
塩ビ管 VP径100㎜×30m
これぞ井戸屋の上棟 とか
周りに小砂利投入し塩ビ管を仮固定
さすれば
WOW!
〆は
コンプレッサーで塩ビ管の底に空気
注入っ!
土砂 交 混じりの
W WOW
そして
今日は ここまで
今朝
何粒か残っていたもので
昨日 四十九日法要
みなさん 四十九日法要にお集まりいただき ありがとうございます
夫 享年78才 が逝ったとき
それまで あちら側にあった死が 実はず~っとこちら側 それもすぐそばで息をひそめているものと気づき身震いするも 先の大戦で分かっていたはずなのに
25年も長く生き 我ながら驚きです 母95才 兄97才だったと
振り返るに
貯金通帳が気になり始めたは いつ頃だったか
夜昼となくめくった通帳は手垢で汚れ何処へやら再発行3回も 恥ずかしい
これさえあれば生きていける その拠り所を取り上げられたと思ったんです
汚してしまった下着を箪笥の奥にしまったは いつ頃だったか
初めは 自分で裏の洗濯機を使いこっそり洗って干すも
間に合わなくなり 恥ずかしくて恥ずかしくて 隠すしかなかった
粗相が続き怒られるも どうしていいか分からなかった なぜ怒られるかも
溶けゆく自分を見ている もうひとりの自分がおるやら
その自分を見ている もうひとりの自分がおるやら
どちらがアタシなんだか コンガラカッタはいつ頃からだったか
でもね そのうち それも気にならなくなったから不思議
新しい家ができるや 火事を恐れ家事なし上げ膳据え膳 お客様になった
それでも 米寿や卒寿のお祝いをしてもらったころは
種蒔き・稲刈り・脱穀・草取り・雑巾づくり・掃除
言われたことは何でもこなした ホント言えばあの新しいキッチンで料理したかった
根っからの百姓でして この体は難なく動いてくれた
たまに たまに褒められるや
ああ こんなアタシでも役に立っているんだ
涙が出るほどうれしかった
みんながやけに優しくなってしばらくしたころ
事は 温泉場で起きた
不覚にも目の前がぼーっ 訳がわからなくなってしまい すわっ救急車かと
それが最後のドライブになってしまった・・・・
そして この正月八日 今度は本当に救急車に乗せられたというわけです
その後は みなさん知っての通りです
葬儀から本日まで 大変お世話になりました。
天気晴朗 空っ風なし
田んぼの麦 いよいよ緑
こりゃあ
閻魔さんの採決に影響しそう
善人なおもて往生す
況や 小市民のばあ様をや
ばあ様
いよいよ 極楽浄土へ