<浜再生の道 検証・水産業復興特区>
2氏インタビュー/LLC、その成否と展望
河北新報(2018.8.25)
◎大規模化へ一定の成果/東京海洋大産学・地域連携推進機構 勝川俊雄准教授
-水産特区導入5年の歩みで学ぶべきことは何か。
「以前は浜ごとに漁協があり、それぞれ漁業権を持っていた。漁協合併が進む前なら桃浦の漁業者の決断は問題視されなかっただろう。混乱の本質は、(漁協の合併による)地元漁業者の自治権喪失にある」
-現行の漁業法でも企業は参入できると言われる。
「現状では、将来にわたって漁場を使える保証が全くない。さらに(漁協が徴収する)漁業権行使料の規定がなく、不透明だ。そんな状況では(養殖業は)企業の投資の対象には入ってこない」
-桃浦地区に設立されたLLCをどう評価するか。
「生産量はそれほど伸びなかったが、新規参入や付加価値付けでは進歩が見られた。地元の大手流通会社がパートナーになったことで、従来のつくって終わりの漁業ではなく、つくった水産物の価値を伝え、売る機能を果たすことが可能になった。水産業をビジネス化する上で必要なアプローチだ」
-成果をどう捉えるか。
「漁業者が減少する中で必要になってくるのは省人化だ。LLCが導入した高圧カキむき機は省人化に資するもので、他地域でもニーズがあるだろう。資本力のある企業が参画した成果と言える」
-LLCの課題は。
「従業員が年間を通してどう働くか。カキの仕事がない時期に利益を生む仕事をしてもらう仕組みが必要だ。(農業で言う)裏作のような仕事をつくれれば経営はより発展するだろう」
「例えば桃浦LLCで基礎的な社員教育を受け、近隣の浜で自立するなど(新規就業への)入り口の機能を果たしてほしい。経営基盤が安定してきたら、企業ならではの方法で地域に貢献することもできるはず。将来に期待したい」
-国内漁業を成長産業にするには何が必要か。
「養殖はスケールメリットが働く産業形態。経済性を改善するには企業経営への転換は効果がある。世界的に見ると、養殖業は企業が規模と資本力を持って取り組んでいる。養殖業の成長が著しいノルウェーは、経営体の規模を制限していた1980年代までは鳴かず飛ばずだった。大規模化を進めたことで品質管理や安定供給、研究開発が可能になった」
-これからの漁業が目指すべき先は何か。
「漁業者の生活が成り立つ水準まで経営を改善する必要がある。そのために必要なのは安定供給と付加価値付け。漁業者は腕の良い職人だがセールスマンではない。家族経営の養殖業では営業や販売までなかなか手が回らないのが現実だ。大規模化を選択肢に未来につながる養殖業の形をつくる必要がある。手を打たなければ漁業に未来はない」
◎投資に見合う利益困難/東北大大学院農学研究科 片山知史教授
-水産特区の評価は。
「LLCの赤字が続いていることが、特区制度に無理があった証拠だろう。桃浦に続いて特区を使う浜は現れなかった。他の浜が健闘していることを踏まえると、特区は復旧復興に必須なシステムではなかった」
「唯一評価できるのは後継者の雇用を確保した点。今の時代、一つの浜で11人の雇用創出を遂げた点は成果と言える」
-宮城県が当初描いた目標には届かなかった。
「そこは問題視していない。新事業を立ち上げる際、華々しい成果目標を掲げるのはよくあること。ただ、桃浦LLCの生産状況は失敗とは言わないまでも芳しいものではない」
-経営上の問題は。
「宮城県南三陸町では未産卵でうま味が強い『あまころ牡蠣(かき)』を生産している。単価変動が少ない大量出荷ではなく、限られた取引先に高値で販売する。LLCは当初、生産量を増やそうと試みた。収入の伸び悩みは想定より生産数量が上がらず、質や単価を高める方向にも徹することができなかったためではないか」
-LLCの社員は地元に居住せず、特区が掲げた「コミュニティーの再興」につながっていない。
「桃浦地区に限らず、被災した各地の浜で起こっていることだ。高台造成や復興住宅の整備を7年間粛々と進めてきたが、肝心の住民は既に内陸部に移り住んでいる。被災地域に新たな町をつくり出すという発想に無理があった」
「深い地縁や血縁がなければ沿岸の集落に住民は戻らない。企業が雇用を創出しても、浜の復興の起爆剤としての機能は果たせない。震災前の状況に戻す力にすらならなかった」
-国は漁業権の優先順位廃止を盛り込んだ水産業改革を推し進めている。
「ハマチやタイなどの投餌養殖と異なり、カキなどの養殖は海のプランクトンなどを利用する。野生生物を捕っているのと同じで、自然に規定された量以上は見込めない。企業参入の道を開き投資を呼び込んでも、それに見合った利益を確保するのは困難だろう」
-漁協は「浜のルール」を主張する。
「漁場の調整は非常に難しい作業。海中に多数の小規模漁業が混在し、海流の良しあしなどの問題もある。漁業者同士の亀裂を生まないよう漁協が細やかな調整を担ってきた。行政が一手に担うのは難しい」
-宮城の水産特区から何を学ぶか。
「漁業権の優先順位廃止は水産業改革の大看板の一つであり、発想や仕組みは(宮城の)特区と同じ。今回の特区制度で水産業の問題は解決できなかった。持続可能なのは、やはりコミュニティーを基盤とした身の丈に合った漁業だ」
以上