草むしり作「ヨモちゃんと僕」前9
(秋)尻尾フサフサ君⑥
居間の窓際には座布団がありました。僕はさっそく座布団に座ってみました。座布団はヨモちゃんの匂いがいっぱいしていました。トントンと階段を下りて来る足音が聞こえてきました。ヨモちゃんが二階から降りてきたようです。僕は目をつぶって寝たふりをしました。
「ああー、食べられちゃった。後で食べようと思っていたのに」
ヨモちゃんは聞こえよがしに独り言を言いながら、居間の方にやってきました。僕は怒られるのではないかとビクビクしながら、そのまま狸寝入りをしていました。ヨモちゃんは寝ているぼくをチラッとみると、何も言わずに二階に上がっていきました。
トントンと階段を上がるヨモちゃんの足音が、心なしか怒っているように聞こえました。
「ヨモちゃんの座布団、もらうよ」
僕はヨモちゃんを怒らしてしまったことを、少しも悪いとは思いませんでした。むしろヨモちゃんの座布団を取ったことが、嬉しくてならなかったのです。
「ヨモちゃんは、ぼくが何をしても怒らないンだ」
僕はそのまま座布団のうえで、本格的に昼寝をはじめました。
車のエンジンの音で目が覚めました。お父さんとお母さんが帰って来たようです。軽トラックの荷台には荷物がいっぱい積まれていました。いつの間にかお日さま姿を隠してしまい、薄暗くなった部屋の中は急に冷え込んできました。
ヨモちゃんの姿が見えます。二階にいるものだと思っていたら、いつの間か外に出ていました。車から降りて来たお父さんに向かって、背中を地面につけてクネクネと体を動かしています。お父さんは嬉しそうにヨモちゃんに話かけています。
お母さんが荷台に積まれた、コンテナと呼ばれるプラスチックの丈夫な箱を持ち上げています。どのコンテナにも、収穫したみかんがぎっしりと入っています。お母さんはコンテナを持ち上げて、下にいるお父さんに渡しています。みかんの入ったコンテナはとても重いのか、お母さんは口をギュウっと横に結んでいます。
お父さんは受け取ったコンテナを台車に積んでいます。収穫したばかりのみかんはしばらく倉庫で貯蔵しておき、年が明けたら出荷するのです。お父さんが台車を押して倉庫の中に入っていきました。ヨモちゃんは尻尾をピンと立てて嬉しそうに、お父さんの後についていきました。本当は僕も外に出て行きたかったのですが、自動車のエンジンの音や荷物を積んだ台車のきしむ音が怖くて、どうしても外に出て行けませんでした。
荷台のみかんを下ろし終えたお母さんが、家の中に入ってきました。お母さんの後からヨモちゃんが顔を覗かせています。お父さんは忙しげにトラックをバックさせて、またみかん山に戻っていきました。積み残しのみかんを取りに行ったのです。お父さんはこの後、家とみかん山を三往復しました。
「あれ、いない」
お母さんは納戸部屋を覗いて言いました。家に帰るといつも納戸部屋を一番先に見にきます。
「お母さん、ヨモちゃんにもらったの」
納戸部屋にいるはずの僕が、居間にいたので驚いています。
「まあ、どうやって出て来たの」
ヨモちゃんの座布団の上にいる僕を見て、お母さんはちょっと困った顔をしています。
「嫌い」
やっぱりヨモちゃんは僕を見ると、怒って外に出て行きました。
「ここはね、ヨモギのお気に入りの場所だからね。ダメだよ、あっちの部屋に行こうね」
お母さんは僕を納戸部屋に連れていきました。
「ほら、しばらくここでいい子にしていないと」
そういって僕の頭を撫でると、空っぽのお皿にカリカリを入れてくれました。お母さんの手は青いみかんの匂いがしていました。
納戸部屋の板戸の向こうから、かつお節しだしのいい匂いがしてきました。ぼくは思わす鼻を、ヒクヒクとさせてしまいました。
せっかちな秋の夕日が沈んで、あたりがすっかり暗くなったころ、部屋の板戸を押し開ける音がしました。僕は途端に部屋の隅に隠れました。僕はちょっと臆病なところがあり、人の気配がするとすぐに物陰に隠れてしまうのです。
「あれ、いない、どこ行った」
「あっ、お父さんだ。遊んで」
大喜びで僕はお父さんの足元に走って行きました。
「ビビリ虫だなぁ、フサオは」
お父さんは僕のことをビビリ虫って言います。
「でも一人ぼっちは寂しいよな」
お父さんは納戸の入り口の板戸を外すと、代わりに網戸をはめ込みました。網戸は少しだけ板戸よりも小さくてすぐに外れてしまうので、下に重石を置いて外れないようにしています。
おかげで今まで見えなかった台所が、見えるようになりました。ヨモちゃんと僕を少しずつ慣れさせるためだと言っていました。ヨモちゃんは僕が拾われてから、ずっと二階に上がりっぱなしで、お父さんとお母さんはとても心配していました。
「ヨモギが下に降りてきても、これなら大丈夫だろう。フサオも台所が見えるようになったから、寂しくないよなぁ」
話をしているお父さんの顔が二重に見えます。おかしいなぁ、目がどうかしてしまったようです。僕はお父さんの話を聞きながら目をこすっていました。
「なんだいフサオ、もう眠いのか」
お父さんは目をこすっている僕を、寝床にしている段ボールの中に入れてくれました。
「そうか、そうか。お子チャマはもうネンネなのか。寒くないかい。今夜はこのタオルにくるまって寝なさい。明日暖かい毛布を買ってきてやるからな。かわいそうになぁ、寒いよなぁ」
次の日お父さんは約束通りに、毛布を買ってきてくれました。ついでに屋根のついたハウスも買ってくれました。どちらもヨモちゃんとお揃いなのですが、ヨモちゃんはきれいなピンクの毛布と白いハウスで、ぼくは両方とも渋い茶色でした。
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