草むしりしながら

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草むしり作「ヨモちゃんと僕」前8

2019-07-26 14:17:26 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前8

(秋)尻尾フサフサ君⑤

「あれ、開いている」
 納戸の板戸が開いたままになっていました。僕は恐る恐る部屋の外に出てみました。

 僕のいる納戸部屋の隣は台所のようです。部屋の隅には長四角の大きな箱が置いてあり、ときおりブーンという低い機械音がしていました。テーブルや椅子の下を通って前に進んでいくと、黄色いトレーが置いてありました。

「食べないンだったら、僕がもらうよ。」
 トレーの中には、食べかけのカリカリの入ったお皿がありました。トレーの中はカリカリの美味しそうな匂いと、ヨモちゃんの匂いでいっぱいでした。

 食べ残しのカリカリは少し湿気ていましたが、とてもおいしかったです。カリカリは少し湿気ていた方がおいしいと、僕はその時思いました。

「ごちそうさま。また食べ残したらちょうだい」
 誰もいないのは分かっていたのですが、お礼は言っておきました。お腹がいっぱいになったぼくは気が大きくなって、あちこち歩き回りました。台所と居間はひと続きになっていて、居間のドアも開いています。ヨモちゃんが開けたのでしょうか。

 ドアの向うは玄関になっていました。玄関の奥には階段があり、居間のドアを挟んだ向かい側には廊下がありました。廊下の横には部屋があるようで、白い紙が張られた障子が立てられています。

 ここの障子はきちんと閉められているのですが、一枚だけおかしな紙の貼り方をしているところがあります。障子の一番下の隅っこだけ、貼ってある紙が縦に細く切られています。細く切られた紙の下の部分は、糊付けされておらずピラピラしていました。障子のピラピラが「ここからお入いり」って言っているようです。

「やっぱり。ヨモちゃん、見つけた」
 僕はピラピラの障子紙をくぐって、部屋の中に入って行きました。部屋の中は畳が敷かれて、壁際には黒い大きな木の箱が置かれていました。やけに上等の木で作られたその箱は、手前に観音開きの扉が付いていました。  

 扉は大きく開かれていました。そして箱の前には、小さな木製の机のようなものが置いてありました。その机のようなものの上には灰の入った鉢が置かれ、両隣には白い棒のようなものが立っています。そして何だかとっても不思議な香りのする細い棒の入った箱もありました。

 これは後でわかったのですが、灰の入った鉢は線香立て、白い棒はろうそく、不思議な香りのする細い棒は線香という物でした。その他にも棒でたたくとチーンと音のする鈴や、ポクポクと音のする木魚もあります。

 大きな箱はお仏壇と呼ばれていて、ご先祖様の御位牌を奉ってあります。お仏壇には花が活けられ、お菓子や果物がお供えされています。そしてお位牌の手前にはコップに入った水と、湯飲みに注がれたお茶、小さなお皿に盛られたご飯も供えられていました。

 ヨモちゃんはお仏壇に上がって、コップの水を飲んでいました。
「嫌い」
 僕が近づいていくとヨモちゃんは、お位牌の前に置かれたいろいろなものを器用によけて、下に降りてきました。
「お仏壇の中の物を、倒したらダメだよ」
 すれ違いざまに呟やくと、ヨモちゃんは障子のピラピラをくぐって出て行きました。静まりかえった家の中に、トントンと階段を上るヨモちゃんの足音が響き渡りました。

「上がっていいンだ」
僕はお仏壇によじのぼりました。ヨモちゃんの言われたように中の物を倒さないように気をつけていたのですが、鈴を鳴らす棒を下に落としてしまいました。
「お水飲みたかったなぁ」
 コップの中の水は底にわずかに残っているだけでした。きっとヨモちゃんが飲んでしまったのでしょう。飲まれてしまったと思うと、僕は無性に水が飲みたくなりました。  
「うん、これおいしい」
ためしに湯呑の中のお茶をなめてみました。

「好かんのう」
夢中になってお茶を飲んでいると、どこからか男の人の声が聞こえてきました。
「誰」
 驚いて顔をあげたものだから、湯飲みを倒してしまいお茶をこぼしてしまいました。
「ほれ、こぼしたろうが」
今度は女の人の声がしました。
「ごめんなさい」
今度は線香たての中に後ろ脚を突っ込んでしまい、辺りに灰を飛ばしてしまいました。誰がいるのだろうと、あたりを見回しても誰もいません。

「こら、ここじゃ。ここじゃ」
天井から声がします。ぼくは天井を見上げました。
「ごめんなさい。もうしません」
 僕は天井に張り付いている、黒い影のような人に謝りました。
「これ、これ。どこを見よるのか。そっちは、この前雨漏りしたときにできたシミだ。まあ、確かに人間の顔に見えんこともないが。こっちじゃ、こっちじゃ。もうちっと、下を見らンかい」

 言われたとおりに下をみると鴨居の上に、人間の顔写真がたくさん掛かっていました。額縁の中の写真の多くは男の人でした。一人だけ兵隊さんの格好をした若い男の人の他は、みんな黒い着物を着て難しい顔をしています。でも最後の二枚だけはカラーの写真で、二人とも洋服を着て笑顔で写っていました。

 写真は男の人と、女の人でした。男の人はにっこりと笑っていますが、女の人は少し照れたように笑っています。どちらかというと男の人の写真の方が少し古ぼけていて、女の人よりも幾分若いように見えました。

「ぼくを保健所に連れていくの」
ぼくは写真に聞きました。
「そんなことはせん」
「私ら、まんまんさんはそんなことはせんよ。だけど仏壇の上にあがる時には、もうちょっとお行儀よくせんと、罰(ばち)をかぶるで」
「まあ、そのうち上手になるだろうが……」
写真の人たちは自分たちのことを、まんまんさんだと言いました。

「うん分かった、まんまんさん。今度はもっと上手に飲むからね。」
 僕はまんまんさんたちに謝ると、障子のピラピラをくぐって廊下に出ました。
「まぁ、あん猫。お茶飲ンじょる」
 後ろから、女のまんまんさんの呆れたような声が聞こえて来ました。


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