草むしりしながら

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草むしり作「ヨモちゃんと僕」前14

2019-07-29 10:09:24 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」前14

(冬)信雄ちゃんと明子ちゃん⓶

「来ちゃダメ」
 ヨモちゃんは僕が行くと怒って逃げていきました。でも決して遠くにはいかないで、庭の飛び石の上にちょこんと座ってそっぽを向いています。でも耳は後ろを向いて僕のことを気にしています。
「一緒に遊ぼうよ」
僕はヨモちゃんの後ろから近づいていきました。
「来ちゃダメだって」

 ヨモちゃんは怒ってまた少し離れたところに逃げていくのですが、決して遠くに行ったりしません。それに怒ってぼくを噛んだりもしません。
「ヨモちゃんって僕が何をしても怒らないンだ」
 ヨモちゃんが本気で怒らないのをいいことに、僕は次第に気が大きくなっていきました。本当はヨモちゃんの方が僕の何倍も強いのに、いつの間にか僕はヨモちゃんよりも自分の方が強いと勘違いしていました。

「ほら、ほら、ヨモちゃん。遊ぼうよ」
 僕は体の毛を膨らまし、ななめに歩いてはヨモちゃんに向かっていきました。
「わー、フサオったら好かんが。ヨモギにタイマン張っちょる」
 お母さんが斜め歩きをする僕を見て言いました。確かに見ようによっては不良が肩を怒らせて与太っているようにも見えます。僕はヨモちゃんの気を引きたいだけだったのですが。

「ヨモギが優しいのをいいことに、近頃じゃフサオの方が威張っちょる。人間の世界も猫ン世界も一緒じぁ、元からいるモンよりも、後からきたモンの方が威張りくさる」
「なにそれ、私のこと」
「あはは、どこン家でん、一緒じゃぁちゃ」
 ムッとした顔をしてお父さんを睨んでいるお母さんの横で、おサちゃんが大笑いをしています。

「しかし、明子ちゃんもすっかりここン人になったなぁ。信雄ちゃんが東京から連れて来た時には、芸能人のごとお洒落じゃたのに。どこ行く時でん、ハイヒール履いちょったろがぇ」

「ねぇヨモちゃん、明子ちゃんって誰のこと。信雄ちゃんって誰」
 おサちゃんが聞いたことの無い人の名前を言うので、僕は不思議に思ってヨモちゃんに聞いてみました。
「あんた、そんな事知らないの。お母さんの名前が明子で、お父さんは信雄っていうのよ」

 信雄さんと明子さんは恋愛結婚で、東京で知り合ったそうです。東京の大学を出た信雄さんは、そのまま東京の会社に就職しました。明子さんとはその頃、友達の紹介で知りあったそうです。
 
 仕事も恋愛も順調で、信雄さんはこのまま東京で暮らすつもりでした。ところが信雄さんのお父さんが病気になり、ミカン山の仕事ができなくなってしまいました。
 
 信雄さんのお母さんは家のことなど気にせずに、そのまま東京で暮らすように言いました。みかん山はもうやめて、みかんの木も切ってしまうから心配しなくてもいいと言ったそうです。
 
 子供の頃からみかん山で働く父親の後ろ姿を見て来た信雄さんには、それはとても辛いものでした。信雄さんは自分の家のみかんに誇りを持っていたからです。しばらく悩んだ末に、故郷に帰ってみかん山の仕事を継ぐと決めました。
 
 信雄さんは父親の作ったみかんを持って、明子さんにお別れに行ったそうです。明子さんは東京生まれの東京育ち、田舎での暮らしだけでも無理だろうし、ましてやみかん山での仕事など無理に決まっています。

 ところが、「こんなおいしいみかんの木を切ってしまうなんてもったいない」。信雄さんの持って行ったミカンを黙って全部食べ終えた明子さんは、そう言って信雄さんについて来たそうです。

「あの時のハイヒールも似合っちょったけど、今は履いちょる地下足袋もよう似合っちょろがえ」

 お母さんは方言丸出しでおサちゃんと話しています。それにしても声が大きいなぁ。東京生まれの東京育ちって、本当かなぁ。

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