時代のウェブログ

イマを見つめて
提言します

奈良地裁、盗撮警官に有罪判決

2006年07月15日 12時20分00秒 | 社会・経済
奈良地裁、盗撮警官に有罪判決

事件の内容については過去エントリーをご覧ください。


結局、救急車内での盗撮については罰する法律が無かったために、別の盗撮容疑で逮捕して起訴したんだったな。警察官であること、常習性、救急車内の行為などを考えれば、執行猶予なしの実刑で良かったんじゃないのかなぁ。


短コメ×3
露鵬関、毎日新聞記者殴る
スポーツ選手だって写真撮影を断る権利は有るんじゃないか?
とりあえず、毎日新聞はジダンの行動を理解するというコメントを出してはイケナイと思う。

橋から突き落とす、母を殺人容疑で聴取
今の時期に、この見出しは紛らわしいだろ。14日朝刊で朝日・読売を抜いて、ちょっと調子に乗ってるのかな?

暴力追放ビデオの放映中止を要請
子供は親を選べない。親の身分・職業などでいじめに遭ったら確かに可哀想だと思う。でも抗議する前に、するべき事があると思うよ。ア・シ・ア・ラ・エ


彩香ちゃん、最後の目撃者は豪憲君?

2006年07月15日 04時07分00秒 | 社会・経済
14日朝刊で、彩香ちゃんが橋の欄干から転落と報じた毎日新聞が、その後追いで彩香ちゃん不明直前に豪憲君が目撃と報じています。

ただし、「彩香ちゃんが行方不明になる前に豪憲君が目撃していたのでは?」という報道は新しい物ではありません。既に鈴香容疑者が豪憲君の死体遺棄で逮捕される前からありました。
しかし、当時は彩香ちゃんが行方不明になった経緯について、

昼間、鈴香容疑者と一緒に車で能代市へ出かける。
   ↓
そこで、ピカチュウの人形を買ってもらう。
   ↓
一緒に、藤里の自宅へ戻る。その時、豪憲君の家の前で、子供たちが遊んでいる姿が見えた(豪憲君については「覚えていないが、いたかもしれない」と答える)
   ↓
彩香ちゃんが「友だちにピカチュウを見せてくる」と外出。
   ↓
彩香ちゃんが、行方不明に

というものでした。つまり藤里の自宅へ戻った時に、豪憲君たちが遊んでいる姿が見えたので、彩香ちゃんが「見せてくる」と外出したのだろうと考えられていたのです。
ですから彩香ちゃんが行方不明になる経緯が上記のようであれば、最後の目撃者が豪憲君であっても不自然ではありません。


しかし新たに報じられたように、彩香ちゃんが行方不明になる経緯が鈴香容疑者と一緒に川へ出掛けて――となると、状況はまったく変わってきます。
豪憲君は気づかなかったかもしれませんが、鈴香容疑者にとっては見られたくない”何か”を、偶然、豪憲君が目撃してしまったことも充分に考えられるのです。

ところで昨日のエントリーで「橋から転落したら、当然、それだけの傷が付く筈だったと思う」から、「畠山鈴香容疑者が『TVのチカラ』に答えたインタビューで、ひとつ気になる部分」があったが取り上げなかった――と書いたが、テレビのニュースなどで「誤って橋から転落した」のならば、遺体に外傷がない点がおかしい――と疑問を投げかける法医学の専門家がいた。確かに7mの高さから下へ落ちたとすれば、それなりの傷が付くだろうと思う。
その法医学の専門家によると、自分で転落したのではなく、誰かに抱き抱えられて落とされたとすれば、身体が水平になって落下するので着水面積が広くなって衝撃を吸収するため、傷がつかないケースも考えられるとか。
まったく関係ないが、以前聞いた話をひとつ。人間が打撲や骨折をした際に、表面が腫れたり痣になったりするのは、生きていて血液が循環しているからだそうです。死亡してしまうと血液は止まってしまうので、身体の内部で骨折したりしても、表面には表われないとか。まったく関係ない話ですけどね……。

ところで、畠山鈴香弁護団は会見で、豪憲君の死体遺棄場所について「最初は別の場所に遺棄しようとしたが、人がいて無理だったので発見場所に遺棄した」と言っていた記憶がある。はたして最初に遺棄しようと考えていた場所とはどこだったのだろうか? 新たな情報によって「あるいは大沢橋の付近では?」と考える人も多いのではないだろうか。違っているならば違っているで、弁護団は明らかにするべきだと思う。


文化の伝播

2006年07月15日 02時21分02秒 | 社会・経済
巡回して見つけたトピックスをふたつ。
ひとつはアメリカで1977年に起きた、ジェイソンみたいな襲撃事件の続報です。
もうひとつは日韓の物価が逆転の兆候という記事。

筆者の持論として、文化はと同じ--高い所から低いところへ流れると思っています。
筆者の幼少期には、「欧米じゃ水道の水が飲めないから、わざわざ水を買って飲む」という話が信じられず、水を買うってどんな神経してるんだろ。だったら牛乳やジュースを買うのが普通だろ。と思っていた。現在の日本ではスーパーやコンビニ、自販機で普通に水が販売されている。
「アメリカじゃ、警察官が悪いことをしてるらしい」という話を聞いた時も、「それじゃ、何を頼ればいいんだ?」と思った。これも現在の日本の状況を説明する必要はないだろう。冒頭で例にあげたアメリカの事件も、地名や人名を日本の地名、人名に直して書き直せば、「あー、またこんな事件が起きたんだ」という感想を持つ人が多いのではないだろうか?

結局、数十年前の米国の文化が現在の日本で再現され、数十年前の日本の文化が現在の韓国で再現されているだけだと感じる。だが、そこから学ぶべきことは数多いはず。文化の伝播とは、そういう物ではないかと感じる。もちろん、この場合の文化とは、創造や発展といったプラス方向の意味だけでなく、腐敗や衰退というマイナス方向の意味も含んでいる。