ドラクエ9☆天使ツアーズ

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天使の不在

2012年11月05日 | ツアーズ SS

ウイが消息を絶って、数日が経つ。

 

あの伝説の生き物、ドラゴンに会いに行ったまま、行方が知れない。

…そう、伝説の生き物だと思っていた。

火山に棲んで、火を吐く。威厳と畏怖とを体現した巨躯をもちながら、お酒が好きで、気難しい。

「困ったおじいちゃんだよ」

なんていつもの調子で言って、じゃあちょっと行ってくるね、と別れた姿を

今もまだ、はっきりと思い出せる。

ドラゴンがいるのだから、ウイが守護天使であっても何もおかしくはないのだろう。

 

正直、まだそれは信じられないけれど。

 

自分にとっては、ウイが守護天使で、あの高い場所にある天空から来たのだと教えられても

まったく信憑性はない。そんなことはどうでもいい。

ただ、天使だから、人間ではないから、いずれ自分達の目の前から消えてしまうのだ、と

考えることのほうが、怖い。

 

そんな、虚無が巣くうほどに、ウイの消息不明の時は長かった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

ヒロは、セントシュタインの城下町をあてどもなく歩き、気がつけばまたここまで来ていた。

ウイがいつも、ルーラという魔法で帰還する場所。

 

竜に助力を請い願うために出された条件は、「ウイが一人で対面すること」だった。

そのために、麓で待つことさえも許されず、自分達3人は、ここセントシュタインの酒場で

待機することを余儀なくされた。

それからだ。

 

ウイから一切の連絡がない。

 

交渉がもつれているにしても長すぎる。

竜の意思には背くが、何の情報もないままただ待機していられるだけの時間は

とうに過ぎた。

3人で話し合った結果、ヒロが単独で竜の村まで飛んだ。

 

そこで得られた事実は、竜の存在の消滅だった。

 

長い時を竜と共に生きた村だ。その悲壮感は計り知れない。

それでも自分にとっては、それをはるかに上回る大切な存在であるウイの消息を

どうあっても掴まなくてはならなかった。

 

だがしかし、結果的にヒロは、ウイが消えた、という事実以外の何事も、

仲間に持ち帰ることができなかった。

 

「ヒロくん!ここにいたんですか」

 

街を守る外壁にもたれ、日が沈む西の空を、ただぼんやりと見ていたヒロに、

少女の影が駆け寄ってくるのが判った。

 

「大丈夫ですか?」と、そばまで来たミオが、心配そうにそう問いかける。

 

本来なら何十日もかけて旅をする行程を、キメラの翼は一瞬で飛んでしまう。

それは少なくとも、それだけかかる疲労を体に蓄積する。

短時間で竜の村までの行きと帰りとの代償を受けて、ヒロはしばらく調子を崩していたのだ。

「うん、大丈夫」

「…で、でも、顔色が悪いみたいです」

パーティの中では、仲間の誰よりも弱く、頼りなく、いつも消極的に控えているミオにとって、

心の支えであるはずのウイの不在は辛いだろう。

自分よりも、ずっと。

そう思って、ヒロはなんとか笑ってみせた。

「西日のせいじゃないかな」

もう疲労はほとんどない、ということを伝えて安心させるために、軽く体を動かして見せる。

いつもどおり、軽快に、俊敏に、体は動く。

それを見て、ミオも判ってくれたのだろう。小さく頷いた。そして。

 

「こんなところで、どうしたんですか?」

 

それを聞かれると、言葉に詰まる。

ウイのいない輪の中で、うまく自分を保つ自信がないのだ、とは言えないだろう。

 

「…うー、んと、ウイが戻ってくるなら、ここかな、と思って…」

 

心の弱さを、何よりもミオに心配させないためにうまく隠せただろうか。

それとも、逆効果だっただろうか。

 

「あ、そういえば、ルーラで帰るところは、ここでしたね」

「うん」

 

ヒロとしては、ウイが天使だという事実は、まったく信じていない反面、

だからなのか、という思いがある。

ウイが天使だから、普通なら他人に萎縮してしまうミオも、自然にウイを慕う。

ウイが天使だから、他人に警戒心しか抱かないミカでさえ、ウイには心を許している。

そして。

ウイが天使だから、自分は、そんな二人とここまでやってこれたのだと、思う。

 

ウイの存在がない今、自分は、どんな風に振舞えば、

この二人をつなぎとめることができるのだろう?

 

そんな不安が、抑えきれない。

 

長い旅の果てに、やっと得た、自分の居場所だと思っていた。

だがそれは、失って判る、ウイの存在があったからこその居場所だった。

ウイが戻るまで、自分はこの二人をつなぎとめなければならない。

二人がいなくなれば、ウイは戻る場所を失う。

そして自分は、ウイを失うのだ。

 

「あ、あの」

 

気がつけばつい、暗いほうへと流れていく思考を断ち切ったのは、ミオの声。

あわてて、隣にミオがいたことを思い出す。

いけない。また自分ひとりをもてあまし、仲間に気を配ることを疎かにしてしまった。

今、ウイはいない。自分がそれをやらなくてはいけない。

 

「はい、なんでしょう」

調子を取り戻すように、わざとそう茶目っ気をきかせてミオに向き直ると、

ミオが、数枚の紙の束を差し出していた。

「え?なに?」

「こ、これ、あの、ルイーダさんにお願いして、手伝ってもらったんですけど」

それが何かわからなかったために、思わず手を出すのが遅れた時。

ミオの言葉が、紙束を受け取ろうとするヒロの手を止めた。

 

「ウイちゃんに関する情報です」

 

それは。

吉報か、凶報か。

本来なら、何よりも欲しい情報のはずが、ヒロの心を戸惑わせる。

ミオがそれを持ってきた、というのも意外だった。

それをどう考えればいいのか、わずかにためらった時。

 

「酒場の奴らに聞いたのか」

 

別の声がして、ヒロの背後から伸びた手が、その紙の束を受け取った。

今ここで、自分たち以外の存在を失念していたばかりに、ヒロは飛び退るほどの勢いで

背後を振り向いた。

「うわ、びっくりした」

「なんでだよ」

ヒロの反応にいやそうに顔をしかめながら、ミカがそこに立っていた。

いつ来たんだ、なんて無意味な質問を嫌がるミカには聞かないけれど。

いつ、自分達のもとにあらわれたのか、まったく気がつかなかった。

しかし驚いたヒロとは違って、ミオは判っていたのだろう、冷静に対応している。

「ハイ、あの、ここ数日、何か変わったトコはないか聞いてみたんですけど」

そのやりとりを見守っていたヒロに、ミカが自分の手にしていた封書を差し出す。

 

「城の衛兵室と、うちの守衛に集まった情報だ」

 

ミカは、ミオのようにヒロの反応を待ったりはしない。

無理やりヒロの手に封書を押し込むと、もう、ミオから奪った紙の束を広げて、

内容を検分し始めている。

「…お前…」

「あ、あの、すみません、あまり、たいしたことは聞けなくて、あの」

「それより、お前のこの字!読み難いにもほどがある」

「あ、ああっ、ごめんなさいっ、もっと丁寧に書くべきでしたっ」

「違うだろ!これ以上丁寧に緻密に書いてどうすんだよ、もっと大きい字を書け!」

「は、はいっ、ごめんなさい!」

「紙にまで遠慮して字書くのかよ、どんだけ萎縮してんだよ」

「気、気を、つけ、ます」

目の前で起こるそんなやりとりを、ヒロはただ、ぼんやりと見ていた。

 

ミカが手にしているのは、ミオが得た情報だ。

人と関わることが苦手な彼女が、ルイーダに協力を仰いだとはいえ(それも驚きだが)

酒場に集まる冒険者達に聞き込みをしたということが、信じられない思いだ。

それに。

自分が手にしているのは、ミカが集めた情報だ。

普段、この街に戻っても城のほうへは絶対に足を向けようとはしない彼が、

ましてや実家に戻る様子もさえも見せない彼が、自ら城へ赴き、行動したのか。

 

「ほんっとどうっでもいい情報ばかりだが…」

「はい」

「ハイじゃねえよ、ある程度、お前が取捨選択してまとめろよ、報告書は」

「あ、そ、そうか、そうしないとだめなんですね」

「空が光った、ってのと、北の空が暗い、ってのは俺の情報と共通している」

「あ、はい」

「光ったのは、あれだろ、竜が消えた日だ」

「あ、影が、北に飛んだのを見た人もいます、あ、あの、2枚目の、ここです」

「…ああ、城の見張り台からもそれが見えたという話しもある」

 

二人が、何事もないように、会話をしている。

当然のように、対等に。

ウイがいなくても、ヒロを介さなくても、それが出来る。当たり前のように。

 

では、自分は?

 

「というわけで、北だ。北の情報を集める。今のところ、突破口がそこしかない」

わかったか?と言われて、頷くこともできない。

「ヒロくん?」

「どうした」

二人の様子に、ヒロを責める響きはない。

けれど、どんな風に、彼らの中に入っていけばいいのか、判らない。

なぜ、今までどうやって接していたのかが、判らなくなったのだろう?

 

二人が、ヒロの知ってる二人でなくなったようだ。

 

「なんだよ、まだ調子悪いのか?」

らしくもなく、ミカにそんな風に心配されると調子が狂う。

思わず、自覚していない弱音が出た。

「ごめん、なんか俺、なんの役にもたってないなー、と思って」

その言葉に、驚いたように二人がヒロを見る。

だがヒロ自身も、自分の言葉に驚いたくらいだ。どうしてそんなことを言ってしまったのだろう。

「あ、いやー、えっと、二人が一生懸命やってんのに、俺、朝からここで立ってただけだし」

あわてて言いつくろった上辺の言葉に、ミカの、呆れたような返し。

「…朝からずっと立ってたのかよ」

これは、軽蔑されたか?と、一瞬、ひやりとしたものがヒロを襲う。

しかしミカは、ヒロの手から封書をとって、自分の手にしていた紙と一緒にミオに渡す。

「調子悪いならおとなしく寝てろよ」

「そ、そうですよ、ヒロくん、やっぱり、元気ないみたいですよ」

何よりもヒロの身を案じる二人、ミオに「戻りましょう」と言われて、情けなくなる。

自分は、今まで、仲間の何を見て、何をわかっているつもりだったのだろう。

「ごめん」

二人の心遣いに対して、それを信じきれずにいることを、明確に言葉にして謝罪する勇気がない。

だから、わざとおどけてみる。

 

「俺、ウイがいないと、だめみたい」

 

そうだ。まだ、だめだ。

二人のように、強く在れない。強く、変わっていく二人に追いつけない。

それを、置いていかれるかのように感じて、怯えている。子供のように。

…きっと、村を出た日から、なんにも成長していない自分を。

 

「いいんじゃねえか?」

 

と、ミカがあっさり肯定する。

「え?」

「仮に、これがいなくなったのがお前だとする」

ヒロは、一瞬ミオと目を見合わせて、そして二人でミカを見る。

「その場合、俺は動かねえ」

宿屋で寝てる、と平然といわれて、ヒロは思わず、ひでえ、とつぶやいている。

「ウイはセントシュタイン王に面識があるから、俺が出て行く理由がねえ」

「あ」

「けど、今ここに残ってる面子でいえば、城の最深部に入れるのが俺だけだから」

俺が行ってきただけだ、と、なんでもないことのように言い切るミカが。

「こいつにしたって」

と、ミオの持っている紙の束を指差す。

「自分に出来ることはこれしかない、って思ってやってるだけだろ」

成果はともかく、と付け加えることも忘れない。

「竜の所まで飛んで帰ってきて、寝込んでるお前を休ませるためだ」

それぞれが、自分のやるべきことをやっている。何か問題があるか?と。

「それはー…」

なんと返せばいいのか、ヒロが自分の中にある弱さに躊躇していると。

「あのっ」

と、ミオが必死の面持ちで、ヒロの手を引く。

「ヒロくんが、今やるべきことは」

それは、か弱い彼女の、精一杯の心だ。

 

「私達に、甘えることだと思います」

 

えっ?というのは、男二人の思わずもれ出た声。

ただし、その意味合いはまったく違っていたが。

 

「だ、だって、ヒロくんは今、ウイちゃんがいないから、元気がないんでしょう?」

「う、うん」

ウイがいないから。

ウイの心の導きがないから、こうして動けずにいるヒロを、ミオが庇う。

「だったら、ウイちゃんが戻るまで、私たちがウイちゃんの代わりをしますから」

私達に甘えてください、と言われて、ミカとふたり、ただただ唖然とするのを見て、

ミオがあわてて言い添える。

「そ、それはもちろん、ウイちゃんほどにはできないかもしれないですけど」

と、遠慮気味に口にするミオに、ヒロよりも一足早く我に返ったらしいミカが突っ込む。

「違う」

「え?」

「私たち、ってのは何だよ、私・た・ち、ってのは」

「え?ええ?それは、もちろん、私と、ミカさんですっ」

「…そんなことは判ってる…」

「あ、じゃ、じゃあ、ヒロくんが判らなかったですか?」

「いえ、判ってます」

「ハイ、じゃあ私たちに甘えてください」

それが今、ヒロくんがしなくちゃいけないことです、とミオが言い切る。

「ヒロくんはいつも一人で頑張りすぎです。もっと私たちを頼ってください」

「う、うん」

「あ、もちろん私達が頼りないのはわかってますから」

「おい待て」

「は、はい?」

「その、私たち、ってのは何だ」

「だから、私とミカさんですよ?」

「…お前、俺まで頼りないと思ってんのか」

「ええ?あ!…えっと、…えーっと、…えーっと、ですね」

「…なんで違うって言わねえ…」

ヒロは、そんなやり取りの間中、この二人、見てると面白いな、なんて、不届きなことを考えていた。

甘えろ、といわれたことも、もっと頼れ、と言われたこともなかった。

自分のことは自分で、…そして長男気質もあってか、他人のことにまで手を出してきた。

だから、どうやって甘えていいのかも、実はよくわからない。

 

ウイと一緒にいて、ウイを必要としている状態が、甘えているということなら、判る。

 

その居場所を、この二人がくれるという。

ヒロの心の中にウイがいなくても、この二人の中に、ウイがいる。

今、それを教えられたのだと思う。

 

「うん、ありがとう、お言葉に甘えます」

 

わざと、他人行儀にそんなことを言ってみる。

まだ何か不毛なたどたどしい会話をしていた二人が、驚いたようにヒロを見る。

多分、初めて自分の意思を口に出して甘えるなら、これくらいがいい。

そうでないと、なんだか幸せすぎて、泣いてしまいそうだ。

 

「はい、いっぱい甘えてくださいね」

ミオが、安心したように笑う。

「知らんぞ、俺は。大体、いいのかよ、そんな安請け合いして」

ミカが、それを牽制する。

「ヒロくん、大丈夫、安請け合いじゃないですよ、私、頑張ります!頑張りますから!」

「だから。こいつはなあ、俺に、50歳になっても面倒見ろ、とか言う奴だぞ」

「えっ、50歳?!」

街に戻る途中、そんな会話の流れになって、ただ二人の後をついていくヒロは

顔をあげた。

 

そうだ。

昔、ミカとそんな話をした。

あまりにこの旅が楽しくて、この仲間とある時が満ち足りていて、終わることが考えられなかったあの日。

決して、終わりなどないと、願うように信じていた。

 

その言葉を、ミカは、大事に、大事にとっておいてくれたのか。

 

「すごい!私、そんな先のこと、考えたことなかったです」

「だろ?だから今軽々しくそういうこと言うとあとが怖い、って話を」

「50歳になっても皆一緒って、ステキですね!」

「…おい」

 

だから絶対ウイちゃんも帰ってきますね、とミオがヒロを振り返って言う。

ミカも、ヒロの返事を待っている。

 

ヒロだけでなく、この二人にもきっと、ウイの不在が重くのしかかっている。

けれど、それをそうと思わせず、ヒロを支えることで彼らが強くなれるというなら

自分たちは、互いに手をとりあって、天使の不在を埋めるのだろう。

 

ウイが戻ってくるそのときまで。

 

これで終わりにはならない。

まだ何も始まっていない。

 

「もちろん、絶対、探し出して見せるよ」

 

…とても、聞いて欲しいことがあるから。

 

 

 

 

そうして西日に長く伸びた3つの影が自然に寄り添い、一つに重なりあうとき、

彼らが待ち望む、ルーラの光が帰還する。

 

 

 

 

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