レネーゼ侯爵家の、「観月宴灯」と題された定例夜会。
一応、現侯爵の後継者、ミカヅキの実父との血縁者という関係から、ルガナ伯爵家にも招待状は届く。
届くがほぼ儀式的なものであるのは解っているし、現伯爵も毎回、ご遠慮申し上げますという返事を出しているのだが。
「今回は面白そうだから、お前、行っておいで」
と、今はモエギの養父であるルガナ伯爵が、わざわざモエギの勤める城まで出向いて来てそう命じる。
勿論、伯爵の命令には逆らえないのだが。
「伯爵様は出席されないのに?」
休憩時間中、城の中庭のとある一角で二人立ち話、という気安さからモエギは率直に尋ねる。
「私が行くと迷惑千万な態度を隠そうと高飛車に構えて周囲を恐怖のどん底に突き落とすご婦人がいるのでね」
確かに侯爵家の定例会、という大きな夜会なので、現侯爵の娘である彼女もいるだろうが。
そんなに毛嫌いするほどかなあ、とモエギは思っている。
「それに、私が行くとなると、面白いものが見られなくなるかもしれないしね」
「なんです、それ」
「いやいや、先に言ってしまっては面白さ半減だよ」
そもそも読みが当たっているとも限らないから、外れた場合、面目が立たないというのも避けたいところ、なんて茶目っ気を見せる。
まあいいか、この人は楽しそうなのが一番だ。
「いいですけど、俺が行って仕事になります?」
そんな上の方々ばかりが集まる夜会に一人乗り込むには、少々、身構えるな、というモエギに、
「そんなしみったれた謙遜は愚の骨頂だね。お前の振る舞いが夜会をぶっ壊すのかと思えば祝杯ものだ、わが息子よ」
と、養父は満面の笑みを浮かべた。
「はあ、そうですか」
じゃあまあ行ってきますよ、とその場は軽く請け負ったのだが。
いざ侯爵家の夜会の場に立つと、「半端なく浮いてるな俺!」と、モエギは人々の間をかいくぐりながら戦利品を探して歩く。
モエギのような十代なかばの年頃では、主や親族の年長者に付き従っていることがほとんどだ。
モエギだとて、いつもなら一人で夜会に参加することは稀で、あったとしても伯爵の名代で顔を出し、開催主に挨拶をしてすぐに帰る、
という程度なのだ。
さてどうしようかな、と辺りを見回す。
自分が輪の中に入っていってもそこそこ相手にされそうなのはどの辺りだ?と、あまり上の方々の不快を被らない場を探しているうち。
今夜の夜会には候主の愛孫が顔を出している、という情報を掴んだ。
これか。
これが伯爵様の言っていた、面白いこと、…か?
確かに彼が夜会に顔を出すというのは、彼のおかれている立場からもごく当たり前の事なのだから、さしたる驚きもないはずなのだが。
その話を持ち出す人々が、異様に高揚している。
よく耳をすませば、場はその話でもちきりであるのが解った。
これはどういうことだろう、とモエギはさらに高揚の核心を掴むため、伯爵経由で顔なじみであるご婦人方を探して歩く。
そうして得たのは、彼が王城をしばらく不在にしていた事、今は対外交で学んでいる事、その手助けに供を連れている事、だった。
爵位1等であるアルコーネ公爵様の意向で外の国へ出る、そのため従者を連れているだけで特別に事を起こすものではない。
という話を聞いて。
まあそうだろうな、と思う。
今まで彼は一人で行動しすぎた。従者も取り巻きも付けず、どこへでも一人で出向き、なんでも一人で成した。
それを周囲は変わり者だと思っていながら受け入れさせられていたのだから、今になって供を連れている、となれば何事かと思うだろう。
それを窘めない現侯爵も甘いな、と思っていたが、ようやくその気になったか、と思った。
彼が、ミカヅキが、貴族界に出てくる。
それで周囲は浮足立っているのだ。
本当、どうしたって人騒がせな奴だな、というのがモエギのその時の感想だったが。
それまで自由にさざめいていた人々が、一瞬にして息をひそめたのが解った。
遠くで優雅な音楽は流れ続けている。物の動く気配、何かしらの無機質な音、人いきれは確かに感じられる。
決してその場が静まり返ったわけではないのに、張りつめた緊張感があった。
人々の意識を奪っていくもの。
貴族界では異質だと弾かれているモエギでさえも例外なく、それに意識を奪われ立ち尽くすしかなかった。
美しきもの。
生まれながらにして、それを備えている者はいると認めざるを得ない。
モエギがいくら礼儀を仕込まれ、見劣りしない服飾で箔を付けられたとしても、あの圧倒的な振る舞いの前では、
到底、太刀打ちできないものなのだと、ひれ伏してしまいそうになる。
候の爵位を受け継ぐことだけに生きている存在を前にして、自分たちと同じだと思う事こそが畏怖でしかない。
あれは、生き物ですらない。
候の爵位そのものだ。
目の前で他の貴族を圧倒しながら、優雅に腰を折り、手を差し伸べ、あなたの引き立て役になりましょう、と
親族の年長者に恭しく従い、その場を離れていくミカヅキの姿を見ながら、モエギは知らず息を吐き出していた。
その後姿が人々の開けた道を優美な舞のように進み、庭へと出るバルコニーの向こうに消えるまで、その場の誰もが動かなかった。
「あぁ驚きましたわ、彼の君も女性を虜にするお年頃ですのね」
と、傍にいた馴染みの夫人の言葉に、そうなのでしょうね、と適当に相槌を返しながら、それまでの緊張がそこここで緩むのが解る。
おそらく誰もが同じように当たり障りのない感想を言いながら、今の衝撃をやり過ごしているのだろう。
だが、その仮面の裏で何を思うのか。
この夜会に集う人々がどうあれ、モエギには、いよいよミカヅキが盤上に駒を並べ始めた、という昂奮が沸き起こっていた。
今まで現侯爵の陣の中でお飾りでしかなったミカヅキが、自分で、戦いのための陣地を築き上げようとしている。
それは脅威。
尤もなる脅威であるはずなのに、なぜか闘争心のようなものが湧き上がってくる。
確かに、これは面白い。
伯爵の言葉がモエギを奮い立たせる。面白いことには全力で乗らなくては意味がない。
そうしてミカヅキが自分の陣地を広げている様を方々から聞き集め、モエギのとった手段は。
伯爵の言葉通り、「夜会をぶっ壊して」しまったらしい。
いや、夜会をというのは少々語弊がある。
貴族の子息たち、年少者に取り囲まれているミカヅキの輪に無理矢理割り込んで談笑しただけだ。
それを、「ぶっ壊して」しまった、と思うのは伯爵にではない。(彼なら手を叩いて喝采し、本当に祝杯をあげるだろう)
その場にいた幼馴染であるヒロに、険しい顔で腕を掴まれてその場から連れ出されたからだった。
「痛いな、もう、何だよ」
「何だよじゃねーよ、煽るな」
「はあ?」
「ミカを、無駄に、煽るな、って言ってんの」
ミカヅキとその供(これは幼馴染のヒロを含む、顔なじみの冒険者の面々だったが)を取り囲んでいた子息たちの輪から離され、
そのままバルコニーへ出、階段を下りるように促される。
体格的にも腕力的にもかなわないので仕方なくヒロに従って、階段の下へ降り、人の目から逃れるように二人で立つ。
「別に煽ってないよ、本当の事でしょ」
ミカヅキが、冒険者であるヒロたちを子息らに紹介するのは解った。
先ほど年長者相手に見せた圧倒的格の振る舞い、あれを間近で見ることができるのかという期待もあった。
だから黙っていたけれど、ミカヅキの戦法は同年代に対してあまりにもお粗末だと思ったのだ。
貴族たちは、自分より格下のモノには決して膝を折らない。それはモエギが身をもって知らされ続けている事だ。
ヒロたち冒険者をコケにする様も予想通りだったわけだし、自分は蚊帳の外だし、で放っておけば良かったのだが。
つい、不愉快だな、という感情が勝った。
こんな夜会の場で、ヒロに不似合いな格好をさせてまで、彼らにコケにされるために披露をするにミカヅキも
コケにされている幼馴染を見ることも、不愉快でしかなかった。
だから、助けてやったのではないか。
彼らの大好きな権威と格とを思い知らせる事で、ミカヅキのもつ爵位の前でどっちつかずに抵抗しているその膝を
折らせてやったのだ。
「どこに不満を唱えられる要素があるのか、わからないな」
強気にそう返せば、モエギの主張をじっと黙って聞いていたヒロが、あー、と低い声を吐きながら頭を抱える。
大体、ヒロもヒロだ。あんな冒険譚を自分に話して聞かせておいて、普段から八方美人を自認する話力をなぜ彼らに使わないのか。
ミカヅキだってそうだ。仲間を守りたいというのなら、手段にこだわらず、綺麗事など言わず、使える威光は全て使うべきなのだ。
それを恥だの、誇りを汚すだの、言ってるようでは甘い。
そもそもミカヅキ自らがこの夜会において、方々の諸侯の元へ出向き、誰彼にも好い顔を見せて篭絡させる手段を講じているではないか。
そんなものを見せられては、やっと貴族社会になじむ気になったのかと思われても仕方がないだろう。そうさせるだけの衝撃はあったのだ。
それがあったから、ミカヅキの子息たちに相対する不甲斐ない様に、自分は手を貸してやったにすぎない。
「感謝こそあれ、非難されるいわれはないね!」
一気にここまでまくしたてると、自然、息が上がった。
なんだろう、なんで自分はこんなにムキになっているんだろう、と思えば、ヒロもそう思ったのか、両手で肩を叩いてくる。
「な、なんだよ」
「うん、わかった」
「わ、わかっ…?」
「わかった」
とヒロが、モエギの肩から手を離す。
「俺にはお貴族様のそういうのよくわからんけど、モエがミカと仲良くしたがってる、ってのは解った」
「え?別に、そこ解って貰わなくていいけど」
お手てつないで仲良くごっこ遊びをしたいわけがない。
ヒロの言う、お貴族様のそういうの、の話だ。
何で勝手に自分の都合のいいように解釈するのだ。
「いや、俺がミカとモエの仲を取り持ってやるから」
「やめろ、迷惑だ」
「何もすぐ仲良くなれとか言ってねえよ、ただそういうのほっといてこじらせるなよな、…な?」
「な?じゃねえよ、子供扱いすんな」
「しゃーねーじゃん、俺の中でモエはまだ6つとか7つとか、あの辺なんだもんよ」
「キモイこというな」
「あんなちびっこいのがなんかいっぱしの口きいてるぜー、って何かすげーこう、泣けるっつーか」
「キモイこというな!」
「まあ、キモイとかじゃなくて、…親心?」
「ヒロに育てられたわけじゃねーだろ!」
そんな他愛ない悪口雑言のやりあいで、自然に気持ちが落ち着いてきた。
落ち着いて、ほっとしているのは、ヒロが全く変わらず、いつもと同じように自分に構ってくれるからだ、と、解った。
ミカヅキを怒らせたように、自分の行動でヒロも怒っているのだと思ったのだが。
「どっちが正しいやり方なのか、俺には解んねーよ?ただ、ミカは俺たちを自由にさせたい、って言うんだ」
「…自由?」
「ミカにな、守ってくれなくていいから、って言っておいたんだ。俺たちのことは守らなくていいから」
ミカの一番やりたいことをやればいい。
自分たちがそう言った事でミカが出した答えだ、とヒロが言う。
「俺たちを自由にさせておきたいんだって。俺らが自分で自分を守れるようには、最低限、自由だけは確保する必要があるんだってさ」
その為の初手だった。
そう言われても、自分はそんな事など知らない、聞かされていない。後出しでの説教には耳を傾ける気にはならない。
「いや説教とかじゃなくてさ、単純な話、ミカはそういうつもりだ、って事だから。そこは解れよ」
とヒロに言い聞かされて、それ以上反発するのもバカらしいと思った。
どうせ自分は、ミカヅキとヒロのような、お手てつないで冒険ごっこ、のような関係を築くわけではないのだし。
「…あ、そう、いいよ解ったよ、ハイどうも」
ヒロに当たる事ではないと解っていながらも、そう簡単に気分を切り替えることもできず、投げやりに返事をすると。
「うん、それで、モエは俺たちが粗末に扱われてるのを見て、怒ってくれたわけじゃん?」
「なっ、何、いや、別に、そういうわけじゃ…」
そんな言われ方に、さっきまでの面白くない気分は吹き飛ぶ。
違う、そうじゃない。あくまでもミカヅキの不甲斐なさに抗議をするために起こした行動であって、別に正義の味方を気取ったわけではない。
「違うから、本当に」
モエギの葛藤など解るはずもなく、ヒロは、いーからいーから、と笑う。
「俺が嬉しかっただけだから」
気にすんな、と言われ、勝手に嬉しがられるのも気分が悪い、とヒロを見れば。
「それをミカに言っといてやるから」と真顔で告げられ、「言わんでいいわ!馬鹿か!!」と反射的に叫んでいた。
敵同士だ、と何度言えば解るのか。なぜ、仲良くさせようとするのか。実はこいつが一番質が悪いんじゃないのか。
「だってミカの動機をモエに話した以上、モエの動機もミカに話しとかないと、公平じゃねーだろ」
「公平?知らないよ、公平とか!そんな世界で敵味方やってるわけじゃないんだよ、こっちは」
そうだ、質が悪い。モエギの抵抗もヒロには一切効く気がしない。
「敵だっていうならまあ敵同士でいいけど、俺はどっちの肩も持たないといけないんだから、そこは俺の好きにさせろよな」
「いけなくないだろ別に、ミカヅキ様の肩だけ持ってればいいだろ、恩着せがましいってんだよ」
「解ってねーな、俺が何年長男やってると思ってんだよ」
と言ったヒロが、兄ちゃんあたしとこの子とどっちの味方なの!、ってどんだけ言われてきたか解るのかよ、と胸を張る。
「兄ちゃんは二人の味方だぞ~、って朝昼晩朝昼晩マジで死ぬほど言わされてきた俺を舐めんなよ」
「それは」
「そんで、兄ちゃんなんか嫌い!つって“あたし”と“この子”が結託して、なんでか俺一人はぶられる展開を何年味わってきたと思ってんだよ」
「何でかもくそもねーよ、どう考えてもどっちにもいい顔するヒロが悪いんだろ」
まあ皆そういうよねー、と言ったヒロが、そういう事だから諦めろ、と言うのに二の句が継げない。
「俺のそういうの、筋金入りだから。今更やめろとか言われても無理無理」
確かに無理そうだ。ヒロはやると言ったらやるだろう。
それに、そもそも普段は貴族界にいないヒロの動向を貴族界から出ない自分が見張り止めさせる事などできやしないのだ。
「あ、そう。いいよ、好きにすれば?俺も好きにするし」
好きに動いて勝手にミカヅキとモエギの間で身動き取れずに自滅すればいいのだ。
「うん、じゃあそういう事で。よし、戻ろう」
「は?」
「あんまり俺らだけ離れてると、ご子息様たちにバレちゃうだろ」
ヒロが階段の陰に隠れて見えないバルコニーの向こうを指さす。
そこで取り残されている一団に、「幼馴染」という関係がばれると困るだろう、と示唆しているのが、解った。
自分はヒロたちとの関係を利用したのに。ミカヅキは意趣返しという醜態は演じないだろうと驕ってのことなのに。
それを責めないヒロはずるいと思う。
お人よしも、過ぎれば鼻につくよ。そういうとことが、兄ちゃん嫌いって、チビたちに言われるんだよ。
そんなことを考えただけで何故か泣きそうになった。
先に立つヒロの背中が憎らしい。
「おせっかい」
「はいはい」
「でしゃばり」
「うん」
「ありがた迷惑、もうちょー迷惑、ひたすら迷惑」
もっとヒロを凹ませる悪口が出てくればいいのだが。
モエギはもうチビじゃない。嫌い、なんて言葉にすることはできない。
チビたちの「嫌い」は、「大好き」の裏返しだ。ヒロは何年も何年も大好きを積み上げてきたのだ。
「ぜんぜんその服とか似合ってねーし」
「似合う方がこえーだろ」
「変な頭だし」
「あーもう、うっせえな」
と、ヒロの手がモエギの頭を掴んだかと思うと、そのままぐしゃぐしゃとかき回される。
「ちょっと!やめてよ!!」
「モエだって変な頭」
「ヒロのせいだろ!」
あはは、とヒロが明るく笑う。
そのままモエギを、灯りの下へと連れていく。そんなヒロはずるい。勝てる気がしない。
兄ちゃんに手を引かれていじめっ子たちの前に出る。兄ちゃんがいる、それがチビたちにはどれだけ心強いことか。
モエギはもうずっとその感覚を忘れていて、今、唐突に思い出した。
そして。
ミカヅキもそうなのだろうか、と、何気に思った。
…宴はまだ、終わりではない。
場に戻り、前触れもなく中座したことをそろって詫びる。
彼らは、何が起こったのかと、いまいち理解していない様だったので、自分の発言でミカヅキが気分を害したかもしれない、と言っておく。
それを二人がとりなしてくれたようです、とヒロとウイの行動にも感謝を述べて。
まだ戻ってこないミカヅキの姿を探す。
自分たちがいた方とは逆のバルコニーで、二人がこちらに背を向けているのが見える。
灯りのない庭。その自然の闇を背景にして立つミカヅキの姿は、邸内の灯りを受けて、闇夜にある月の様だ、と思った。
闇の中にあってこそ輝けるもの。
美しく人々を魅了しながら、日ごと形を変えては、儚くも万全にもなるもの。
はるか高みにあり、日の光と共に消えゆく。
あれは、月だ。
今宵は観月、きっと自分は月を観ていたのだろう。
そう思う事で今夜のすべてのミカヅキの言動も、何気に紛れるような気がした。
自分らしくもなく、気取った詩的な思考に、我ながら毒されているなと思わずにはいられなかったが。
モエギを毒したお貴族様たちには、それほどの余裕もないと見える。
なかなか戻る気配のないミカヅキたちの様子に焦れ、誰かが代表で詫びに行った方が良いのではないか、という空気だ。
当然、ミカヅキの機嫌を損ねた当事者であるモエギにそれをしろ、という圧があるのも解っていたが。
「勿論許されるならば私が進んで参る所ですが、皆さまのお立場を失わせてしまうのでは」
と嘯いて焚きつけただけで、あっさりと彼らの軌道は「それもそうだ」という一致の元、当事者であるモエギを捨て置き、
「この中で格の高いものを向かわせるべきだ」という方向に転換される。
ばっかじゃないの、と思ってはいるが顔には出さない。
モエギの通常の感覚なら、ここは自分が頭を下げるのが筋だ。そんな事は絶対嫌だけれど、筋だというのは明らかだ。
なのに、彼らは、格というものに縛られて、その筋さえもゆがめてしまうのだ。
そんなものが、きらびやかな世界。
美しく豪奢で一点の汚れも許されない、作り物の世界。
作り物ばかりに縛られて自由に動くことのできない彼らの中にあって、モエギ一人がどこに身を寄せることもなく浮いている。
囲いの中でしか動けない彼らを滑稽であるようにも、惨めであるようにも思える。
それは一振りの武器である、と、常々養父に言い聞かされていることではあるが。
今夜だけは。
ヒロたちに自由を求めているというミカヅキの真意を知りたいと思った。
権力者の威光を纏うことなく、この世界に仲間を解き放った真意がどこにあるのか。それを聞いて、自分は何を得るのか。
何を得たいと思って、ミカヅキの真意を知りたいのか。
ミカヅキの元へご機嫌伺いに行った一人が、浮足立って戻ってくる。
「若者だけで、場所を変えて月見をしようと仰られている!!」
一瞬で場を沸かせたその言葉は、モエギにも少なからず衝撃的だった。
そっと窺うようにヒロを見れば、モエギの視線に気づいてヒロも首を振った。
今夜のミカヅキの動向を打ち合わせていたヒロでさえも予想外という事か。
仕方なくモエギはヒロから視線を外し、バルコニーに立つミカヅキを見やった。
闇夜にある月の裏側は読めない。
月の誘惑。その宴。
そこで、自分は、救いを求めている。
救われることを、ずっと求めているのだ。
もー色々こじらせまくりです