大和浪漫

私、瓜亀仙人が奈良・大和路の社寺や自然、生活の様子などをお伝えしたいと思います。

保田與重郎・生誕100年記念

2010年11月28日 | 桜井市
保田與重郎・映画と講演の会
先日のこと,親父に届けたい物があるからと頼まれ,車で親父の友人宅へと出かけた。
その道中で,家が建て込んだ昔ながらの細い道で人混みに出会ってしまった。
何かのイベント?
翌日のニュースを見て,それが何やったんか分かった。
【桜井市が生んだ昭和の名文芸評論家、保田與重郎(やすだ・よじゅうろう=明治43年~昭和56年)の生誕100年を記念して、同市桜井の生家前に顕彰碑が建立された。21日、門人や関係者ら約50人が集い、除幕式を行った。
 保田が創始し、現在は妻典子さんが主宰する短歌結社「風日(ふうじつ)社」(約40人)が、「保田文学を慕う人々のしるべに」と願って建てた。】
今日は,桜井市立図書館で「保田與重郎 生誕100周年記念 映画と講演の会」が開催された。
私も保田與重郎を理解しようと,参加してきた。

@保田與重郎と「日本浪曼派」
保田與重郎(やすだよじゅうろう)は、明治43年(1910年)奈良県桜井町に生まれる。東京帝国大学文学部美学美術史学科に入学、美学を専攻。1932年大阪高等学校時代の友人らと同人誌「コギト」を創刊。保田は小説と批評を書く。1934年「コギト」誌上に「日本浪曼派」広告を載せる。翌年神保光太郎、亀井勝一郎、中島榮次郎、中谷孝雄、緒方隆士と「日本浪曼派」を創刊。昭和56年(1981年)没す。71歳。保田の代表作に「日本の橋」「英雄と詩人」「戴冠詩人の御一人者」「後鳥羽院」「ヱルテルは何故死んだか」「日本の文学史」がある。
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2 コメント

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ヱルテルは何故死んだか (山口ももり)
2010-11-30 11:03:45
全然知らない帆とですが・・・ヱルテルは何故死んだか・・・え・え・え・・・・??面白そう・・・下世話な私にはムツカシ過ぎそうですね。
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Unknown (瓜亀仙人)
2010-11-30 17:25:12
ももりさんへ
桜井市内にたくさんある万葉の歌碑が出来たのも,この方のお力だと聞いています。
ただ,戦争という時代が,彼を不幸にさせたんでしょうねぇ~
私も彼のことをよく知らないので,これから勉強したいと思って参加したのです。
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