ショックで言葉も出ない。わたしが歌舞伎座に通い続けてきた理由が、今日12月1日に消えてしまった…。ご冥福をお祈りします。
鬼平がどうこうとか、ヤフーでコメントしたいだけの人間の言葉など、どうでもよいです。
正真正銘不世出の名優でした。つまんない芝居でもこの人が出ると立派な芝居に見えた(たとえば、「米百俵」!)。
とにかくあの絶妙な台詞廻しが聞けないかと思うと、もう言葉になりません。勧進帳の弁慶は言うに及ばず富樫、籠釣瓶の佐野次郎左衛門、由良之助・・・。
中村鷹之資の富十郎襲名の口上はこの人しかなかったはずなのに・・・。
それに、大播磨の芸の正当な継承者がいないというのも、歌舞伎界にとっては大損失。部分的には、幸四郎、菊之助、勘九郎、松緑らが継承しているかもしれないけど、そもそも芸風がかなり違いますしね(あえていうなら、勘九郎が一番それっぽいが・・・。屋号播磨屋としては、歌昇くんの今後の成長に期待ということなのかな・・・。)。
あえて松竹に小言を言いたいんだけど、團十郎のときも、最晩年の「勧進帳」弁慶の苦しそうな様子は、観客のわたしでもわかりました。吉右衛門の最後の方の舞台の苦しそうな感じは、巧い人だから隠してはいたけれど、贔屓にしている見物にはわかっていたと思います。どうして、無理させないよう松竹が配慮してくれなかったのか!永山会長が生きている頃なら、役者本人にもひとこと言えたんじゃないでしょうか。
しかし、今年2021年は、古典芸能を愛するわたしには、仁左衛門・玉三郎コンビの至芸があったとはいえ、悲しい年になりました。特に、4月の文楽人形遣い吉田蓑助の引退、わたしの一番好きだった女形片岡秀太郎の死去(5月)、そして、12月の吉右衛門の訃報でとどめを刺されました。このブログは本来この人たちに捧げるためにあったようなものなんです。
嗚呼、今年の歌舞伎座の三月、虚空を見つめるような石川五右衛門の「絶景かな」が最後の舞台、わたしの観た最後の播磨屋の雄姿だったんだなあ~。
とりとめがなくてごめんなさい。
合掌。
鬼平がどうこうとか、ヤフーでコメントしたいだけの人間の言葉など、どうでもよいです。
正真正銘不世出の名優でした。つまんない芝居でもこの人が出ると立派な芝居に見えた(たとえば、「米百俵」!)。
とにかくあの絶妙な台詞廻しが聞けないかと思うと、もう言葉になりません。勧進帳の弁慶は言うに及ばず富樫、籠釣瓶の佐野次郎左衛門、由良之助・・・。
中村鷹之資の富十郎襲名の口上はこの人しかなかったはずなのに・・・。
それに、大播磨の芸の正当な継承者がいないというのも、歌舞伎界にとっては大損失。部分的には、幸四郎、菊之助、勘九郎、松緑らが継承しているかもしれないけど、そもそも芸風がかなり違いますしね(あえていうなら、勘九郎が一番それっぽいが・・・。屋号播磨屋としては、歌昇くんの今後の成長に期待ということなのかな・・・。)。
あえて松竹に小言を言いたいんだけど、團十郎のときも、最晩年の「勧進帳」弁慶の苦しそうな様子は、観客のわたしでもわかりました。吉右衛門の最後の方の舞台の苦しそうな感じは、巧い人だから隠してはいたけれど、贔屓にしている見物にはわかっていたと思います。どうして、無理させないよう松竹が配慮してくれなかったのか!永山会長が生きている頃なら、役者本人にもひとこと言えたんじゃないでしょうか。
しかし、今年2021年は、古典芸能を愛するわたしには、仁左衛門・玉三郎コンビの至芸があったとはいえ、悲しい年になりました。特に、4月の文楽人形遣い吉田蓑助の引退、わたしの一番好きだった女形片岡秀太郎の死去(5月)、そして、12月の吉右衛門の訃報でとどめを刺されました。このブログは本来この人たちに捧げるためにあったようなものなんです。
嗚呼、今年の歌舞伎座の三月、虚空を見つめるような石川五右衛門の「絶景かな」が最後の舞台、わたしの観た最後の播磨屋の雄姿だったんだなあ~。
とりとめがなくてごめんなさい。
合掌。
今年の入院、今晩、静養から心配しておりました。
そんなに舞台を拝見できておりませんが、観られた仕合せをかみしめて、ご冥福をお祈りしたいです。
コメントありがとうございます。
ご返事が遅れてすいません。
ようやく、気持ちも落ち着いてきましたが・・・。
映像もあるとはいえ、舞台の醍醐味は同じ空間を共有したって事なんだなあ〜と改めて思いました。
吉右衛門の台詞回しの記憶のフラッシュバックと共に、これからも舞台を観続けることになるんだと思います。昔の菊吉ジジイの心境がわかって来ました!