切られお富!

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『逮捕されるまで 空白の2年7カ月の記録』 市橋達也 著

2012-04-20 23:59:59 | 超読書日記
千葉市川で起きた「英国人講師殺人事件」の犯人の逃亡記。こういう本が出ること自体、批判があるのは百も承知だけど、率直に言って、かなり興味深く読みました。で、もっといっちゃうと、皮肉にもある種の「生きるチカラ」をもらったというか…。というわけで、簡単に感想です。

まず、大前提としていっておきたいのは、わたしはこういう本の存在を否定しないし、そもそも、本とか映画とか音楽なんて猥雑なくらいでよいものだと考えています。

だから、カルチャーで飯を食っている会社にモラルとかコンプライアンスだとかいうこと自体、本当は筋違いなんじゃないですかって、これがわたしの正直な本音。ただ、あんまりこの話を強調しすぎちゃうと、わたしも職業的にマズい立場だったりするんですけどネ~。

ただ、わたしが問題にしたいのは、カルチャーにモラルを押し付けようとするのが、案外メディアサイドじゃなくて、一般ピープルだってこと。そういう意味では、このブログって、「この世の全部を敵に回して」るのかもしれないな~(ま、かかってこいってとこだけど!)

で、いよいよ内容の感想ですが、とにかく淡々と事実を記述している印象で、大げさに言うと、なんだかアゴタ・クリストフの『悪童日記』を思い出してしまった。(以前書いた『悪童日記』の感想はココ!)

アゴタ・クリストフの場合は、母語じゃないフランス語で書いているからというのもあるんだけど、この本の場合は『考えない練習』じゃないけど、考えることを極力やめて行動に徹するみたいなニュアンスがあって、内面的にも、外面生活的にも、「逃亡」のリアルさが感じられましたね~。

で、この点を突いてアマゾンのレビューなんかに「反省してない」みたいな感想を書いている連中がいるんだけど、わたしはむしろ、文学的な「反省」をやっていない点で面白いと思いました。

犯罪者が縷々反省を述べたりすると、わたしはむしろウソ臭く感じるし、学校なんかで大げさに「イジメてゴメンナサイ」とか言い出す奴って、めちゃくちゃ腹黒い奴って相場が決まってたでしょ。

そういう意味では、この本はヘンな芝居ッ気がなくて、かえってリアル。たぶん、犯罪者が自分の犯罪に関する思考をめぐらし続けるってイメージは文学的過ぎるんだと思います。むしろ、なるべく考えないようにするとか、頭の中から排除しようとするんじゃないのかな。(実際、この本には事件そのものの話は全く出てこない。)

さて、このあたりで、わたしがこの本から「生きるチカラ」をもらった理由を書いておきたいんだけど、要するに、すべてを捨てても人間って結構生きていけるんだという点が面白かったんですよ。

先日亡くなった吉本隆明がいっていた言葉で、「わたしは、人間は喰えなくなったら、スリでも、強盗でも、サギでもやって生きるべき権利を持っていると、かねてからかたく信じたい」(『純愛物語』という映画の映評の一節)というのがあって、わたし流に解釈すると「世を儚んで自殺するくらいなら、かっぱらいでもなんでもやって生きていく方がまし」ということになるんですが、まさにそれを地で行く感じがこの本にはあった。

なにしろ、逃亡生活に入るまで働いたことのなかった青年が、四国でお遍路をやり、大阪で肉体労働をやり、沖縄の離島でロビンソン・クルーソーばりの生活をやってのけたりする。

追い詰められたら、ヘンな生命力が出てくるし、世の中捨てたもんじゃないんだな~という部分もありました。特に、沖縄が魅力的に描かれていて、行った事のないわたしには特に興味深かったりもしましたし…。

あと、興味深かったのは、テレビの霊能者の予測とかプロファイリングの類が全く外れていたというくだり。こういうのは洗脳体質の女子に聞かせたい話ですよね。それと、一時期話題になった、新宿二丁目でカラダを売ってたとか、彼を買ったと称する男が彼のパンツを記念に持ってるって話も全部ウソだってくだり。ま、笑うしかないでしょ、でも、結構テレビでやってたよね、この話って。

さて、最後に結論めいたことを書いておくと、「裕福な家庭に生まれ、事件当時28歳で、逃亡するまで働いた経験なし」という、他者との接触経験の薄さが犯行の根源にあるのかな~という気がしました。つまり、この本を読む限り普通に内向的な学生って印象で、こういうタイプの男の子って今日日少なくないんじゃないのかなって思います。

結局、労働体験って、学生時代とは比べ物にならない他者体験だったりするから、どんな裕福な家庭でも、バイトくらいはやらせておかないと、妙なことを起こしかねないなあ~という感想は持ちました。

ま、無理には人に薦めませんが、生きてくチカラを失った人、自暴自棄な人、失業の恐怖に怯える人あたりが読むと、意外と感じるものがあると思います。犯罪者の本であっても、本は本。フランソワ・ヴィヨンであれ、永山則夫であれ、本自体が否定されてはいけないって、繰り返しにはなりますけど、ネ。

PS:この本使われている絵は本人の手によるものです。意外と絵心があるんだよね。

逮捕されるまで 空白の2年7カ月の記録
クリエーター情報なし
幻冬舎


悪童日記 (ハヤカワepi文庫)
クリエーター情報なし
早川書房


考えない練習
クリエーター情報なし
小学館


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