特集:オバマ米大統領来日 識者座談会
日米関係/普天間移設/アジア・中国政策
オバマ米大統領が来日し、鳩山由紀夫首相と会談した。来年の日米安保条約改定50年に向けて日米同盟の「深化」を図る政府間協議開始で合意する一方、懸案の米軍普天間飛行場移設問題は結論を先送りした。オバマ氏は演説でアジアへの関与強化と、中国との連携も打ち出した。今回の日米首脳会談の評価、今後の日米同盟のあり方、日米のアジア政策などについて、岡本行夫・元首相補佐官、田中均・元外務審議官、国分良成・慶応大教授の3氏に語ってもらった。【司会・小菅洋人政治部長、写真・武市公孝】
◆日米関係
◇同盟には権利と義務--岡本氏
◇1年間の協議に意義--田中氏
◇創造的思考にかげり--国分氏
--日米首脳会談をどう評価しますか。
岡本氏 首脳会談だけで評価すれば、大変成功した。オバマ氏の笑顔が目立った。首脳会談は両国間の懸案をぶつけ合う場ではない。さらに今度はオバマ、鳩山両氏の人柄もあり、温かい、いい会談になった。米側の配慮が目立った会談だった。先に日米首脳会談で一番の問題になりそうな米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)問題は、閣僚級の作業部会で迅速に結論を出すということで外そうと米側が提案した。いい会談にしようと米国が脚本を書いて演出した。
オバマ氏はプラハで「核なき世界」、カイロで「イスラムとの和解」を演説した。大きな演説の場所として東京を選んだことにも米側の配慮が見えた。
ただ、首脳会談は何かを解決する場ではない。事務方で重ね合わせた日米関係全体を凝縮するものだ。多くの問題を先送りし、対決しないように持っていかなければならなかったので、全体を評価すると課題が残ったままだ。
田中氏 基本的にはいい会談だった。オバマ氏訪日前には米国内、日本の一部でも相当強い懸念が出されていた。象徴的に見れば米軍普天間飛行場の移設。それだけでなく鳩山首相が提唱する東アジア共同体への米国の関与や、日米地位協定の改定、思いやり予算の見直し、インド洋の給油停止。日本が日米同盟や国際的な安全保障体制の中で、どれだけコストを払うつもりがあるか。沖縄の基地は負担が多いが、負担をどこまで削減しようとしているのか。自衛隊による物理的貢献をどう考えているのか。同盟の基本の役割分担について米国は不安に思っていることが背景にある。
鳩山政権が成立して2カ月弱で、安全保障政策のきちんとしたレビューができていない。時間をかけた見直し作業が必要だ。明年の日米安保条約改定50周年に向けて日米関係を深化させる協議をしていく合意ができたのは極めてよかった。これから1年の協議の出発点として意味がある会合だった。
国分氏 首脳会談は総論で話を押さえ、各論では具体的な部分はあまり議論しなかった。日本も米国も政権交代があり、新しい仕切りをどうするか、まだ模索が続くだろう。ただ、世界的な金融危機、テロ、環境問題など喫緊の課題にどう取り組むかが、今問われている。「オバマ政権もアジアを重視する」という象徴的な今回の来日だったが、日本と中国の間で、また裂きになりかけている米国の苦渋のようなものが少し見えた。米国にとってはどちらも大事だが、同盟関係にある日本が基軸であることは間違いない。日本、中国とどう付き合うかという、日米中関係が大きな重要なテーマとして見えてきている。
--日米関係の深化というが、深化の内容がわからない。96年の日米安保共同宣言とどう違うのでしょう。
岡本氏 田中氏も言っていたが、鳩山政権は発足以来、米軍普天間飛行場の県外・国外移設、地位協定改定、核の先制不使用、核密約の追及、(海上自衛隊の)インド洋からの撤退と、米国側からすれば、従来の日米同盟の基本を揺るがしかねない発想に立った政権ではないかという不安感があると思う。1年間かけて日米同盟の重要性を分かってもらうためのプロセスだと思う。普通はゼロからプラスにすることが深化だが、マイナスで出発したものを、ゼロに戻したいという意識があるのではないか。「米軍の常時駐留なき安保」という考えが民主党の中に根強くある。そこから出発した新しい日米同盟のあり方を目指すとしたら問題だ。
田中氏 96年に日米安保の再確認と称する一連の作業を行った。日米安保共同宣言に盛られたコンセプトは、冷戦が終わり、旧ソ連の脅威は下がったが、テロや大量破壊兵器拡散など新しい脅威があり、日米安全保障体制は引き続きアジア太平洋の安定的な要素だという宣言だった。
同時に、米軍基地の整理縮小・統合をしようという概念も含まれていた。ただ、日本は極東有事の際に、どういう役割を果たすのか、規定していなかった。そのため、日米防衛協力指針(ガイドライン)を見直し、周辺事態法が制定された。対等な関係とは日本としての正しい役割を果たすという前提に乗った関係ということだ。
「深化」ではなく「進化」だと思う。国際関係は大きく変わった。中国、インドなどが台頭する中、日米関係はどんな意味を持つか議論し、互いに役割を果たす。新しい情勢に合わせ進化させていく概念だ。その中で、東アジア共同体で米国の関与をどう担保するのか。
日本の国際社会に対する役割は日本自身が考えていくべきだ。インド洋の給油活動は停止し、そこで終わりなのか。PKO(国連平和維持活動)をさらに強化すると民主党はマニフェスト(政権公約)にうたっている。在日米軍基地のあり方も見直しが必要だ。
岡本氏 鳩山政権が行政刷新会議の仕分けに思いやり予算をかけたり、防衛計画の大綱と中期防衛力整備計画を削減の余地を検討するために1年先送りとかするので、日米同盟の重要性の基本的なところを分かってもらえないという危機感を米国に生み出している。
同盟は権利と義務が必ず一緒にある。日本から見た権利は米国が日本を一方的に防衛することだが、日本が施設、区域、基地を米国に提供する義務でバランスが取られている。一つのセットだと分かってもらわなければ、米国から見れば困る。それがないまま、米軍は有事の時だけ来てもらえればいいと防衛予算もどんどん削減し、核の先制使用の可能性による抑止も理解されないとなると、基本から勉強し直しましょうとなる。それが今回の「深化」という概念ではないか。
田中氏 日米同盟は一定の権利と義務のバランスで成り立っているのはその通りだ。だが、自民党政権の安保政策を見直すのは、政権交代の必然だ。安全保障の考慮を十分吟味しないでの「常駐なき安保」や、沖縄の負担削減の議論にはくみしないが、新政権下で安保政策を見直す必要性はある。
日米同盟関係の強化と同時に中国を建設的なパートナーにしていく努力は日米ともしなければいけない。そういうことが「進化」だ。日米が中国の台頭をどう地域の平和と安全に好ましいものにするかは新しい要素で、日米が議論し結論を出して安保体制に反映するのは必要なことだ。
国分氏 政権交代前から日米関係の空洞化が言われてきた。日中関係は潜在的に不安要素が山のようにあるが、安定した関係に持っていくため一種の創造力を働かせて、日中関係は相当動いた。日米関係は空気のようになりすぎてしまった。新しいグローバルな世界状況の中で日米関係とはどうあり、具体的に何をしていくのかという創造的な思考や具体的なステップ、人的な交流も相当減った。日本のプレゼンスが相対的に経済力の低下と共に落ちていくに従い、米国にとり中国の存在感が増大した。
岡本氏 田中氏が言う「政権交代だから安保政策を見直す」は当然だが、その先にどのくらい太い道がひらけるのか。日本の平和憲法や抑制的な防衛力整備の考え方などを考えると、見直した結果もやっぱり道は細いのではないか。
◆普天間移設
◇最後に決めるのは政治--田中氏
◇「県外・国外」ゼロに近い--岡本氏
◇外交の継続性を本流に--国分氏
--普天間飛行場問題で民主党は沖縄県で「県外・国外移設」を掲げて衆院選に勝利した。前政権を踏襲するとは言えない事情もあります。
岡本氏 鳩山首相の代表質問の答弁にあった「あなた方(自民党)に言われたくない」という気持ちは分かる。10年以上前に合意し、どうしてここまで引っ張ってきたのか。責任は大きい。しかし、「県外・国外移設」は可能性はない。海兵隊員は沖縄の広大な北部訓練場で訓練している。ヘリ部隊分離は無理。2万人弱の海兵隊員を受け入れ、広大な訓練場を提供する可能性のある自治体はゼロだ。
民主党は県外移設という県民の期待感に火を付けて選挙に勝ち、自らを難しいところへ追い込んだ。米国は絶対に国外移設は認めない。今の民主党の高支持率のもとならば、「結局、元のところに行かざるを得ませんでした」と言っても国民は納得する。
--米軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)への統合案はどうでしょう。
岡本氏 可能性ゼロに近いと思う。現行案は単独で受け入れる名護市が容認している。嘉手納案は地元の嘉手納町など3自治体すべてが反対している。現在の騒音レベルと危険度を下げないと地元は受け入れないだろう。
田中氏 普天間の機能を沖縄に残すのは安全保障上の要請がある。普天間は滑走路だけでなく、海兵隊の訓練など(機能が)諸々ある。グアムに海兵隊8000人が移動しても1万人弱が抑止力を構成している。沖縄の外に持っていくのは相当無理がある。現行案は地元が受け入れる雰囲気が強くなってきており、最も実現可能性のある案だ。
鳩山政権があらゆる情報をもとにもう1回検証する手続きは、民主主義においてどうしても必要だ。今のプロセスは現行案と嘉手納案の検証で、閣僚レベルの日米作業部会で議論を続けることになったのは非常に好ましい。現行案に落ち着くのもいいと思うし、嘉手納案で沖縄が受け入れられるならそれもいいと思う。最終的に決めるのは政治だ。
--年内に結論を出すべきか、1年かけてじっくりやるか、という議論があります。
田中氏 普天間を今のまま置いておいては危ないという基本的認識がある。大事故が起これば相当深刻な問題になる。海兵隊グアム移転との関係で日米両国の予算措置の問題もある。地元も早くしてと言っている。遅くとも年内には結論を出すべきだ。この話と同盟深化の協議とを混同してはならない。
岡本氏 僕もそう思う。嘉手納統合が理想的なのは認めるが、現実にはできないだろう。1月の名護市長選でこの問題だけが争点になれば(現行案を容認する)現職市長が不利になる。現職が考えを変えたらもうどうにもいかなくなる。