それから、十年がすぎた。
幸太は小枝が盲目になったことを、
いっさい、口に出そうとしなかった。
炭焼き小屋に訪れる人間はいない。
五,六日おきに幸太が問屋に
出来上がった炭を運びに
町にいくときだけが、
唯一、小枝以外の人間と
関わるだけである。
幸太さえ黙っていれば、
小枝の失明は
明るみに出る事はなかった。
問屋の前に荷車をおき、
いつものように幸太は炭を
店の中の角につみあげた。
よってくる番頭はにこやかである。
「おまえさんの炭は評判がよいよ」
これが、幸太への愛想の良い訳であるが
「今日はめでたい日なんだ」
と、幸太に椀にはいった、
赤飯、と箸をさしだし、
ほうらくだ。祝ってくれ。と、わらった。
湯飲みに印ばかりのお神酒を
注いで、
二口ほどの赤飯と一緒に
問屋に訪れた人間に振る舞う。
「おや。おめでとうございます」
幸太は渡されたものをおしいただくと、
「で、おめでた事とは?」
と、たずねてみた。
問屋の一人娘に入り婿が来る。
今日はその結納の日であるというのである。
「ああ。それは、それは」
だんな様もさぞかしご安心なされたことでしょう。
ぐびりと、お神酒がのみほされ、
赤飯もたべおわった。
共喜びをおえた、器を受け取りながら
番頭はふと、
幸太にたずねた。
「そういえば、おまえさんとこの、小枝(さえ)ちゃんも
そろそろでないのかね?」
幸太の胸に小さなしこりがふきだまってくるが、
それをとじこめて、
幸太はわらってみせる。
「いやあ、まだまだ、人様に差し上げるわけには、いきません。
亡くなった家内にかわり、
家の中のことをよくやってくれているので、でていかれてはこまります」
ただでさえ、炭焼きの跡をついでくれる男などいないであろうに、
肝心の小枝は盲目である。
炭焼きの仕事は自分一代であきらめるしかないと思っている。
そして、
小枝も・・・。
一代でおわるしかない。
悲しい思いを隠し
幸太は笑う。
「よくやってくれております」
見えないのが、嘘かと思うほど小枝は
家の中のことをこなしてくれていた。
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