憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

小枝・・・8

2022-12-11 09:59:51 | 小枝

幸太が帰ってくるまでの半時。
小枝の夢想は
文治に結ばれる。

幸せに色があるとすれば、
小枝の今は、
桜の花びらのように、
薄い桃の色をしているのかもしれない。

それをあかしだてるように、
小枝のほほはうっすらと
色を染め
炭俵を編む手がふととまる。

「おとっつあん・・・。
小枝は・・・」
おとっつあんを裏切っているのかもしれない。
「だけど・・・。小枝もわかってる」
文治になにをか、負わそうというわけではない。
文治とであった事を
一生の宝物にして、
胸の中に秘めて、
それだけで、
この先、生きてゆける。

男はマタギ。
獲物が手に入れば、また、別の場所に行く。
それは、
きっと、小枝にたいしても、同じ。

でも、
それでも、
小枝は構わない。

おとっつあんには、
もうしわけないけれど、
それでも、
もうすこしだけ、
もうすこしだけ、
『文治さんにあいたい』
もうすこしだけ、
はっきりと、
このときめきを
しっかり胸の奥にきざみつけてしまいたい。

せめて。
それぐらい。
それぐらいしか、
のぞんじゃいけない小枝だから、
『山の神よ。
どうぞ、小枝の親不孝をみのがしてください。
どうぞ、おとっつあんに・・・しられないように・・・』
男にとって、かりそめの恋にさえならない出会いを
小枝は
命の蝋燭の芯にして生きて行きたいと思う。
めしいの女の心にともった
初めてのまばゆさである。

胸の中での想いだけが、小枝の自由になるものならば、
想いを埋み火にして、
小枝の中で消すことなく
もやしつづけることも小枝に許される自由だろう。

それだけだから、
それしか、望みはしない。

幸太はよく、炭焼きのことをこういった。
「不思議なものよのう。
物を燃やすものをつくるに、
これも、また、燃やしてつくる」

それは、小枝のこの先の人生を燃やしてゆくためにも、
小枝という木もまた、一度は燃えてしまわなければならないのだと
教えられている気がする。

また、幸太はこうもいった。
「炭になるにも、ころあいが大事だ。
はやすぎれば、
芯が生木のまま、
おそすぎれば、
灰になってしまう」

一度は燃えるしかない小枝という生木も
文治という火を取り払うしかない。

いずれ、
文治とは、別離しかない。
それは、覚悟のうえとて、
頃合とはいつであろう?

今、もう、文治が二度とあらわれなければ、
小枝は間違いなく
芯が生木の炭。
生木の芯から、くされてゆくだろう。
だが、たとえ、
文治が約束どおり、再びあらわれたとしても、
小枝のような小さな木の枝が
灰にならずに、炭になってゆけることのほうが、
もっと、むつかしいだろう。

だけど、
『文治さん・・・。
小枝はもう、文治さんの火に
くべられてしまってるんだ』

自分のこころのままに、文治を追うことを
許そう。
そして、こんなことは、小枝の生涯でたった、一度。
この一度きり。
たとえ、結果、
生木に朽ちようと、
灰になろうと、
炭になってみたい。

小枝は坂を上り、帰り来る幸太の荷車の音をききながら、
はっきりと決めていた。



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