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憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

小枝・・10

2022-12-11 09:59:19 | 小枝

小枝の朝は早い。
起き上がると小枝はまず
手水鉢にむかい、顔を洗い
口をゆすぐ。

それから、畑にいって、
伸び上がってきた大根菜を間引く。
手探りで積んだ葉を触り、そっと、ひきぬく。
それで、朝の采をつくる。
青い葉の匂いは小枝の手に染み付き、
小枝はそっと、指先をすりあわせてみる。

そうだ。
尾根の向こうから文治が小枝を見ているかもしれない。
小枝は間引いた大根菜をもつと
急いで家に入る。
くどの水場に大根菜をおくと、
水桶の水をひしゃくにくみ上げ
手をあらうと、手ぬぐいで手をふきあげ、
昨日の紅を懐からとりだした。

紅の蓋をあけてみたものの、
小枝はとまどう。
文治が見ているかもしれない。
だから、綺麗に紅をさしてみたい。
だけど・・・。

戸惑ったままの小枝の手にもたれたままの
紅を目に留めて
幸太は声をかけた。

「紅をさしたいのだろ?」
「うん」
小枝だってわかっている。
紅なんてものは、
祭りや、祝言や
そんな特別なときにつける
大事なものだ。

贅沢な事をしちゃいけないと、わかっていながら、
だけど・・・。

小枝が戸惑っているのを見ると幸太は
わらっていった。
「小枝。かまわねえよ。おまえにゃ、晴れ着の一つも
あつらえてやれねえで、すまないとおもってんだ。
そのかわりと、いっちゃあ、なんだが、
紅くらい、いつでも、かってきてやるから・・」
気にせずにささしゃあいいんだよ。
そんなことひとつで、
小枝が嬉しくなるなら
かまわないんだ。

幸太は小枝の手を取ると
薬指をたてさせた。
其の指を紅にのせあげると、
小枝の唇にそっと、のせた。

「はじめはよく、わからねえかもしれねえが、
勘のいい小枝のことだ。いいか・・・こう」
小枝の指を紅筆のように考えればいい。
小枝は自分の唇にあたってゆく紅の感触を
覚えるかのようである。

そして、小枝は再び外にでてゆこうとする。
「おや、どうした?」
「なっぱをもうすこし、つもうとおもってさ」
どうやら、小枝は紅をさす事に気を奪われてしまったようである。
娘心の映えが小枝の一日をうきたたせてゆく。
紅ひとつで、小枝がこうも喜ぶのかと
幸太は心の中で苦笑する。
『男親はうとくていけねえや』
と。

畑の前にたつと
小枝はわざとゆっくりとたたずんでみる。
文治さん。
みてるかね?
小枝はほら・・・。
おとっつあんは、綺麗だといってくれたんだ。
文治さんも
綺麗だとおもってくれるかね?

小枝の心にともったものは、小枝の心をなびかせてゆく。

山の尾根の向こうから
文治は確かに小枝を見つけていた。

小枝のたたずむ姿と
紅の色は文治に鋭い憧れを覚えさせる。

小枝は今、確かに
文治という山の神の供物台の上に
乗ったといえる。



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